年間8万人もの行方不明届。誰かを切実に待つという経験がなかったので、初めての状況と、初めての感情と巡り合った。

誰かを切実に待つという初めての状況と感情。映画『千夜、一夜』 尾野真千子さんインタビュー_1
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西谷弘監督の『沈黙のパレード』、石川慶監督の『ある男』、監督集団「5月」による『宮松と山下』、そして今回紹介する久保田直監督の『千夜、一夜』。秋から冬にかけて公開される日本映画の話題作において、ある共通の題材があります。それは「行方不明者」が出てくるということ。色んな事情で、家族がその消息を追えなくなるドラマが展開するのです。

警視庁から公表された『令和3年における行方不明者の状況』によると、警察に行方不明者届が出されたのは7万9218人。毎年、年間8万人もの人に対して行方不明届が出されているといいます。『千夜、一夜』の久保田監督は、「北朝鮮に拉致された疑いを排除できない失踪者」として特定失踪者リストが発表されたあと、長らく、行方がわからなかった当人からこのリストには当てはまらないと警察などに連絡があったことに発想を得たと言います。

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『千夜、一夜』ではとある島を舞台に、結婚して早々、ふらっといなくなった夫を30年間待ち続ける女性、登美子を田中裕子さんが演じています。自分の夫の行方だけでなく、もしかすると北朝鮮に拉致されたかもしれない可能性を調査し、他の家族からの依頼で、特定失踪者リストへの手続きの手助けもしている女性です。登美子を頼って、2年前、姿を消した教師の夫(安藤政信)の件で相談にやってきた看護師、奈美を演じるのが尾野真千子さん。誰かの帰りを待ち望み続けている人たちについて、どう感じ、演じたかを伺いました。

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尾野真千子(Machiko Ono)
1981年生まれ、奈良県出身。『萌の朱雀』(97/河瀨直美監督)で映画主演デビューし、第10回シンガポール国際映画祭最優秀女優賞を受賞。以降、第60回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『殯の森』(07/河瀨直美監督)、『クライマーズ・ハイ』(08/原田眞人監督)などに出演し、第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『そして父になる』(13/是枝裕和監督)で第37回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。テレビドラマ「Mother」(10/NTV)、連続テレビ小説「カーネーション」(11/NHK大阪)、「最高の離婚」(13/CX)ほか、近作の映画出演は『影踏み』(19/篠原哲雄監督)、『ヤクザと家族 The Family』(21/藤井道人監督)、『明日の食卓』(21/瀬々敬久監督)、『ハケンアニメ!』(22/吉野耕平監督)、『こちらあみ子』(22/森井勇佑監督)、『ミニオンズフィーバー』(22/カイル・バルダ監督)[ベル・ボトム役日本語吹き替え]、『サバカン SABAKAN』(22/金沢知樹監督)など。『茜色に焼かれる』(21/石井裕也監督)では各映画賞の主演女優賞を多数受賞した。

夫の行方がわからない奈美の抱える切実さは未知な感情だった。

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──私は『千夜、一夜』を見て、とても自分事としてとらえてしまったんですが、それは10年ほど前、とても仲の良かった男友達とある日を境に全く連絡が取れなくなってしまって、それから2年近く、消息が全くつかめなくなったことがあるんです。結果としては、生命に関わる病で突然倒れ、2年近く療養となり、手術や薬の副作用で調子を崩して、誰とも会う気力、体力が失われた期間だったと後で知ったのですが、その間、切実に探し求めた時期があって尾野さんが演じられた奈実の感情がとてもリアルに響きました。

「そういう体験がある方って、やっぱりいるんですね。私自身は、誰かをずっと探したり、待ち続けたり、どうしたんだろうと心配するような経験がまったくなくて、この『千夜、一夜』を通して初めての状況に陥り、初めての感情と出会うという感じだったんですね。田中裕子さん演じる登美子や、私が演じた奈美の抱える切実さはまあ、未知な感じ。どちらかというと、自分の知らない状況にひかれて引き受けたっていう感じだったんです。でも、想像はしますよね。大切な人がいなくなったらどうするか、家族がいなくなったらどうするかとか。家族は一緒に居て当たり前という感覚があるから、想像はするけど、想像つかないという脚本でした」

──実は『千夜、一夜』を見て、特定失踪者という言葉を始めて知りました。

「久保田直監督だからこそ、そういうことに目がいくんだろうなと思いました。どうやって知って調べたんだろうね? 最初、お話を伺ったとき、これはドキュメンタリーですかと思ったくらい。ご本人は報道番組やドキュメンタリー番組から劇映画へと移られてきた方ですけど、久保田監督の選ぶ題材と場所っていつもすごい変わってるというか、独特ですよね。こういう題材を切り取るのか、ということもあるし、あと、待つという題材。もちろん、世の中の大概のドラマや映画は、物語の中で何かを待っているんですよ。でも、この映画の登美子さんは30年待っている。普通、あれだけの長い期間は待てないから。こんなにたくさん映画がある中で、待つということを題材にする、しかも他の作品とかぶらずに。観客の興味のそそるものをよく、みつけてくるなあと思う」

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尾野真千子さん演じる奈美は看護師の仕事をしながら、突然、行方をくらました夫のことを探している。

──先程、誰かを切実に待つという経験はこれまでなかったと話されていましたが、そういう場合、奈美という人物にどうやってアプローチされるんですか?

「あんまり気にせず、キャストとスタッフの皆さんと作っていく感じですね。私はいつも通り台本を覚えて、そのままやるみたいな。奈美の衣装を着て、メイクしたらこうなったみたいな。だんだん作り上げられていく感じですね」

──奈美を見ていてとても感じましたが、女性は生理的な機能のことを考え、子どもを持つ、持たないの選択について考えるし、もし子供を欲しいと考えるなら、閉経の時期を想定して逆算しながら人生設計を考察していかなくてはいけない。だから、結婚してそう間もない段階で夫が突然いなくなったら、そりゃ、腹が立つだろうなあと。

「男ってわからないもんですね、女性のあれこれを。腹立つもんですよ(笑)。愛する人でも、『そこはわからないん!?』って思うしね。それでも愛するわけですからね、結局ね、むかつくものも含めて愛するんですよね、自分にとって何が一番かですよね。まあ、私自身、箇条書きのように、何歳でこれをやって、あれをやってと示されちゃうと、嫌だなって思っちゃうんですよ。決められることが、嫌なタイプなんでしょうね。

みなさん、なんとなくの人生設計ってするじゃないですか。若い頃は、この頃は子どもを産むのかなとか。でも、その通りになったことがないし。この頃には売れてんのかなと思ったら、大幅にオーバーしてましたし(笑)。みんなそれぞれあるんでしょうね。私は、計画通りに進むことは苦手です、うん、奈美のようには、すすめない。

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教師だった夫の拉致の可能性を探り、奈美は登美子と警察を訪れる。

でもね、それでも映画の中で、行方をくらましていた夫と再会する場面では、台詞がそうなっているのもあって、腹立つもんなんだなと思いました。台詞を追いかけて言っていると、そりゃ、むかつくわよなと。今まで何してたの? 何も言わずに。夢があるんだったら、もしかしたら反対したかもしれないですけど、消える前に、理由のひとつは言えるじゃねーかよって!って演技だけど、本心でも彼を心から殴っていましたね」

奈実の選択は現実的なんじゃないかな

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──田中裕子さんの演じる登美子はもう30年も待っていて、映画の中では常に遠い方を見つめている表情が印象的でしたけど、登美子についてはどう感じますか?

「でも、遡れば、戦時中とか、みんな待っていたじゃないですか。もちろん、なかには待たない人もいたかもしれないけど、待つことが当たり前のような空気もあった時代があったんだなと。うちの母とか、父がいなくなったわけじゃないですけど、待っているイメージなんですね。私の母だったら、登美子のように待つんだろうなと思う。

だから、演じるとき、私もちょっと奈美のこと、嫌だなって思った瞬間がありました。夫の帰りを待ってはいたけど、でも、そろそろ次に進みたいという気持ちが許されるのかって。昔は世間体を気にする空気も強かったし、田舎だと特に世間体を気にするところがあったから、あいつは待たずに次の人に行きやがったみたいなこともあったでしょうね。

一瞬、私、奈実のことを悪く思いましたよ。どうなったかもわからない人を置いておいて、次に進んでいくことっていいのかなって。でもみんなで『奈美の選択は現実的なんじゃないかな』という話をして、そうかと思い直しました」

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夫を待ち続ける登美子を想い続ける漁師の春男。ダンカンさんは待つ男の切なさを表現。

──いつまで待ち続けるかって、本当に自分の気持ちの執着の問題ですよね。私は幼馴染の登美子を思い続けるダンカンさんの待ち方が苦しかった。

「さっき、取材した方もそう言っていました。自分のオカンをだしにして、俺の方を振り向いてくれっていうなんてずるいよねって(笑)」

──何かを担保にとって待っている感じですよね。この映画、色んな待ち方を描いていて面白い。

「ですよね」