【漫画あり】精子バンクで出産したXジェンダーの漫画家。親のエゴで生んでと言われるけど…「シングルや精子提供で出産する、そういう生き方も認めてもらいたい」
「シングル(選択的シングルマザー)や精子提供で出産する、そういう生き方も認めてもらいたいなと思います」6年前に精子提供で出産した漫画家・華京院レイさんが思う家族にとって大切なものとは…(前後編の後編)
精子バンクで出産をカミングアウトした時、両親は…

男性・女性いずれの性にも合致しないと感じているXジェンダーの華京院さんにとって、妊娠中の身体の変化は耐えられないものだった。妊娠中は、自分の「女性」の部分を突きつけられる。違和感ではなく苦痛。だから妊娠中の約9か月間の記憶が鮮明ではない。
「身体の変化を自分で受け入れられないというか、もう、その部分を忘れています。覚えていたくないくらいの苦痛というか」
物理的、精神的困難を乗り超えて無事に出産した後、まず、母親が孫のいっちゃんに会いに病院に来た。
「母と最後に会ったのが、カミングアウトして喧嘩別れした25歳のときだったので、母のテンションも高くなかったんですけど、でも『かわいいわね』ってぼそっと言っていました。もっと貶されたり、攻撃的な言葉をかけられると思っていたので意外でした」
会話が成立しない状況ではあったが、父親もいっちゃんに会っている。
「その頃には父は認知症もあったんですけど、『赤ちゃんかわいい』と言ってたので、うれしかったですね」
いっちゃんが生まれて数年後に父親は他界した。母親には現在もたまに会いに行く。しかし基本、ワンオペ育児だ。気になるのは母親が精子提供のことを知っているかだ。幼少期からの家族の関係を考えると、全否定・大喧嘩となりそうな流れだが実際はまったく違った。
「精子バンクを利用したことは話しました。それに関して否定されたことはないです。母は若い頃、世間体を気にして結婚したので、男性と結婚したくてしたわけではないと思うんですね。なので、母も私と同じ時代に生きていたら、精子バンクを利用しての妊娠といった道を選んでいたかもしれません。そんな感じがうっすらしますね。いっちゃんが生まれて、母もすごく変わったなと思います」
「お父さんはどこなの?」と聞かれて…

いずれはいっちゃんにも、精子提供で誕生したことを伝えるつもりでいる。
「聞かれたときに答えようかなと思っています。AID(非配偶者間人工授精)のための絵本やレズビアンカップルの絵本があって、すでにそういったものを読み聞かせしています。とはいえ、あまり興味なさそうなんですけど。ただ、子供への告知は2歳から6歳までに完成させておいたほうがいいと聞くので」
現在6歳のいっちゃん。6歳ともなるといろいろと質問攻めにしてくることもある。
最近は、「お父さんはどこなの?」と聞いてきたそうだ。
「『お父さんはいないよ』って事実を伝えました。『そうなんだ』って。それしか言えないと思うんですけど。わかっているようでそうでないような。小さいうちから事実を伝えることが大事らしいので、私はそうしています。たとえ、すべてのことが理解できない年齢だとしても、事実を真摯に伝えるのが大事だと思っているので」
遺伝病の検査結果や、父方・母方それぞれの祖父・祖母の死亡理由、人種など、ドナーの情報は多岐にわたっていたが、華京院さんがドナーを探す際、一番にした条件が、いっちゃんが18歳になったときにコンタクトが取れる人だった。
いっちゃんがドナーを知りたいと思ったときに(出自を知る権利→遺伝的な親である提供者が誰かを知る権利)、メールや手紙を送ることができ、直接会えることもドナー次第だが可能な道を、何よりも優先させた。アメリカの精子バンクを利用したので、ドナーはアメリカ人になる。なので、地球儀でアメリカの場所を教えているという。
「それで覚えたみたいで『ここがアメリカの場所』と言っていますね。いっちゃんが『会いに行きたいんだけど』と言ってきたら、ドナー次第ですが、会いに行こうかと思っています。連絡はできても会うのがむずかしいようであれば、その町の雰囲気を見に行こうかと。私にとって精子提供は悪いことではなく、うしろ向きのことでもないので、前向きに捉えています」
すべての子供は親のエゴから生まれた

ただ、一方で「精子提供での妊娠・出産は親のエゴでしかない」と言われるであろうこともわかっている。その上で華京院さんは、親として責任を持ってその道を選択し、いっちゃんは望まれて生まれてきた。
「『親のエゴで生んで』と言われるのはわかっています。でも、どんな子も親のエゴで生まれたと思います。恋愛をして結婚して子供をつくるのも親のエゴですし、不妊治療して生まれた子供も、できちゃった婚で生まれた子供も、どんな子も親のエゴの結果だと思います」
「子孫を残すために」「結婚したら子供をつくるのが普通だから」「好きな人との間に子供を授かりたいから」……。すべての子供は親のエゴから生まれたわけで、生まれ方に正しさや正解はないのかもしれない。
婚姻関係にある男女のもとに生まれ、形式上は伝統的家族にあっても、内側が崩壊している家族もある。大切なのは生まれ方や家族構成ではなく、華京院さんが漫画のあとがきに書いたように、その後、どうやって一緒に生きていくのか、だろう。
そしてその親子や家族関係に評価を出せるのは、そこで育てられた子供だけだと思う。責任を持たない周囲の声は、(内容にもよるが)子供の自尊心を損なわせ、子供を傷つけるだけだ。

「子供ができて自分は大きく変わったと思います。守るものができたことによって強くなった気がします。あとは視野が広がったというか視点が増えました。子供がほかの子と喧嘩をしたときに、子供は親の私からどう言ってもらいたいのかなと考えることとか。それはもちろん独身の頃にはなかったことで」
華京院さんは、面倒見のいい、お姉さんタイプないっちゃんを見て、精子提供で第2子を望んでいる。そう思い始めてすでに数年経つが、妊娠には至っていない。そうしているうちに「特定生殖補助医療等に関する法律案」(仮称)が法整備化されようとしている。
一般的とされない家族
「そういう生き方も認めてもらいたい」

最たる焦点は、ドナー情報の開示範囲など「出自を知る権利」の保障についてになる。
華京院さんが気になるのが、現状のままだと精子提供による選択的シングルマザーやレズビアンの出産が、法整備によって、法律から外れた違法のもと生まれてくる人たちというレッテルを貼られる可能性があることだ。
なぜなら、精子提供・卵子提供は、法律婚の夫婦のみを想定して法整備が進められているからだ。一般社団法人「こどまっぷ」の代表理事・長村さと子さんはこう語る。
「法整備によってどう変わってしまうのか、現段階では予測できない部分が多いのですが、それでも子を望む当事者はいます。今以上に当事者が安全な医療から遠のくことがないよう、すべての女性が安全な医療を受けられるようになってほしいと思います」
生殖医療の進歩に、法律も、それを定める立場の人たちの意識も現実に追いついていない(もしくは追いつこうとしない)印象を受けるが、産みたいと願う女性の意思と安全が脅かされるようなことはあってはならないだろう。華京院さんはいう。
「シングル(選択的シングルマザー)や精子提供で出産する、そういう生き方も認めてもらいたいなと思います。それがたぶん難しいんでしょうけど。同性婚も、それをすることによって誰かが損をするわけではないことをわかってほしいです。きっと、わからないこと、得体のしれないものが怖いのかなという気がします。なので発信し、知ってもらうことによって、怖さがなくなっていけばいいなと思います」
メディアに出ると矢面に立たされる。性や生殖医療に関するテーマはタブー視される傾向があるからか、風当たりが強い場合もある。それでもなぜ取材に応じるのか。
それは伝えないことで、存在を無視され、マジョリティが当然のように享受している権利や制度も受けられず、窮屈な思いをして生きていくことにつながる恐れがあるからだ。
「私のような一般的とされない家族でも、メッセージを発していけばそれに賛同する人も出てきて、賛同者が増えていくと、その生き方ってたぶん認められてくると思うんです。なので私は、漫画のほうでそれをやっていきたいです」
自分と家族を守るための華京院さんの覚悟だ。
ノンフィクション漫画エッセイ『精子バンクで出産しました!』を読む(すべての画像を見るをクリック)

取材・文/中塩智恵子 インタビュー撮影/高木陽春
『精子バンクで出産しました! アセクシュアルな私、選択的シングルマザーになる』(KADOKAWA)
華京院レイ

2023年1月10日
1210円
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幼い頃からの性別への違和感、恋愛・性的感情への無関心と戸惑い、母からの虐待……。さまざまな経験をした末に「家族がほしい」と望んだ著者が選んだ、「精子バンクでの出産」という選択。迷い、悩んだけれど、それでも私は「父」でも「母」でもなく、ただ「親」としてこの子を愛したい。笑いあり、涙ありの、精子バンクでの出産を描いたノンフィクションコミックエッセイ。
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