ライセンス停止処分となった一件は…

――元々プロボクサーで日本ランカー(国内ランキング10位以内の選手)だったという経歴をお持ちなのに、キャリア半ばでライセンス停止処分になったとのことですが、その件についてお聞きしてもよろしいですか?

22歳で日本ランカーになった頃、以前一度対戦して勝っていた相手から、再戦のオファーをもらいました。所属していたジムの会長も「一回勝っているから大丈夫だろう」という感じでOKを出して、試合が決まりました。

その試合で、フラッシュダウンみたいな感じで倒されて、すぐに立ち上がったんですが、レフェリーが止めに入ってしまい…。当時「止めるのが早い」ことで有名だったレフェリーが担当だったんです。自分としては“効いていなかった”ので、判定に納得できず、レフェリーを押し退けてしまい…。そのまま負けになってしまって。

当時若かったこともあり、帰り際も怒りが収まらず、椅子とか看板を蹴っちゃって、その結果無期限のライセンス停止処分が下されました。

――現役復活は不可能だったのですか?

その後も一年ほど同じジムに在籍していたんですが、停止処分の影響で試合を組むことができず、結局当時の会長とも仲違いしてしまい、練習でも教えてもらえず、ほぼジムにも行かなくなりました。

別のジムへの移籍も試みたんですが、当時のルールでは、所属ジムと移籍先ジムの許可がなければ移籍はできない、とされていました。所属ジムが当時中部地方で一番有名なジムだったので、近くの他のジムも少なからず関係性があり、「あそこで暴れたんだったら、ウチでは扱えない」となってしまって。だから会長に「移籍する」と伝えても、「移籍先のジムの署名入りの書類を持ってこい」と言われ、でも移籍先が書類を書いてくれない、みたいな。

東京を含めて色々なジムを回ったのですが、合うところが結局見つからず、そのままボクシング界からフェードアウトしていきました。