東京・中央区銀座。日本有数のショッピングエリアとして、老舗百貨店やラグジュアリーブランドショップがひしめくこの街の一角に、TRAX TOKYOはある。
扱う腕時計は、リシャール・ミル、オーディマ ピゲ、ロレックス、パテック フィリップ、ハリー・ウィンストン、フランクミュラー、ウブロなどなど。誰もが憧れを抱く、世界に名だたる高級ブランドウォッチばかりだ。
しかもTRAX TOKYOは、表面にダイヤモンドやサファイア、ルビー、エメラルド等の宝石を多数セットした、超高級なジュエリーウォッチの売買を得意としている。日本だけではなく世界のセレブを相手に、一点数百万円から数千万円、中には一億に届くような腕時計を、日々取り引きしているのだ。
当然、顧客はミリオネアやビリオネアだらけに違いないが、この店の最大の特色は、高級時計店や宝飾店のように格式ばってはいないところ。店構えや内装は、スケーターやBボーイが出入りするストリートブランドのショップのようにポップでラフな雰囲気だ。億単位のビジネスを手がけるオーナーのマイクこと川口秀樹(Hideki“MIKE”Kawaguchi)さんの風体も、従来の“ジュエラー”という言葉からイメージされるものとは大きく違い、至ってカジュアル。
TRAX TOKYOとは、一体どんな店?
マイクさんとは何者で、どういう経緯でジュエラーに? 尽きぬ疑問の答えを求め、マイクさんに根掘り葉掘りと聞いてみることにした。

5,000万円を持ち逃げされたことも! あのメイウェザーも立ち寄った銀座のジュエラー、マイク・カワグチ氏の叩き上げ半生
9月末、朝倉未来と戦ったメイウェザーは東京の多くのメゾンで爆買いをしたが、彼が立ち寄った中でも一際異色のショップがある。それが本記事で紹介するTRAX TOKYOだ。あのメイウェザーが訪れた個人店とはどんなお店なのか? 日本文化とはかけ離れたその実態に迫った。

従来の高級時計店や宝飾店とは一味違う、
ポップでカジュアルなTRAX TOKYO
日本×エルサルバドルのハーフでイラク生まれ、
サウジアラビア&マレーシア育ち
――マイクさんは1979年生まれの43歳ということですが、ご出身はどちらですか?
生まれたのはイラクのバグダッドです。古河電工に勤めていた日本人の父が、赴任先のイラクでエルサルバドル出身の母と知り合い、僕が生まれたんです。
――なるほど、生まれながらにして国際的ですね。
3歳ぐらいまでイラクにいて、そのあとは1991年の湾岸戦争がはじまる前日までずっとサウジアラビアで暮らしていました。その次はマレーシア。現地の日本人学校の中学を卒業し、バスケをやっていたんで、強豪校の東海大学附属札幌高校に入り、そのまま東海大学に進学。そして2001年、大学4年生の時に渡米しました。アメリカで仕事がしたかったんです。
――アメリカのどこに行ったんですか?
ロサンゼルスです。最初はメルローズのアトミックガレージという古着屋でアルバイトをしました。時給6ドルくらいだったので、生活は苦しかったですね。
――そんな時代もあったんですね。
でもアメリカで自分のお店をやりたいという気持ちをずっと持っていました。現地で日本人向け情報誌を作っている雑誌社の社長に、ダメ元で「日本人で、出資してくれそうなお金持ちの方はいませんか」って相談したら、「すごい人がいますよ」と。ホテルとかいろんな物件を持っている人を紹介してくれたんです。
――へええ。
その人と話をしたら、「面白いからお店を一軒やってみな」ということになり、2003年に「フェイズ」という名前の店を始めることができました。商売の右も左もわからなかったので見よう見まねでやってみたら、結構若い子たちが集まってくるようになりました。DJブースがあったり、 スポーツ観戦ができたり、ご飯も食べられたりという店にしたんですけど、面白いことにヒットしたんですね。
――「フェイズ」ではどんなものを売っていたんですか?
ヒップホップやR&Bなどブラックミュージックが好きなので、彼らの好むアメリカンジュエリーや洋服を売ったり、車のパーツを扱ったり。
そしてある時点で店は畳み、車のパーツの貿易に切り替えたんですけど、ちょうどリーマンショックの時期と重なって、会社が立ちいかなくなりました。若くて経験も浅かったんで、うまく乗り切れなかったんです。
――とんとん拍子と思いきや、ご苦労もされているんですね。
それで、スローソンという治安があまり良くない地域でアメリカンジュエリーを仕入れ、イーベイやヤフオクで売りはじめました。すると意外に売れることがわかり、アウトレットに行ってコーチなどのブランド品を70%とか80%オフで買ってきては、やっぱりオークションサイトで売りました。そして徐々に、扱う商品を時計にシフトしていったんです。

英語もできない状態で渡米し、
元手もほとんどないところから叩き上げ
――ニューヨークのアメリカンジュエリーショップ、TRAX NYCとはどういう関係ですか?
TRAX NYCの商品が好きだったので、すごい数を仕入れては売っていたんですよ。すると向こうから「お前はなんなんだ? 俺のところのものを随分いっぱい売ってるじゃないか。だったら一緒にやらないか」と誘われました。それで、経営は別々なんですけど、日本でも同じ名前の店を開くことになったんです。生活するために日銭を稼がなきゃともがいていたら、必然的に今のTRAX TOKYOにつながったという感覚ですよ。
――TRAX NYCのオーナーはアゼルバイジャン出身の方ですよね。
ええ。やつも苦労してきたんですよ。紛争から逃れるために家族でニューヨークに移住してきたんですが、高校をドロップアウトして、安いデジカメ一台持ってニューヨークのいろいろなジュエリー屋を回り、ウェブサイトを作ってその店の品物を売る、ということを繰り返して今に至っているんです。
――マイクさんもですけど、たくましい話ですね。
みんな元手100ドルとか、マイナスの状態とかから始めてますからね。
――マイクさんは、英語はもともと得意だったんですか?
全然。アメリカに行くまではまったくできなかったんですけど、現地で生活していくうちにビジネス英語を覚えていきました。
――英語もわからない状態で単身渡米して、そこまでやるっていうのは相当な根性ですよね。怖い経験などはしなかったんですか?
それが、特にないんですよね。人が怖いと思ったことはなくて、それより仕事がなかったり物が売れなかったりするほうが怖かったです、どちらかというと。
――仕入れはどのようにされているんですか?
僕らの商売は英語で“グレーマーケット”、日本語では“古物商”と呼ばれる二次流通の業種です。一次流通のメーカーさんが売ったものを僕らがお客さんから下取りし、次の方にお渡しするという立ち位置です。
日本の場合、古物商というと大黒屋さんやなんぼやさんのように、質屋から発展した大きな会社が多いんですけど、アメリカは質屋のようなシステムがもともと少ないので、グレーマーケットも個人経営が多いんですよ。
――TRAX TOKYOさんの商品を見ていると、“古物商”という言葉の響きとはかけ離れているようにも感じます。
最近は時計の価値がどんどん上がっていますからね。たとえば新品では130万円で売られたロレックスのデイトナが、二次流通で400万、450万という値段で動くことがあります。もちろん、欲しい人の数が多いから価値は上がっていくのですが、僕らのような職種はそうしたマーケットの価格を下支えする役割ですね。

億万長者を多数相手にしてきたマイクさんから見た、
本当に豊かな人とは
――こういうご商売をしていると、人の浮き沈みみたいなものが目についたり、考えたりすることもあるんじゃないですか?
確かにそうですね。いろんな種類のお金持ちを見てきているので。僕自身も浮き沈みしてきましたしね。
――これまでにどんな失敗を?
人からだまされたことなんて、いっぱいありますよ。この商売を始めてまだ日が浅いときに、取引業者に5000万円の時計を持ち逃げされました。結婚して間もない頃だったので、さすがにその時は周りのみんなから「大丈夫か?」と、とても心配されました。
――ひぇー! それは大変ですね。
でもその時に唯一、「よかったな」と言ってくる人がいたんです。
――どういう意味ですか?
僕のことを可愛がってくれる、不動産で大成功した70歳ぐらいのすごい方なんですけど。
「よかったよ。おめでとう! お前はこれで、やっとビジネスマンの入口に立った」と。
――うわあ、なんだかすごい話だ。
「5000万くらい乗り越えられなかったら、一流のビジネスマンになんかなれない。神様がいい試練をくれたなー」って言うんです。その時はこちらもいっぱいっぱいだったので、そんなに響かなかったんですけど、しばらくしてその方から、僕んちに新車が届いたんですよ。
――ええ!?
「真面目にやってれば、絶対にいいことがあるんだ。頑張れよ」って、僕を励まそうと車をプレゼントしてくれたんです。
――めちゃくちゃかっこいい人ですね!
それからは悪いことや嫌なことがあってもいちいち動じず、「その倍を稼いでやるぞ」とプラスのエネルギーに変えられるようになったんですよ。
――なんだかスケールが桁違いすぎて。遠い世界の話って感じです。
いくらお金を持っていても、マイナスエネルギーの強い方は僕の中では成功者とは思えません。こんな高級時計を売っていて矛盾しているかもしれませんが。高いものを買っときながら、人にお金を使えない人っていっぱいいるんですよ。
――マイクさんに車をプレゼントしてくれたその方は、プラスエネルギーの塊みたいですよね。
そうです。でも世の中には、6000万円の時計を買うほどお金を持っているのに、ご飯では1円も出さなかったり、細かい数字まできっちり割ったりする人もいて(笑)。「この人はなんでこんなにケチなんだろう。これで成功者と言えるのかな?」と疑問に思ったりもします。
はっきり言うと僕自身は、いまだに個人の貯金なんて全然ないんですよ。銀行に貯金していても何にもならないと思うタイプなんで、ガンガン使っちゃうんです。飯を食いに行ったら、年上だろうが年下だろうが僕が全部払いたいんです。その方が気持ちいいんで。
――すごい。かっこいいですね。

各界のセレブを相手に高額取り引きをしながらも、
ラフなスタイルで通す理由
――マイクさんのインスタを見ると、直近ではメイウェザーが出ていましたし、スティーヴ・アオキとか、リル・パンプとかラファエルさんとか、錚々たる人たちとの交流があるじゃないですか。率直にすごいなーと思うのですが。
ありがたいことに知り合いが知り合いに紹介するような形でどんどんつながり、そういう人たちが来てくれるようになりました。それはとても嬉しいんですけど、彼らと話していても、僕自身とはレベルが違いすぎて、なんだか居心地悪いというのが正直な気持ちです。
――ひとつ聞きたかったのは、銀座でこういうスタイルで商売されていると、そうやって喜んでくれるお客さんがいる一方で、批判的な目で見る人もいるんじゃないですか?
もちろん、うちはアンチも多いですよ。こんな高級時計を売ってるのに、なんでスーツを着ないんだとか。なんでそんなにラフな感じなの?と思われているんでしょう。でもニューヨークに行ったら、高級時計やジュエリーの店でもタトゥーがゴリゴリに入った店員がラフな接客をしていたりしますからね。
――マイクさんもあえてそういうスタイルを選択しているんですもんね。
日本人はどちらかというと、スーツを着た店員の丁重な接客を求める人の方が多いのかもしれませんが、僕は自分のスタイルを変えてまでやりたくはないので。それに日本で気に入られなくても、うちは海外のお客さんとの取り引きが多いので、あまり気にならないということもあります。
――なるほど。
それぞれのスタイルがあるんでね。逆に僕がスーツを着てネクタイを締めてニューヨークに行ったら、誰からも相手にされなくなると思います。それこそリル・パンプもメイウェザーも、僕がスーツ着て「いらっしゃいませ」と言ったら、話もせずに帰っていったでしょうね。
――確かに!
こういうスタイルでやることで、文化的背景の共通項を持つお客さんとつながることができるんだと思います。
――ちなみに、メイウェザーさんは何か買っていきましたか?
いや、何も買わないんですよ。いつも来るたびに「これはタダでもらえるのか?」って聞いてくるだけ(笑)、残念ながらまだお買い上げいただいたことはないんです。
――そうなんですね! 意外でした。まだまだ聞きたいことはいろいろあるのですが、今回はこのへんで。ありがとうございました。
※
膝を交えて話を聞くだけで、マイクさんからもみなぎるプラスエナジーのようなものが確かに感じられた。銀座で一際異彩を放つTRAX TOKYOと、ビジネス界の異才・マイク氏からは、当分目が離せそうもない。
取材・文/佐藤誠二朗
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