日本に2人しかいない、インティマシー・コーディネーター。
「Intimacy」は「親密な」という意味で、ラブシーンやヌードシーンの撮影が安心・安全に行われるように、監督と俳優の間に入って意見を調整し、現場でもサポートを行う職業となる。
Netflixで配信された『彼女』(21年)や『金魚妻』(22年)、現在放送中の『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ・フジ系)などに参加している浅田智穂さんは、そのインティマシー・コーディネーターの日本における草分け的存在だ。アメリカの「Intimacy Professionals Association」(IPA)に所属する。
「局部の隠し方にも色々あって…」セックスシーンの調整人、インティマシー・コーディネーターの仕事とは
最近、映画やドラマの現場に引っ張りだこの「インティマシー・コーディネーター」という職業。ひとことで言えば、「性的シーンの調整人」だ。その第一人者である浅田智穂さんに、その仕事の実態や知られざる苦労などを聞いた。

浅田智穂さん
インティマシー・コーディネーターになったきっかけ
「私は高校、大学とアメリカで過ごしたのですが、もともと映画や舞台が好きで、大学では舞台芸術を学び、照明家を目指していました。卒業後は日本で舞台の裏方をしていたのですが、自分がアメリカナイズされていることもあって、違和感を覚えることがありました。
そんなときに、あるダンスグループの海外公演に参加して通訳を担うという機会があって。これを仕事にしたら、自分の知識や経験、日本人としてのアイデンティティを生かせると思いました」
以降、清水崇監督のハリウッドデビュー作『THE JUON/呪怨』(2004年)などに監督付きの通訳として参加。エンタメ業界を中心に通訳・翻訳業で活躍してきた。
そして2020年、大きな転機が訪れる。
「ハリウッドとの合作の頃の仲間が数名Netflixにいて、『インティマシー・コーディネーターをやらないか』と声を掛けてくれたんです。アメリカでは、2017年に起こったセクハラ告発運動『#Me Too』をきっかけにインティマシー・コーディネーターの普及が進んでいて、日本のNetflixでも、みんなが安心・安全に働ける現場を目指して導入したいということでした。
『彼女』の主演女優・水原希子さんからも導入の要望があったそうです。当時、日本にはなかった職業。私もその名を知らないくらいだったので、話がきたときは驚きました」
煙たがられる職業と予測できた
インティマシー・コーディネーターになるには、専門機関による75時間におよぶオンラインレッスンやワークショップを受け、資格を取得することが必要だ。40代半ば、しかも子育てをしながら、それができるのか。自分が仕事を全うできるのか、不安があったという。
「一番の不安要素は、この職業が、現場で確実に煙たがられることが予測できたことです。欧米には何事も同意を取って契約書を交わす文化がありますが、日本には、そういったことが苦手な国民性がある。さらに、みんな『監督が一番偉い』と思っている現場で、何か意見を言うと、監督に物申すように見られるだろうなと思いました。
それでもやろうと決意したのは、業界で働く人の手助けにつながると思ったからです。
今年、映画業界で性加害の問題が取り沙汰されましたが、それ以外にもブラックなところがあって、長時間労働、低賃金、パワハラなどいろんな問題がある。私がこの職業に就くことで、少なくとも俳優の尊厳を守ることができるなら、意味のある挑戦になると思いました」
こうして資格を得た浅田さん。実際に仕事を始めて苦労したのは、やはり「煙たがられること」だった。
「どんな職業、どんな業界でも、新規参入って難しいと思うんです。特に日本には、慣れ親しんだやり方が一番いいと思っている世代の方たちがいるので、考えを改めてもらうのは、本当に大変。監督以外のスタッフも、私が入ることで打ち合わせや確認作業が増えるので、現場の反応は、必ずしもポジティブなものばかりではなかったです」
それでも道を切り拓き、今では過激な配信作品だけでなく、地上波のドラマ現場にも呼ばれるようになった。
3つの約束と海外の「前貼り」事情
浅田さんは仕事を受けるとき、プロデューサー・監督サイドに3つのガイドラインを提示するという。
その3つとは、「同意」「前貼り」「クローズドセット」だ。
「オファーをいただいたら、台本を読む前に、まずプロデューサーの方とお話をすることにしているんです。なぜかというと、たくさんの会社がコンプライアンスとして『インティマシー・コーディネーターを入れたい』という流れになっているなか、『入れました』というアリバイ作りのために呼ばれたと感じることがあるから。それに加担することは絶対にしたくありません。
自分の役割を説明し、『安心・安全な現場は私だけでなく、みなさんで作らなければいけない』とお話をします。
その現場作りのためにお願いしているのが、3つ。
インティマシー・シーンの撮影では、必ず事前に俳優の『同意』を得ること。性器を露出しないよう『前貼り』をつけること。そして必要最低限の人数での『クローズドセット』で撮影を行うことです。
『この3つを遵守する意思があるなら、ぜひ入らせていただきます』とお話をしています」
そこで合意に至らず、オファーを断った例もあるという。袂を分かつことになったのは、前貼り問題。

「相手役やスタッフへの配慮のために、前貼りは絶対に必要です。でも、つけて心地のいいものではないですから、貼りたくないという方がいるのも理解できます。だから海外では前貼りではなく、前に性器を入れる袋がある、Tバックを穿くという方法も採られています。
ただ、それだとお尻の紐が映ってしまう。それを、CGでたくさん消してるんです。ちなみに、アメリカの配信作品で、アンダーヘアが映っているように見える場合でも、実は前貼りをした上でウィッグをつけていることが多いです」
後篇では、準備段階から現場まで、より詳しい仕事内容について聞いていく。
取材・文/泊 貴洋
撮影/一ノ瀬 伸
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