映画に出てくる酒や酒場の役割は、「登場人物同士の出会いや会話の潤滑油」だと語る加藤ジャンプ氏。
「人間関係を補ってくれるものでもあるし、ぶち壊すものでもありますが、お酒は乾いていたシーンを必ず潤してくれます。すると、たちまち画面から体温も感じられるようになるし、香りもしてくるんですよね。映画におけるお酒という小道具は、人間味をちゃんと引き出す脇役だと思います。お酒が主役になっちゃうと、人生と同じでロクなことがありませんからね(笑)」

呑んべえ必見! 観れば酒が飲みたくなる映画8選
コの字型のカウンターがある居酒屋を「コの字酒場」と命名した張本人で、現在放送中のドラマ『今夜はコの字で Season2』の元となった漫画の原作も手がけている加藤ジャンプ氏。酒と酒場を愛し、映画をこよなく愛する加藤氏が、酒にまつわる名作映画8本を紹介する。
『今夜はコの字で』加藤ジャンプ氏セレクト

©Jump Kato/Shigeru Tsuchiyama 2022 Printed in Japan ISBN978-4-08-744369-1 C0195
『今夜はコの字で 完全版』より
音楽と料理があふれる人生最高の1本
『マカロニ』(1985)Maccheroni /上映時間:1時間46分/イタリア
監督:エットーレ・スコラ
出演:ジャック・レモン、マルチェロ・マストロヤンニ

Everett Collection/アフロ
これは人生最高の1本。全編に音楽と料理が溢れていて、しみじみといい映画なんです。ジャック・レモンとマルチェロ・マストロヤンニが40年ぶりにナポリで再会する初老の男を演じているのですが、ビールをめちゃくちゃに飲んで友情を再び盤石にしていくシーンが、もうたまらんのですよ。最後に登場するマカロニも美味しそうでね。物語自体は説明が少ないんですが、そのかわりにお酒と食べものとおしゃべりが空白を全部埋めちゃう感じ、いいですよねえ。ちなみにこの映画は、VHSを借りて高校生のときに見ました。当時はマレーシアに住んでいたのですが、映画のチケットが安かったこともあり、学校帰りによく映画館にも立ち寄っていましたね。多民族国家なので字幕は英語とマレー語、それに中国語もついていて、役者の口元が全然見えない。当時は邪魔だなと思っていましたが、今考えるとおもしろい体験でしたね。
ワインが飲みたくなるイタリアの名作
『BARに灯ともる頃』(1989)Che ora è?/上映時間:1時間33分/イタリア
監督:エットーレ・スコラ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ、マッシモ・トロイージ

Album/アフロ
これも『マカロニ』と同じく、大好きなエットーレ・スコラ監督の作品。マルチェロ・マストロヤンニ演じるお父さんが、マッシモ・トロイージ演じる兵役中の息子に会いに港町へやって来て、父子で1日を過ごす会話劇です。お父さんは古いコンサバな考えの成功者で、息子は成功に執着しない自由人。まるっきり価値観が違うので喧嘩になっちゃったりするんですけど、バーでワインを飲んで、トラットリアで食べて打ち解けていく、いい映画なんです。半分に切ったレモンにフォークを刺して、焼いたお魚にジャッとかけるシーンが出てくるんですが、それがむちゃくちゃ美味しそうでね。映画を見に行った帰りに、友達と真似してワインを飲んだことを覚えています。
大杉漣のかっこよさにしびれる
『ポストマン・ブルース』(1997)上映時間:1時間50分/日本
監督:サブ
出演:堤真一、遠山景織子、大杉漣、滝沢涼子
郵便局員が殺し屋と勘違いされて追われるという、突拍子もない話なんですが、めちゃくちゃおもしろい作品です。大杉漣さん演じる殺し屋のジョーが、バーでカクテルを飲みながら滝沢涼子さん演じる女性に殺し屋の美学を語るシーンが出てくるんですが、なんか笑っちゃうんですよ。ハードボイルドをステレオタイプに描いていて、すごくかっこいいのにユーモアがある。大杉漣さんだから出せたおもしろさなのかもしれないですね。ちなみに僕は『トンマッコルへようこそ』(05)という韓国映画も大好きなんですが、ラストで常識では説明しきれない現象が起こるんです。『ポストマン・ブルース』もあの映画に近いラストで、泣いちゃうんですよねえ。飲まずにはいられない映画です。
つらすぎて飲まずにいられない……
『キッズ・リターン』(1996)上映時間:1時間48分/日本
監督:北野武
出演:金子賢、安藤政信、森本レオ、石橋凌、モロ師岡

Mary Evans/amanaimages
北野武監督による青春映画の名作ですが、印象的なのは安藤政信さん演じる期待の新人ボクサーを、モロ師岡さん演じる先輩ベテランボクサーが酒場に誘って堕落させていくシーン。これはつらくて飲まずにいられなくなりましたね。酒でダメになるか楽しくなるか、その境界線は誰にでもあるし、飲む相手を考えないといけないという教訓も学びました。弱いふたりの気持ちがわかるからこそ、痛々しくもしみじみとする、たまらん映画です。ちなみにそのシーンで登場する酒場はいつも煙がもくもくで、その雰囲気も最高でした。
飲み会の理想といえばこれ
『朝霧』(1968)上映時間:1時間36分/日本
監督:吉田憲二
出演:和泉雅子、杉良太郎、八千草薫
映画の割と最初の方で、杉良太郎さん演じる医師が和泉雅子さんたち演じる看護師3人を連れて爽やかに飲むシーンが登場します。モノクロなのでおつまみがよく見えないのが残念ですが、提灯が店の中にぶら下がっている酒場の雰囲気が最高です。これがしかもコの字酒場。カウンターで若い女性たちが年上の医師に物おじせず、ざっくばらんに飲んでいる感じがいいんですよね。女の人と男の人が対等に楽しんでいる、あれが飲み会の理想って感じがしました。しかも「この後もう一軒行こう」みたいな感じにならないのもいいんです。
酒はあがく人たちの潤滑油
『洲崎パラダイス赤信号』(1956)上映時間:1時間21分/日本
監督:川島雄三
出演:三橋達也、新珠三千代
かつて赤線地帯である洲崎で働いていた新珠三千代演じる蔦枝が、人生を変えようと、三橋達也演じる義治と共に再び洲崎に戻ってくる物語。蔦枝は赤線の手前の橋で思いとどまって、橋のたもとにある居酒屋「千草」で働き始めるんですが、登場するのが不幸な人や、危なっかしい人だらけ。そこでみんな豆腐なんかをつまみに瓶ビールを飲んでいる。なんとか人生をやり直したい、リセットしたいとあがくシーンの潤滑油として酒と酒場が存在している気がしました。
京都の居酒屋に染み付く青春の哀感
『ヒポクラテスたち』(1980)上映時間:2時間6分/日本
監督:大森一樹
出演:古尾谷雅人、伊藤蘭、柄本明、内藤剛志
ご自身も医大生だった大森一樹さんが脚本と監督を務めた青春映画。京都の医大生たちが赤提灯で飲むシーンが登場します。医師になるための夢の真っ只中にいるんだけど、いつも抜き差しならない不安を感じている様子が、まさに青春。人の命を預かる医師という職業は責任が重いからこそ、自分がふさわしいのか悩み苦しむ。劇中の酒場には人生の哀感が染み付いていて、小学生の頃に初めてテレビで見たときは「なんちゅー悲しい映画なんだ」と思いましたね。その後、大人になってから見返したら酒を飲まずにいられなくなりました。ちなみに映画に登場するような京都の古い居酒屋が大好きでね。僕にとって京都という街は存在が大きすぎて、酒を飲まずにはいられない場所。日帰りでも、シラフで帰ったことはありません。
酒を知って初めてわかる寅さんの魅力
『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989)上映時間:1時間48分/日本
監督:山田洋次
出演:渥美清、吉岡秀隆、後藤久美子、倍賞千恵子
『男はつらいよ』の第一作を初めて見たのは中学1年生のとき。ただ、最初の頃の寅さんって手がつけられないワルでしょ。それ見てがっかりしちゃって、中学生の僕には受け入れられなかったんです。でもその後、ふらりと映画館で『男はつらいよ 寅次郎物語』を見てみたら「サイコーじゃねーか」って思っちゃって。もう一度1作目から見直したら、惚れこみましたね。自分自身もお酒を飲むようになって、失敗したからこそ寅さんを好きになったのかもしれません。誰にだって、寅さんみたいな一面はありますから。シリーズの中でも特に好きなのは、吉岡秀隆さん演じる甥の満男に酒の飲み方や人生について教える『男はつらいよ ぼくの伯父さん』。寅さんがメンターとなって満男を導いていくんですが、そこには酒場という教室があって、酒という教科書がある。いいことも言うし、ちゃんと失敗も見せるのが寅さんらしいんです。あのシーンの寅さんは、みんなの人生に必要だと思います。似た場面に出会えれば人生はすごく豊かになると思うし、出会えなかった人は、誰かに作ってあげられる大人になれたらいいですよね。
今夜はコの字で 完全版
原作・文:加藤ジャンプ
画:土山しげる

2022年3月18日発売
748円(税込)
320ページ
978-4-08-744369-1
広告代理店に勤める吉岡としのりは、大学時代の先輩・田中恵子のススメでコの字酒場と出会い、魅力にはまっていく……。
漫画に登場するコの字酒場はすべて実在する居酒屋なのが魅力。漫画だけでなく、加藤ジャンプ氏が書き下ろしたコラム「コの字に“ホの字”」も収録。
本作をもとにしたドラマ『今夜はコの字で Season2』が、BSテレ東にて毎週土曜深夜0時に放送中で、中村ゆりが恵子役、浅香航大が吉岡役を演じている。
ドラマ https://www.bs-tvtokyo.co.jp/konoji2/
加藤ジャンプ●かとうじゃんぷ

1971年5月21日生まれ、文筆家、コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、南蛮漬け研究家。東京、横浜、東南アジアで育つ。一橋大学法学部卒業。同大学大学院修士課程終了後、1997年に新潮社入社。雑誌や書籍などの編集者となる。その後、独立し、酒や酒場、食や暮らしなど幅広いテーマで執筆中。著書に『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)、『コの字酒場案内』(六耀社)、『今夜はコの字で』(集英社)、『小辞譚』(共著・猿江商會)がある。
ホームページ https://katojump.wixsite.com/katojump
ツイッター https://twitter.com/katojump
インスタグラム https://www.instagram.com/katojump/
取材・文/松山梢 撮影/小田原リエ
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