これまでアカデミー賞に21回ノミネート(2022年時点)されているメリル・ストリープの演技力には、舌を巻くほかありません。私が一番好きな作品は、アカデミー主演女優賞を受賞した『ソフィーの選択』。タイトルにもなっている “選択”というのは、メリル演じるソフィーがアウシュヴィッツ強制収容所にいた時の、胸が裂けるような決断のこと。
その過去を独白する長いシーンでは、彼女の白い肌がだんだんと紅潮していくのです。表面的な演技じゃなく、肌の色まで変化していく内面からの演技は感嘆のほかありません。この作品で驚いたのはアクセントの素晴らしさ。ポーランド人のソフィーは、ドイツ語が話せるのでナチスに雇われて秘書をすることになるのだけど、そのシーンでのドイツ語はポーランド訛り。その後、アメリカに逃げて来ると、今度はポーランド訛りのつたない英語を喋るの。あの微妙なアクセントをものにできる人は他にいないでしょう。
俳優になる前はオペラ歌手志望だったそうで、耳がとってもいい人でね。『マディソン郡の橋』(1995)ではイタリア訛りの英語を見事にしゃべっていたけれど、『ソフィーの選択』の微妙な演じ分けはもっとすごい。とてつもない才能の名女優です。

衝撃の過去を打ち明けるメリル・ストリープの圧倒的な演技力。戸田奈津子が語る『ソフィーの選択』
字幕翻訳の第一人者・戸田奈津子さんは、学生時代から熱心に劇場通いをしてきた生粋の映画好き。彼女が愛してきたスターの見るべき1本を長場雄さんの作品付きで紹介する
長場雄が描く戸田奈津子が愛した映画人 vol.4 メリル・ストリープ
ポーランド訛りのドイツ語と、ポーランド訛りの英語のアクセント
『ソフィーの選択』(1982)Sophie’s Choice/上映時間:2時間30分/アメリカ
1947年。アメリカ南部からニューヨークへやってきた駆け出しの作家スティンゴ(ピーター・マクニコル)は、同じアパートに住む美しい女性ソフィー(メリル・ストリープ)とその恋人のネイサン(ケヴィン・クライン)と出会う。ソフィーはナチスの強制収容所から逃げ延びた後、アメリカでネイサンと暮らしていた。やがて3人は親しくなり、幸福な友人関係を築いていくものの、ある日ネイサンは、ソフィーが隠し続けてきた衝撃の事実を知ることになる。ウィリアム・スタイロンの小説を映画化。メリル・ストリープが第55回アカデミー賞と第40回ゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞した。
メリル・ストリープ
1949年6月22日生まれ、アメリカ・ニュージャージー州出身。舞台女優としてキャリアをスタートさせ、『ジュリア』(1977)で映画デビュー。ロバート・デ・ニーロの推薦によって出演した『ディア・ハンター』(1978)でアカデミー助演女優賞にノミネートされる。主な出演作は『クレイマー、クレイマー』(1979)『ソフィーの選択』(1982)『マディソン郡の橋』(1995)『プラダを着た悪魔』(2006)『ジュリー&ジュリア』(2009)『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2011)『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)など。「素顔は本当に飾らない普通の人。ブランドものを持っているところは一度も見たことがありません。ジェーン・フォンダが主演の『ジュリア』やロバート・レッドフォードと共演した『愛と哀しみの果て』(1985)も好き。特に『愛と哀しみの果て』は本当に美しいメロドラマで、一度、映画の舞台になったアフリカまで行っちゃいました」(戸田)
語り/戸田奈津子 アートワーク/長場雄 文/松山梢
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