――西澤さんはこれまで多くの芸人インタビューをされてきました。そんな中で、どうして『女芸人の壁』という「女性」括りの本を刊行されたのでしょうか?
「女性芸人から、今の女性の社会における立ち位置の変化を考えられないか」というのが、文春オンラインで始まった連載『女芸人の今』のきっかけでした。これはジェンダーにまつわる問題に関心が深い女性編集者の発案だったんですけど、私自身にも思い当たる節がいくつもありました。
――それはどんな?
学生時代、ちょうど書籍の中にもインタビューが収録されているモリマンさんが活躍されていた頃の劇場に、よく私は通っていて、お笑いにのめり込んでいったんです。一方で大学で社会学やフェミニズムに出会ってもいました。講義やゼミを通じて小さい頃からの疑問「男らしさ、女らしさってなんなの」とか、「母性ってなんなの」とか、そういう疑問がひとつずつ可視化されていく気持ちよさがあったんです。
だけど、当時の劇場ではギョッとするような差別的なネタもたくさんあって。そういうネタを100%笑えない自分が、お笑いファンとして「失格」みたいな気持ちになったんですよね。
――なるほど。
せっかく見つけた趣味というか居場所のような、お笑いに対して誇らしさを感じていた私は、どこかで感覚を麻痺させてたんだと思います。女性編集者の提案で、一気にその当時の気持ちが蘇ってきました。本にも書きましたが、女性芸人のインタビュー連載はあの時自分の手で殺した当時の自分への贖罪みたいな意味もあったなぁと。

なぜM-1グランプリで女芸人は優勝できないのか?-テレビでは3秒でわかる面白さを求められる
今年もM-1グランプリの季節がやってきた。2001年の第1回大会以来、大会の歴史上、未だに女芸人が優勝したことは一度もない。社会における女性の立ち位置が確実に変遷していく一方で、なぜ女芸人はM-1グランプリで優勝できないのか? その歴史を打ち破るコンビはあらわれるのか? 『女芸人の壁』(文藝春秋)の著者・西澤千央氏に訊いた。
女芸人の壁#1
差別的なネタで笑えなければ、お笑いファン失格?
「M-1」3回戦の漫才に見るひとつの変化
――『女芸人の壁』でインタビューされていた芸人さんで、特に印象に残っているインタビューはありますか?
WEB嫌いを公言されていた上沼恵美子さんがインタビューを受けてくださったのは、驚きでした(『女芸人の壁』には未収録)。
2018年M-1後の暴言騒動(とろサーモン久保田とスーパーマラドーナ武智によるインスタライブ)の際に、「西の女帝」という言葉だけが先走りして、誰も彼女の本質や面白さには触れようとしてこなかったので、ぜひインタビューしたいと思っていました。インタビューの様子はぜひ『女芸人の壁』の「上沼恵美子論」をご覧ください(笑)。
――著書の冒頭でも書かれていましたが、初回の山田邦子さんインタビューが2年前。そこからさらに社会全体の中での女性の立ち位置は変わってきていると感じます。そんな中で、「女芸人」をとりまく環境も変わってきているのでしょうか?
対談でAマッソの加納愛子さんに「これからもっと女芸人が生きやすい時代になってくるはずで、だからこそこの本に意味がある」という趣旨のことをおっしゃっていただいたのですが、確かに上沼恵美子さんや山田邦子さんの時代と今を比べたら、信じられないくらいの変化があると思います。
女性芸人自体の数が増えたことと、ジェンダーの平等への意識が一般的になっていったこと、あとはテレビが唯一絶対のメディアではなくなったこと……要因はいくつもあると思っているのですが、一番大きいのは女性芸人自身が自分たちで状況や環境を変えようとしているからじゃないかと。
――それはどんなところで感じますか?
今年のM-1の3回戦のネタ動画を見て、すごく思ったんですよね。女あるあるや容姿いじりという壁を女性芸人自身が突破して、彼女たちが否が応でも持たされる「女性性」のカードを上手にコントロールしているなと。
さらに視聴者側のコメントにも変化がある。女性芸人たちの変化につぶさに気づいて、素直にそのおもしろさを楽しんでいる気がして。今まであったある種のバイアスを、我々視聴者も突破している感じがするんです。
M-1で女性芸人が優勝できなかった理由
――そもそも、長年M-1で女性芸人が優勝できなかった理由はそういうところにあったと。著書には「カメラの前に出てきて3秒で面白さが伝わる」ことが女芸人にはより強く求められるといったことも書かれていました。
そうですね。テレビから女性芸人が与えられる尺の短さについてはコラムにも書いていますが、その短さゆえ、どうしても見た目のインパクトに重きを置かれ続けてきたんですよね。女性コンビで決勝進出経験のあるアジアンもハリセンボンも、どちらもものすごい実力のあるコンビでありながら、いや実力のあるコンビだからこそ、テレビからの要請の範疇から抜け出せなかった。
M-1の歴代の優勝ネタって、めちゃめちゃ普遍的なものが多いじゃないですか。自転車のチリンチリン盗まれておかしくなるとか、コーンフレークは生産者の顔が見えないとか。
テレビはどうしても「女性性」を求めてくるわけですけど、そこから抜け出して、自分たちの「おもしろさ」を見つけ出した女性コンビが増えれば、また、見る側がそれをきちんと評価できたら、女性コンビが優勝する未来はちゃんとあると思います。
――そんな中、今年のM-1グランプリで注目している女性コンビはいますか?
今年はすごいですね。ヨネダ2000とハイツ友の会という2組が準決勝進出。男女コンビもシンクロニシティとTHIS ISパンが勝ち進んでいます。M-1も変わろうとしているんだなと思いました。
――男性コンビはどうでしょう?
Dr.ハインリッヒさんのインタビューでも名前が出てきたヤーレンズ。おもしろい人たちは必ず報われる世界であることを証明してほしいです。
今までの「売れる」はテレビに出ることだったけど…
――これまでのインタビューを通して「女芸人」だからこそ、芸能界(お笑いの世界)で生き残る難しさはあると思いますか?
これは女性芸人に関わらず、テレビで活躍する女性たち全てに共通することかもしれませんが、テレビによってスターになった女性芸人は「点」で置かれて、孤独を感じている人が多いのだなと連載を進めていくうちに気づきました。
圧倒的にロールモデルが少ないっていうのもありますよね。結婚すれば主婦タレントになり、子供を産めばママタレントに……なかなか「女芸人」のままではいさせてもらえない。
インタビューでも女性芸人は自分の「肩書き」にすごく敏感で、「自分は芸人とは呼べないのではないか」「自分にはタレントの能力はない」と自問自答する人が多かったです。一人異質だったのは上沼恵美子さんで、肩書きなんて記号みたいなもんで、なんでもいいと。
「生き残る」という意味をどう捉えるかによるんですけど、順応性と真面目さ、そして若干の自己肯定の低さを持つ彼女たちを、テレビたちは離さない。どちらかといえばそういう状況を「見限って去る」女性芸人の方が多いと思います。
――自分から離れていくと。
対談でもそれは加納さんが話していました。「いつか売れる」という浅草キッド的美学を持っている女性芸人は少ないと。
でもそれも変わっていくと思います。それは「売れる」という考え方が変わってきてることもある。今までの「売れる」はテレビがかなりの部分をコントロールしていましたが、そうではなくなってきているので。
芸人がテレビから自分たちに主体性を取り戻しているのかもしれません。
テレビは「女芸人」に何を求めてきたのか?
――著書では女性芸人の生き方や葛藤が描かれていると同時に、80年代から現代までのテレビ史としても非常に意味深いのではないかと思います。
そう思っていただけたらうれしいです。これは今まで語られてこなかったテレビの話でもあるので。“男たちの”と銘打たれるような華々しくエモエモしいテレビ史のその中で、でも確実に彼女たちは生きていて、彼女たちしか見られなかったテレビの姿がありました。
本来だったら話したくないこともたくさんあったと思います。誰だって弱みを見せずに生きていきたいし、「壁」なんて存在しないと言いたい。
だけど、今回多くの女性芸人たちがリスクを覚悟で言葉を預けてくれたことで、また一つ私たちは前に進めている。その一歩一歩しかないよなと本当に痛感しています。
写真/共同通信
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