これまで邦画の海外リメイクといえば、黒澤明監督『七人の侍』(1954)を西部劇『荒野の七人』(1960)に置き換えるなどの巨匠系、『ゴジラ』(1954)を自由に展開していくようなキャラクター系、『リング』(1998)『呪怨』(1999)などのホラー系がメインだった。口コミで興収30億円を超え、ロングランを記録したとはいえ、『カメラを止めるな!』(2017)のような低予算映画がフランスでリメイクされ、カンヌ国際映画祭で絶賛されるという事態は極めて異例といえるだろう。
『キャメラを止めるな!』(2022)の監督・脚本を担当したのは、『アーティスト』(2011)でアカデミー賞5部門を総なめにするなど、世界中にその名を轟かせたミシェル・アザナヴィシウス。オリジナルの『カメラを止めるな!』もリメイク版の『キャメラを止めるな!』も、映画としての構造はほぼ同じ。映画作りを描いた映画、という二重構造となっている。
映画前半の30分ほどは、「ゾンビ映画を撮っている撮影クルーが次々と本物のゾンビになってしまう」という内容のB級ゾンビ映画として完結している。ところが、後半の約1時間で一転。映画が製作されることになるまでのプロセスが時系列を遡って示された上で、製作の裏側が暴露されていく。B級ゾンビ映画に課せられた条件は、「30分ワンカットで見せる生中継」。そのため、撮影クルーに次々と襲い掛かるトラブルは、そのまま放送事故に直結しそうな危うい綱渡りということになるわけだ。観客はあたかも、撮影クルーの悪戦苦闘の様子を現場に居合わせて観察しているような感覚を味わうことができる。
そして、カメラの裏側から見た後半のメイキング部分を見ることで、「そうか!このシーンは裏でこんなことが起こっていたからこうなったんだ!」とすべての謎が解け、思わず膝を打つという仕掛けになっている。
仏での異例のリメイクが話題!『カメラを止めるな!』→『キャメラを止めるな!』
2017年、わずか300万円の予算で作られた映画ながら、そのおもしろさが口コミで拡散され、異例の大ヒットとなった『カメラを止めるな!』がフランス映画としてリメイクされた。オリジナルに忠実に描きながら新たなスパイスも加わった、映画ファン必見の『キャメラを止めるな!』に迫る。
“音”で観客を混乱させる『キャメラを止めるな!』の新しさ

ゾンビ映画の監督レミー役を演じるのは、フランスを代表する人気俳優のロマン・デュリス(中央)
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二段構えの構造が斬新だった『カメラを止めるな!』

ゾンビ映画撮影の裏側を描くドタバタぶりは必見。カンヌ国際映画祭でオープニング上映され、爆笑をさらった
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“映画作りをテーマとした映画”
そもそも、映画好きな人であればあるほど、“映画作りをテーマとした映画”は楽しいもの。古くは名作ミュージカル『雨に唄えば』(1952)から、フランソワ・トリュフォー監督の『映画に愛をこめて アメリカの夜』(1973)、ロバート・アルトマン監督の『ザ・プレイヤー』(1992)、そして前述の『アーティスト』まで、名作は多い。『カメラを止めるな!』もまた、その系統の1本だったととらえることができる。
リメイク版の『キャメラを止めるな!』は、“映画作りをテーマとした映画”の最高傑作を撮った『アーティスト』のアザナヴィシウス監督だからこその視点で、オリジナルにはない新たな要素が付け加えられている。その新たな要素とは、ズバリ“音”に関するもの。筆者が注目したのは、ジャン=パスカル・ザディ演じる音響デザイン担当のファティというキャラクターだ。
リメイク版で付加された新たな要素
その前にまず、映画には大きく分けて2種類の音があるということをご存じだろうか? それは、ダイジェティック・サウンド(Diegetic sound)と、ノン・ダイジェティック・サウンド(Non-diegetic sound)の2種類だ。
ダイジェティック・サウンドとは、その音の発生源がスクリーン上で目に見える、あるいは映画の中でその発生源の存在が示唆されるタイプの音のことで、「映画内世界の人たちに聞こえている音」のことだ。
一方のノン・ダイジェティック・サウンドは、音の発生源がスクリーン内にはなく、「映画内世界の人には聞こえていないはずの音」のこと。ナレーションや登場人物の心の中の内なる声、BGMなどがこれにあたる。
ヒッチコックの名作『サイコ』(1960)のシャワー室での殺人シーンで説明すると、シャワーの音などはダイジェティック・サウンド、バーナード・ハーマン作曲による高音域の弦楽器で奏でられる悲鳴のような音楽は、ノン・ダイジェティック・サウンドということになる。見ている観客には抜群の効果音として体感されるが、映画の中で被害にあっているヒロイン(ジャネット・リー)には聞こえていないはずの音だ。
「映画内世界」と「映画外世界」がこんがらがる面白さ
さて、話を『キャメラを止めるな!』に戻そう。映画の冒頭のB級ゾンビ映画を見た観客は、後半の30分で製作の裏側を知ることになるのだが、その前の中間部分において、まんまと「映画内世界」と「映画外世界」とを混同させられる仕掛けが組み込まれている。そのカギを握っているのが、リメイク版で新たに加わったキャラクター、音響デザイン担当のファティなのだ。

中央にいるのが、キーパーソンとなる音響デザイン担当のファティ(ジャン=パスカル・ザディ)
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次々に起こる難題の解決に頭を悩ます監督のレミー(ロマン・デュリス)が机に向かって考え事をしているシーンで、後ろにいるファティは何やら自分の仕事をしている。『キャメラを止めるな!』を見ている我々には、そのシーンに合ったBGMが聞こえ、映画に没入しやすいサウンド環境に置かれている。
ところが突如、レミーは「おい、その音を止めてくれる?」とファティに告げ、そのBGMが実は映画内世界のファティによって流されていた音なのだと知る。そんなシーンが2か所、この中間部分に付加されているのだ。つまり、アザナヴィシウス監督はわざと観客に対し、ノン・ダイジェティック・サウンドとダイジェティック・サウンドを混同させようと試みているのだ!

レミーの妻、ナディア/ナツミ役を演じたのは『アーティスト』にも出演したベレニス・べジョ(左)。右はアヴァ/チナツ役のマチルダ・ルッツ
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映画における“第四の壁”は音だった
「映画内世界」と「映画外世界」とを地続きのものとして描く試みは、ウディ・アレンなどの映画人によってこれまでも試みられてきた。たとえば『アニー・ホール』(1977)では、映画内登場人物である主人公(アレン)が突然、観客(つまりキャメラ)に向かって話しかけるシーンが話題となった。『カイロの紫のバラ』(1985)は、スクリーンの中から主人公が「映画外世界」に出てきてしまうことによって引き起こされる騒動を描いたコメディだった。
演劇の領域では、舞台上の世界と観客席とを隔てる境界線のことを“第四の壁”と呼び、あえてその壁を破り、俳優が観客に話しかけるなどして笑いを喚起することがある。
映画というメディアにあっては、この「内」と「外」とを分けている一番の要素が、実は“音”なのだ、ということを『キャメラを止めるな!』は示してくれたのだ!
文/谷川建司 構成/松山梢

『キャメラを止めるな!』(2022)COUPEZ! 上映時間:1時間52分/フランス
『カメラを止めるな!』(2017)のフランス版リメイク。日本で大ヒットしたゾンビ映画『ONE CUT OF THE DEAD』がフランスでリメイクされることになり、TVで生放送する30分間ワンカット撮影を依頼された監督のレミー(ロマン・デュリス)。ところが撮影は、熱中すると現実とフィクションの区別がつかなくなってしまう妻ナディア(ベレニス・べジョ)の暴走や、日本人プロデューサー(竹原芳子)の無茶振りなどが加わり、大混乱に陥っていく……。
配給:ギャガ
7月15日(金)より全国公開
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公式サイト
https://gaga.ne.jp/cametome/
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