ゲーム開始からクリアまでの実時間を競うRTAの世界でも「スーパーマリオ オデッセイ(以下、マリオオデッセイ)」や「スーパーマリオ64」など、3Dマリオと呼ばれるジャンルはバグを利用した派手なアクションも多く、タイトルの知名度と相まってひときわ高い人気を誇る。RTA記録を投稿できる海外サイト『speedrun.com』では、マリオオデッセイのRTAプレイヤー数は全ゲーム中でも5位に入るほどだ。(2022年10月18日時点)
そんな群雄割拠のマリオオデッセイRTAにおいて国内1位、世界でも11位の記録を持つ、ごりゅや氏。今年、開催されたRTA in Japan Summer 2022でも1時間1分13秒でクリアする好タイムを記録。さらに、精密な操作に裏付けされた数々の時間短縮テクニックで視聴者の目を釘付けにした。

ワザの練習だけで4500時間。「スーパーマリオ」にドハマリして世界で2番目の記録達成
ゲーム開始からクリアまでの実時間を競うRTA(リアルタイムアタック)のプレイヤーで「スーパーマリオ オデッセイ」の達人として有名なごりゅや氏は同ソフトの国内1位の記録保持者だ。頭の中で自分のプレイを精密に再現できるという、その恐るべき練習量と熱意とは……。
RTAの達人たち#5 「スーパーマリオ オデッセイ」
国内1位、世界11位のプレイヤー
動画時間1:02:00頃から始まる、クッパが何もない空中を駆け上がる様は圧巻の一言。ゲームを未プレイでも普通の動きでないことがわかる
世界でもトップクラスのプレイヤーになるまでには、どのような道のりがあったのだろうか
30時間の練習を達成し思った「やっと解放される」
――直近のRTA in Japan Summer 2022では惜しくも目標の1時間切りに届きませんでしたが、やはり1時間は高い壁と言えるのでしょうか?
マリオオデッセイのRTA競技人口はだいたい3000人くらいいるのですが、1時間を切ると世界ランキングの上位50〜60位に入れます。
1時間切りが初めて達成されたのは2019年3月24日。マリオオデッセイの発売から半年くらいあとですね。ちなみに、私が1時間切りを達成したのは翌日の25日のことでした。
――世界で2番目に1時間を切った人……!
あと1日早ければ世界初だったので、惜しかったです。
現在の世界記録は56分55秒。ちなみに、はじめて58分切りが行われてから今の記録が達成されるまで、20ヵ月かかっています。1時間切りが行われてからだと35か月ですね。1分を縮めるのがどれだけ大変か、伝わるでしょうか?
――途方もないですね。突き詰めると、マリオオデッセイのRTAはどこまで早くなるのでしょうか?
理論上は55分切りも可能とされています。理論上とは、現時点で判明している短縮要素をすべて、ミスなく完璧に行うことで達成できるという意味ですが、人間には実現不可能だろうというのが正直なところですね。
極端な話、成功確率が1%もないのに短縮時間が0.1秒にしかならないようなプレイをずっと続ける必要があります。ミスした場合のロスを考えたら普通は採用できません。
今回のRTA in Japan Summer 2022で僕が終盤に挑戦したプレイも、人類が安定して成功させるのは難しい部類といえるでしょう。
――動画にもあった、クッパが壁を駆け上がるプレイですね
本来なら、進路を塞ぐ壁の中に用意された通路をぐるぐると回りながらのぼっていくのが正規ルートなのですが、実は壁の外側に足場判定があるんです。その足場をジャンプして辿っていくと、壁の中に入らずに外から無理矢理先へ進むことができる。しかし、この足場が見えないうえ判定が非常に小さい。
もう、練習しようがないんですね。成功時と失敗時で何が違ったのかさえわからないんですから。
何百回かに1回、偶然成功したときの感覚を頼りにスティックを倒す角度やジャンプのタイミングを覚えていくしかありません。
――気が遠くなりそうです
ひたすら壁をのぼるだけで、合計30時間以上は練習しました。練習中は投げ出したくなるほど辛くて、ある程度できるようになったときは達成感よりも「やっと解放される、もう練習しなくていいんだ」という思いのほうが強かったですね。
固定化しないのは隙である
――ひとつのワザの練習に時間をかけることは珍しくないのですか?
新しいワザに挑戦するときは初成功までに5時間、安定させるまでに10時間が基本ですね。
マリオオデッセイの総プレイ時間が5000時間だとしたら、クリアまで通しでプレイしたのはだいたい1000時間くらい。あとは個々のワザの細かい隙を無くす練習に費やしています。
――細かい隙とは?
多くのプレイヤーは一連の操作について90%まではマニュアル化できても、残り10%は惰性でやってしまうことがあると思います。動き始めの目印などだけしっかり決めて、あとは感覚でやる、というように。
ただ、その10%の不安定さが失敗のもと、隙になります。
クッパの壁のぼりは視聴者を楽しませる「魅せプレイ」としてやったのでまだ不安定でしたが、自分のRTAで採用するワザについては100%の固定化を常に目指しています。最初から最後まで、どのタイミングでどのように動くかを完璧に覚えてからプレイするようにしているんです。
操作の早さなど、地力ではほかのプレイヤーに劣る面もあるので、準備段階でできるかぎりのことはやっておかないと、世界のプレイヤーには敵いません。
――トップ層で戦うための武器、ということですね
もう一つ特技と呼べるものがあって、頭の中でマリオの動きやマップをはっきりと再現できるんです。
――……お話がすごすぎて、ちょっとついて行けていないのですが
例えば、自分が失敗したプレイを頭の中で何度も再現してミスの原因を探したり、思いついたことをすぐ脳内シミュレーションして新しい短縮要素を見つけたりできます。もちろん、イメージしたあとは実際のプレイでも試しますが、頭の中でできたことはだいたい実現できるんです。
――イメージトレーニングの精度がとても高い、と。日常生活に影響は出ないんですか?
壁と壁に隙間を見つけたら「ここはマリオが壁ジャンプできそうだな」と思うことや、スーパーとかの買い物で最短ルートを考えてしまうことはよくあります。
あと、マリオオデッセイは1秒間にボタンを7つも押す操作が求められたり、コントローラーを振ったりすることが多いんです。腱鞘炎になるので、日々のストレッチはかかさないですね。
好きであり続けるのも才能
――30時間も練習を続けるのは辛かったとのことでしたが、RTAをやめようと思ったことはなかったのですか?
あります。それも、今年の5月までは実質引退状態でした。タイムが思うように伸びなくなり、ゲームに対するネガティブな思いも強くなって、1年半ほどマリオオデッセイを離れていたんです。
復帰のきっかけになったのは、RTA in Japan Summer 2022でした。

ゲームの応募が5月で、それより前から細々とRTAをやってみてはいたのですが、モチベーションがどうしても取り戻せませんでした。そんな折、RTA in Japan Summer 2022に受かって、モチベーションも完全復活して、そのままの勢いで自己ベストも更新してしまったんです。
――ブランクが良い影響を与えた?
マリオオデッセイを封印していた間、スーパーマリオ64やスーパーマリオギャラクシーといったほかの3Dマリオ作品のRTAをやっていたので、RTAに対する自分の解像度があがっていたのかなと思います。
――RTAの息抜きにRTAを
他の分野で学んだ経験が活きました。
あと思うのは、作品に対するネガティブな思いが払拭されたのが大きかったなと。ブランク明けは初心に返って楽しくRTAができていたんです。
RTAは、楽しいという気持ちが一番の原動力になると思います。楽しければ練習も辛くないし、もっと上手くなろうという気持ちになる。その楽しさをどれだけ維持できるかも、私は才能の一つだと考えます。
何度挑戦しても結果が出ないのは苦しいことです。そのゲームを楽しめなくなるかもしれません。私もその一人でした。
現在、世界1位のプレイヤーは半年間、記録がでなくてもコンスタントにRTAに挑戦していたことが配信やSNSなどでわかっています。先ほど、57分切りは長いこと達成されなかったと申し上げましたが、その間もこのプレイヤーは記録を狙い続けていました。
ゲームが熱意やモチベーションがなければ、きっと挑戦は続けられません。途中で諦めてしまったら、良い記録が生まれることもありません。RTAでは、好きという気持ちに勝てるものはないんです。
取材・文/笠木渉太
新着記事
一度は試したい! 進化したビジュアル系和菓子【おやつ部まとめ】 #SPURおやつ部
「これが映画だ、ということに電撃に近いショックを受け、打ちのめされた」…大人が嗜む苦み走ったコーヒーやシガーのような滋味を初めて知った樋口真嗣を、同時に震撼させた劇場での光景【『ブレードランナー』】
私を壊した映画たち 第5回