1980年代、ニューヨークの地下に暮らした人々の営みを、現在のホームレスの現状と掛け合わせて、新しく作り直す。

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_1
わけがあって地下での生活を選んだニッキーとリトルの母娘。 リトルは生まれてから一度も、地上に出たことがない。ニッキーを演じるのは共同監督も務めたセリーヌ・ヘルド(写真右)

ここ数年のニューヨークしか知らない若い人たちからすると、1980年代のアメリカ、ニューヨークが「世界一危険な街」と言われていたと聞いて驚くかもしれません。タイムズ・スクエア周辺は観光客にとってはひったくりとドラッグのバイヤーが跋扈する危険な場所であり、ストリートで発砲事件が起きることも珍しくありませんでした。

当時の治安の悪さを象徴する出来事が、1985年の全米のマフィアを仕切るコミッション(全国委員会)の議長で、ニューヨークマフィアのガンビーノ一家のボス、ポール・カステラーノが、配下のジョン・ゴッティが差し向けたヒットマンによってステーキハウスで銃殺された暗殺事件(後に『ドン・カステラーノ/N.Y.の帝王』というドラマになっています)。ニューヨークの5大ファミリーのボスや幹部が麻薬の取引で次々と検挙されていた背景もあり、この混乱は1990年代まで続くことに。1993年にルドルフ・ジュリアーニがニューヨーク市長となり、猛烈な勢いで治安回復に手を付けたことから、街の雰囲気が変わっていくのです。

この80年代から90年代、ニューヨークの地下には、ドラッグ中毒やアルコール依存症、家庭崩壊、犯罪による逃亡、貧困など、様々な理由から地下での生活を選んだ人たちのコミュニティがありました。未だにその実態はよくわかっておらず、3,000人とも、5,000もの人が、地下鉄のトンネルが、下水道などの地下空間を利用して、日常生活を送っていたと言われています。

昨夏、第77 回 ヴェネチア国際映画祭の国際批評家週間に出品された『きっと地上には満天の星』は、かつて、ニューヨークのアンダーグラウンドで暮らしていた人たちの生活に思いを馳せ、同時に未だ解決に至っていないホームレスの人々の声なき声を丁寧に掬い取った秀作です。現在、ニューヨーク に存在するホームレスの子どもたちは約 22,000 人とか。

公私ともにパートナーであるセリーヌ・ヘルドとローガン・ジョージは、2015 年から 18 年にかけて、ニューヨークの 50 人以上のホームレスにインタビューした『50 Moments』と、ファミリーシェルターで暮らすニューヨークの3家族に密着した『Mornings』の短編を経て、初の長編映画『きっと地上には満天の星』を発表。セリーヌは娘リトルと地下に暮らすニッキー役を、主演女優として演じていて、切迫した状況に置かれた母親の心理を見事に表現もしています。

独立記念日の花火の音が鳴り響く楽しい雰囲気の中、二人にリモートインタビューで制作意図と演出について聞きました。

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_2

●監督・脚本/セリーヌ・ヘルド(左)&ローガン・ジョージ(右)(Celine
Held & Logan George)

ニューヨーク大学の演劇コースで同級生だったセリーヌ・ヘルドとローガン・ジョージは、2015 年に共同監督&脚本家として活動をスタート。2017 年から『Mouse』『Caroline』『Lockdown』など短編映画を次々に発表。特に『Caroline』(2018)は、カンヌ国際映画祭で注目を浴び、アカデミー賞®短編実写映画賞の最終選考にも残った。本作で長編デビューを果たしたあと、ジョン・カーニーが手掛けるアンソロジー・テレビドラマシリーズ「モダン・ラブ」に呼ばれ、シーズン 2 第 5 話“本当の私は心理テストでわかるかも”(2021) の監督・脚本を担当。また、M・ナイト・シャマランがショーランナーを務めるドラマシリーズ「サーヴァントターナー家の子守」(2019-)に監督としてシーズン 3 より参加している。 その M・ナイト・シャマランをプロデューサーに迎えた長編映画 2 作目となるスリラー『The Vanishings at Caddo Lake』を現在制作中。

ニューヨークのトンネルで暮らしていた人々の生活はまだあまり知られていない。

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_3
かつてトンネルに暮らしていた実在するストリートのグラフィックアーティスト、クリス・ペイプ(通称フリーダム)の協力を得て、映画美術で当時の空気をリアルに再現した。

──『きっと地上には満天の星』は1980年代から90年代のニューヨークの地下に、かつて暮らしていた人たちに思いを馳せて作られた作品だと思います。ジュリアーノ市長による浄化作戦で地下で暮らす人々は消えてしまいましたが、あなたたちが埋もれてしまった声や営みに耳を澄ませ、リサーチをし、考古学的なアプローチで、ゼロから形にしていったのではないかと思うのですが。

セリーヌ・ヘルド(以下、セリーヌ)「今日はアメリカの独立記念日で、花火が上がっていて、うるさくてごめんなさい。そして私たちの制作について詩的な表現をしてくれて嬉しい。ニューヨークのトンネルで暮らしていた人々についての本は結構少なくて、4冊ぐらいしかないんです。私たちは製作にあたってかなりサーチしましたし、その4冊の本も参考にしました。1冊は日本でも発行されたジェニファー・トスという女性が実際に、地下に暮らす人々に取材して書いたルポルタージュの『モグラびと ニューヨーク地下生活者たち』(集英社)。

私はニューヨーク大学の1年生だった2009年から10年にかけて、ロウアー・イースト・ サイドの非営利団体で幼稚園児の子守の仕事をしていまして、その時、この『モグラびと』を読んで、 幼稚園の子供たちと地下で暮らす子供たちの違いを実感しました。あと、映画を作るにあたって、美術での再現がとても重要な要素となっていて、マーガレット・モートン(アメリカの写真家・作家)の『The Tunnel: The Underground Homeless of New York City』と、テウン・ヴォーテン(オランダの写真家・ 文化人類学者)の『Tunnel People』が脚本を作る上でとても参考にした本です」

1980年代NY、地下生活者母娘の営みと現代ホームレスの声なき声。『きっと地上には満天の星』監督インタビュー_4
フリーダムをモデルとしたグラフィックアーティストのジョンを演じたのはミュージシャンのファトリップ

ローガン・ジョージ(以下、ローガン)「『The Tunnel: The Underground Homeless of New York City』に掲載されている写真が、地下のトンネルを作るにあたってかなり大きな役割を果たしました。あと、映画の中で、ニッキーとリトルの母娘の隣人として目をかけてくれているジョンというキャラクターは、ミュージシャンのファトリップ(FATLIP)が演じてくれているんですが、彼のモデルとなっているのは実在するストリートのグラフィックアーティストのクリス・ペイプ、通称フリーダムで、彼の落書きがフリーダムトンネルに価値をもたらしたことがあります。

今はブルックリンに住んでいる彼と連絡を取り、最終的にはトンネルを再現するために、彼に舞台となる場所に当時のグラフィックアートを再現してもらってもいます。そこでも“掘り起こす”作業をしたと言えるでしょう。トンネルは、写真から、立体的に再現していく作業を一から作っていかなくてはいけなかったけど、プロダクションデザインのノラ・メンディスの力が大きかった」

セリーヌ「あなたが考古学的なアプローチと言ってくれたけど、この映画の全ての登場人物たちは、私たちがリサーチの中で触れたものを合わせた人物になっています。私たちはこの長編の前に、ニューヨークの50人以上のホームレスにインタビューした『50 Moments』という短い作品と、ファミリー用のシェルターで暮らすニューヨークの3家族が自立するまでを追ったドキュメンタリーの『Mornings』という作品を作っているんですが、その時のリサーチも役に立っているし、加えて、今現在ホームレスの人たちがどういう状況にいるのかを調べ、改めて得た要素とパズルのように構成しています。いずれにしても、かつてそこにいた、そこに在った人たちの状況や心理状態をなるべく正確に描くために努力をしました」