
「はぁ~い、田辺よ~」誰もが初対面で“売れる”と確信した、ぼる塾・田辺を見事ブレイクさせた“東京吉本”の育成術とは
「東京吉本芸人の父」と称されるライブ作家・山田ナビスコ氏が、初となる著書『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)を刊行した。近年、賞レースファイナリストを多く輩出する東京吉本ならではの“鍛え方”とはどんなものなのか――。
東京のバラエティはオーケストラ、大阪はフリージャズ
東京吉本の若手から“父”と慕われる人物がいる。30年近くにわたって多くの芸人を劇場で育ててきたライブ作家・山田ナビスコ氏だ。山田氏が手掛けるライブは、ネタだけではなくいわゆる“平場”のトレーニング力が高いと、芸人たちはよく語っている。
なぜ東京吉本ならではの育成術が生まれたのか? その謎に迫った。
――今は学生お笑いを経験してからお笑いの世界に入ってくる芸人が増えました。プロの世界に入って得られるものとはなんなのでしょう?
学生お笑いのネタは大喜利の要素が強くて、そこにニン(≒キャラ。本人の人間性やその人らしさがネタや笑いのとり方に表れている様子を指すお笑い用語)がない。でも、東京吉本には、「大喜利だけでは通用しない」という意識が連綿として受け継がれてるから、舞台に上がっていくうち、平場で活きるようなニンがついてくるんです。
――それは昔からあった文化なんですか?
起源は間違いなく銀座7丁目劇場(1994〜1999年)でしょうね。東京NSCが立ち上がったとき(1995年)、横沢(彪/フジテレビプロデューサー→吉本東京支社長)さんがいて、連れてきたコーチ陣が、永峰(明/演出家)さんを筆頭に全員東京のバラエティー番組で活躍していた人だった。
そこでバラエティー番組っぽいものを学んでいくうち、異質なヤツを目立たせてあげよう、引き上げてあげようという文化が生まれたと思うんですよね。
それは誰がつくりだしたというわけではなく、社員さんの「こういう芸人を育てよう」という意向に、われわれ関係者が乗っかって自然発生したもの。それでその後も、僕が「needs」というライブを続けてきた。
――若手芸人が平場で立ち回る能力向上を目的にした、コーナーに特化したライブですね。
その結果、「今日はこいつに振って、こいつを立たせたほうがウケるかも」という感覚が磨かれていった。自分がシュートしなくても、アシストをしていくんですよ。
たとえば、ぼる塾の田辺に初めて会ったとき、「はぁ~い、田辺よ~」と挨拶してきて、俺を含めた周りの作家、社員さん、全員が「これはいける」という直感を覚えたんですよ。それでライブになると毎回、裏回しができる芸人に「今日はこの場面で田辺に振れ」「このタイミングで田辺にぶっこめ」という指示を与えていった。
それを頻繁にやっておくと、いざテレビの本番で振られても「前にやったパターンだ」という頭があるから反応できちゃう。芸人を世に出すには、そういう平場の練習が必要でした。
――そうした文化は大阪にはないものなのですか?
大阪はちょっと違うと思うんです。東京のバラエティは、芸人ではないゲストを含めて、MCが中心になって流れをつくりながら回していく。それに対して大阪のローカル番組は、MCと出演者が対等にバカをやるんですよ。言うなれば、オーケストラとフリージャズ。
土壌の違いをすごい感じますね。大阪はお笑いライブのコーナーも、基本は「俺が俺が」でガーッと前に出てくるボケ合戦ですから。それはボケ合戦ができる地肩があるから成立すること。ボケ合戦ができない芸人に対しても、流れを作ってあげるのは東京吉本特有の文化なんです。
――大阪NSC出身で、早めに上京して東京で活躍する芸人も増えました。そのタイプはどっちの文化に属しているんでしょう。
最初は東京の空気をつかめないけど、次第に受け入れて、どんどん進化していきますね。いい意味でハイブリッドになってます。大自然とか、男性ブランコとか。大自然のロジャーなんて、引きながらも前に出られるというか……。一発の破壊力がすげえなあと感心します。
“世界観”にお客さんが気づかなくてもいい
――テレビの存在感が弱まったことで、定期的に開催する単独ライブで食べていきたいという芸人も増えました。芸人を鍛える場として、単独ライブも大事ですか。
大事ですねえ。若手は1回でもやると大きな経験になります。たとえば漫才を6本作ったら、同じネタはできないから、違うネタのパターンを覚えるので。
――単独ライブは賞レースに向けて新ネタを試す場である一方、演劇のような世界観を求めているファンも多いですよね。
そこは人によりけりですね。個人的な感想としては、「世界観を押し出してもファンしか喜ばないじゃん。初見の人は笑えないだろ」なんですけど。演劇色が強くても否定はしませんよ。でも、曲を使って終盤に盛り上げてって……俺たちは芝居やってるわけじゃないんだし。何か引っかかるんですよ。
――得てして最後に各々のコントをつなげたり、伏線を回収したがりますよね。
そういう世界観の単独ライブが2000年代に増えたんです。「いや知らんがな」という思いもあって、ペナルティの単独はそのアンチテーゼを込めてネタを作成してましたね。
――ルミネで1年に1回やってましたね。
コントをいっぱい作って、5年間続けました。ペナルティの単独って、実は裏では設定をつなげているんですよ。このコントに出てくる子どもが成長したら、別のコントに出てくるあのキャラになるみたいな。ペナルティワールドの中では全部関係性があるんです。
――それは意外です。バカバカしいコントばかりで、ただ笑ってました。そこは気づいてほしいポイントなんですか?
お客さんは別に気づかなくてもよくて、作り手だけがわかっていればいいんです。ひとつひとつのコントで笑わせたらいい。ネタが強いか弱いか、そっちで勝負するほうが僕は好きなんで。
取材・文/鈴木工 編集/斎藤岬
『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(宝島社)
著者:山田ナビスコ

2022年11月26日刊行
価格:1760円(税込)
単行本:256ページ
978-4-299-03263-8
東京吉本芸人の間で語り継がれるレジェンド作家・山田ナビスコ初の自伝的エッセイ!
世界的に見ても“お笑い異常大国”である日本において、
その真っ只中に28年間身を置いた著者が綴る“お笑い”だらけの人生譚。
究極のお笑い番組『笑ってはいけない』や、M-1グランプリをはじめとした賞レース秘話、
極楽とんぼ、ロンブー、ピース、渡辺直美、ダイタク、おかずクラブ、ニューヨーク、ぼる塾など
東京吉本を牽引してきた大人気芸人らとのエピソードなど多数。
新着記事
40歳サラリーマン、衝撃のリアル「初職の不遇さが、その後のキャリア人生や健康問題にまでに影響する」受け入れがたい無理ゲー社会の実情
『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』#3
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2
