岡山県の中心、真庭で、トマトを作りながら世界に自主制作映画を発信する。

トマト農家で映画監督!『やまぶき』山﨑樹一郎監督インタビュー【カンヌ映画祭ACID部門で世界が注目】_1
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突然ですが、岡山県真庭市をご存じですか? 中国山地のほぼ中央に位置しており、市の公式HPによると東西に約30km、南北に約50km、総面積約828k平方メートルという、岡山県下で最も大きな自治体で、気候は年間を通じて比較的穏やかという土地柄だそうです。やはり映画監督であるオダギリジョーさんの出身地の津山のお隣にある市です。

この真庭を舞台に、トマト農家の仕事と並行して映画を撮り続けているのが山﨑樹一郎監督。2011年の第1作『ひかりのおと』では三代続く酪農を継ぐため、東京から故郷に戻ってきた青年の物語、2014年の『新しき民』では280年前に実際に起きた農民一揆を題材にした物語、そして最新作『やまぶき』はカンヌ国際映画祭ACID部門に選出され、すでに10を超える国際映画祭で紹介されている人間群像劇となります。

誰かが山頂から蹴落とした小さな小石が、崖を転がり落ちるうちに大きな土砂崩れを誘発するように、山間の小さなエリアの人間関係が、本人たちの知らず知らずのうちに影響しあっていることを鋭いショットの連なりで見せている作品です。厳しい状況を描きながら微かな希望をしっかりと提示するのも山﨑監督らしさとも言えます。地方で映画を作り続けること、地方だから描けることを伺いました。

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山﨑樹一郎(Juichiro Yamasaki)
1978年生まれ、大阪市出身。京都文教大学で文化人類学を学ぶ傍ら、京都国際学生映画祭の企画運営や自主映画製作を始める。2006年に岡山県真庭市の山間に移住し、農業に携わりながら映画製作を始める。初長編作品『ひかりのおと』(2011)は岡山県内51カ所で巡回上映を行う一方、東京国際映画祭やロッテルダム国際映画祭ブライト・フューチャー部門にも招待される。また、ドイツのニッポンコネクション映画祭にてニッポン・ヴィジョンズ・アワードを受賞。第2作『新しき民』(2014)はニューヨーク・ジャパンカッツ映画祭にてクロージング上映され、ニューヨーク・タイムス紙でも高く評価された。さらに、高崎映画祭新進監督グランプリを受賞。映画制作と並行して、フランスのメソッドをモデルにした映画鑑賞教育を真庭市内の学校などで実践している。

都会は好きなもの同士固まれるけど、地方はイデオロギーの違いを保ちつつ、それを超えた人間関係が面白い

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──山﨑監督は大阪で育ち、大学時代は京都で過ごし、お父さまの実家である岡山県真庭に移住して、トマト農家と並行して映画を撮られていますが、真庭の町のサイズが監督の描く映画の世界に色濃く影響を与えていますか?

「舞台になる場所に住み続け、生活しながら共同体のいいところを発見しながら映画を作っているので、人物と場所が乖離しないのが、真庭という場所で作っているひとつの意味なのかなと思いますね。都会って好きな者同士固まれるじゃないですか。でも、地方って人と人の関係が近いので、ひとりの存在が良くも悪くも大きくて、お互いのイデオロギーが違うからといって関わることを避けることはできない。お互いの違いを持ちつつ、それを超えた人間同士の関係があるところが地方の面白い部分だと思うんです。

イデオロギーとか、国とか出身の違いとか、そんなこと、大したことないっていうことですね。思いやりとか助け合いとかで繋がってる関係があります。あと真庭って面白くて、むかし久世という真庭の中心部の地域には牛市があっていろんな地域から人が集まってきて、花街なんかもあったと聞きます。また勝山という城下町として発展した場所もあって、他にも真庭市は個性ある9町村が合併してできた自治体なのでそれぞれ面白い」

多少の陰でも育つやまぶきはけなげである

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山吹(祷キララ)の父(川瀬陽太)が崖地のに自生するやまぶきを引き抜いたことが、思わぬ事態へと発展していく。

──植物のやまぶきからタイトルをつけられていますが、今回この『やまぶき』を見て初めてやまぶきが春の季語となる花であることと、昔は、地面に落ちた黄色い花びらの重なりがお金に見えたので、「賄賂」の隠語として使われていたそうですね。物語も、あるヤクザが組織から盗んできたお金が小石のようにころころと転がり、回り、回っていく物語です。

「やまぶきって桜と同じような時期に咲いて、花びらの形も大きさもよく似ているんですよね。ピンクか山吹色かの色の違いだけのよう。桜の方は河川敷に植えられ、春になると花見として一斉に愛でるという。それが僕は好きじゃなくて、誰かによってどこか強制された日本人的な感性だと感じてしまうんです。やまぶきだってきれいで可憐な花を咲かすんだけど、崖地の斜面に自生することが多くて、誰もその下で花見をしようとは思わない。

山材の中に紛れているんだけど、その佇まいが多様性の中にちゃんと自分というものがあるように感じられ、多少の陰でも咲くというのが逞しくもある。そういった目立たない場所に咲き、陰の中でやまぶき色が際立ち、昔の人には輝いて見えたんでしょう。賄賂の象徴として使われるのってとても面白くて、やまぶきを映画の題材に選びました」

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韓国から来たチャンス(カン・ユンス)は採石所でのまじめな働きぶりを評価されていたが……。

──主人公のチャンスは、親族の事業が失敗したことから韓国から真庭に働きにきています。彼が働く採石所のショットから始まりますが、冒頭の崖を落ちる小石のショットが、この後のチャンスの人生の変遷を予兆していて痺れました。チャンスを演じるカン・ユンスさんはソウル出身で、大学卒業後は大手航空会社で勤め、その後、ロンドンの大学院で演劇を学び、国際色豊かな演劇を手掛けていた中、今は真庭でお仕事をされているとかで、とてもユニークな経歴の方ですよね?

「いやあ、カンさんは本当に面白い方で、機会があったらぜひ取材していただきたいんですけど、韓国からイギリスに演技を学ぶために留学して、クラウン(ピエロのような道化的存在の俳優)になると、パントマイムを始め、仲間たちと劇団を作り、公演もし、そこで日本人のパートナーと出会って、真庭には地域おこし協力隊でやってきたんです」

──地域おこし協力隊なんですか!

「ええ。その経歴を聞いて、面白すぎるやろ、どんな人なんやろうと会いにいくと、やっぱりとっても面白くて、賢い人で。『やまぶき』で主人公のチャンスはわりと悲観的な出来事に遭遇するんですけど、カンさんの突き抜けた明るさを持ち込んでもらうことで面白くなるだろうし、映画のトーンがあまり落ち込みすぎないだろうと。貧しくても、不幸でも、カンさんの演じるチャンスを見ていると笑えるみたいな。そういう天才的なキャラクターなんですよね。僕もそうですけど、あまり映画を見て落ち込みたくないじゃないですか」

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山吹の父は刑事。部下を演じるのは三浦誠己さん。

──私、ここ数年、いくつかの映画祭で応募された日本映画を集中的にみる機会に恵まれているのですが、日本映画の一つの特徴だと思うんですけど、何かよからぬ事態が起きたらとにかく隠す、隠蔽するという設定がとても多い。

『やまぶき』でも川瀬陽太さんと三浦誠己さん演じる刑事がある事件について隠蔽するんですけど、カンさんが演じるチャンスが絡むことで、ばれちゃう(笑)。これ、日本人オールキャストだったら隠したままで終わっちゃうんじゃないかな。

「確かに日本人だけの物語だと、悲愴感に満ち溢れた映画になっている可能性はありますね。ヤクザから流れた金をばれずにそのまま使っちゃったり、今いる場から失踪して泣いて終わるみたいな、そんな感じで(笑)」

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チャンスを演じるカン・ユンスさんは韓国ソウル生まれ、育ちで大学卒業後、航空会社勤務、イギリス留学を経て岡山県真庭に移転してきた多彩なプロフィールの方。

──チャンスが働いている採石所はベトナム人などいろんな国籍の人が働いていますが、真庭は国際色豊かな場なんですか?

「舞台となった採石所の人間構成はフィクションです。ただ報道で、全国のほかの採石所で海外からの移住者の労働問題のニュースを目にします。この映画に出てもらったベトナム人の方たちは、技能実習制度などで来ている人たちにこちらから声をかけて出てもらった方々です」

──そういう演技に関しては素人の人と交じって、何ら違和感なく採石所では『るろうに剣心』の相楽左之助役で有名な青木崇高さんが出ていてびっくりしたんですけど、どういう経緯で?

「青木さんは真庭にご縁があって『ぜひ参加したい』といってくれていたんです。というのは、青木さんはお母さまが真庭の出身で、それで僕たちの映画に興味を持ってくれて。僕もそうでしたけど、小さいときは休みの度に真庭に帰郷するという、その経験とか記憶で共有するものがあって。小さな役ですけど、快く出てくれました」