リンダ・ブレアが表紙を飾った2月号が、1975年の「ロードショー」を象徴しているように思う。リンダ・ブレアといえば、大ヒットしたホラー映画『エクソシスト』(1973)の悪魔に取り憑かれた少女役で衝撃を与えた。その彼女がおそらく来日時に撮影したであろう着物姿で映っているのだ。
『エクソシスト』は前年の配給収入1位を記録しており、洋画が日本において社会現象を起こすほどの影響力を持ちはじめたことを示している。1975年には『タワーリング・インフェルノ』『大地震』『エアポート’75』(すべて1974年製作)といったパニック映画が公開されたことから、ロードショーも「パニック映画ブームを徹底研究!」(3月号)、「初公開! 全ストーリー『タワーリング・インフェルノ』」(4月号)、「話題の超大作『タワーリング・インフェルノ』のすべて!」(6月号)、「『タワーリング・インフェルノ』徹底研究」(9月号)といった特集を展開。『タワーリング・インフェルノ』は『エクソシスト』を超える、配給収入36億4000万円の大ヒットとなった。
75年前半の表紙は前年からの流れを受けて、立ち姿全盛。ファッション誌を意識したのか、スタイリングに凝った写真が多い。
4月号で初登場したノラ・ミャオは、「ロードショー」の表紙を飾った初めてのアジア女優。『ドラゴン危機一髪』(1971)『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971)でブルース・リーと共演して、一躍人気が出た。

洋画動員が邦画を上回った1975年。ソフトポルノ『エマニエル夫人』が衝撃の大ヒット
『タワーリング・インフェルノ』などのパニック映画、そして、その性描写が当時の日本では物議をかもした『エマニエル夫人』。その2大ヒットが火をつけた、映画界の“洋高邦低”の流れは2000年代まで続くことになる。そんな1975年の「ロードショー」表紙は、初登場スターもたくさん!
ロードショー COVER TALK #1975
振り袖写真が表紙に!?

©ロードショー1975年/集英社
『エマニエル夫人』が大ヒット!
1975年のもうひとつの潮流は、ソフトポルノの金字塔である『エマニエル夫人』(1974)だ。「『エマニエル夫人』ハイライト/シーン完全再録!」(2月号)、「『エマニエル夫人』に続く文芸ポルノをさぐる」(4月号)、「『続エマニエル夫人』はこんな映画になる!」(7月号)、「幻の超ポルノ映画『ディープ・スロート』全公開!!』(9月号)、「『続エマニエル夫人』のシルビア・クリステルを追って!』(10月号)、「SEXロマンの双璧『続エマニエル夫人』&『O嬢の物語』」(11月号)、「パリの『続エマニエル夫人』完全取材」(12月号)と毎月のように特集を掲載。9月号には主演のシルヴィア・クリステルを表紙に迎えている。
『エマニエル夫人』は一般映画としては衝撃的な内容で、女性のための官能映画として宣伝されたことも手伝って、『タワーリング・インフェルノ』『大地震』に次ぐ日本配給収入3位の大ヒットとなっている。
そして、これらのヒットのおかげで、史上はじめて、洋画の入場者数が邦画を超える逆転現象が発生。そしてこれは「ロードショー」が1972年の創刊から最新洋画情報を報じ続けてきたことと無縁ではないだろう。

©ロードショー1975年/集英社
なお、75年後半のカバーは、半身の写真ばかり。上半期のような全身像では、スターの顔が小さくなってしまうことを懸念したか…? 表紙を飾ったスターは以下の通り。
1月号 ジュリアーノ・ジェンマ
★初登場。『夕陽の用心棒』(1965)をはじめとするマカロニ・ウエスタンに出演して、世界的なスターに。日本では彼の名を冠したスクーター「ジェンマ」が発売されるほどの人気だった。
2月号 リンダ・ブレア(2月号)
★初登場。『エクソシスト』(1973)でアカデミー助演女優賞にノミネート。
3月号 シドニー・ローム
★初登場。アメリカ出身だが、ヨーロッパ映画を中心に活動。『ポランスキーの欲望の館』(1972)『個人生活』(1974)『危険なめぐり遭い』(1975)など。
4月号 ノラ・ミャオ
★初登場。
5月号 ジャクリーン・ビセット
6月号 ナタリー・ドロン
7月号 オリヴィア・ハッセー
8月号 シルヴィア・クリステル
★初登場。『エマニエル夫人』でブレイク。『卒業試験』(1974)『華麗な関係』(1976)『エアポート’80』(1979)などで、セクシー・スターとして鳴らした
9月号 シドニー・ローム
10月号 デボラ・ラフィン
★初登場。『エーゲ海の旅情』(1973)でデビュー。『ダブ』(1974)『いくたびか美しく燃え』(1975)『ラスト・レター』(1980)など。
11月号 オリヴィア・ハッセー(11月号)
12月号 ジャクリーン・ビセット
ロードショー COVER TALK

編集長が暴露! ジョニー・デップの表紙が続いたのは部数低迷のせい? フィービー・ケイツ人気は日本だけ? 「ロードショー」でいちばん売れた号は?
ロードショー COVER TALK #最終回

【ついに休刊!】のべ142人が飾ってきた「ロードショー」の表紙。最終号は意外にも…? そして国内外の大スターたちから別れを惜しむ声が届く
ロードショーCOVER TALK #2009

【休刊まであと1号】生き残りをかけて、邦画とゴシップ中心に方向転換した「ロードショー」。しかし回復できないまま、2008年最後の号を迎える。その表紙を飾ったのは、意外にも…?
ロードショーCOVER TALK #2008

【休刊まであと2年】日本俳優初の単独表紙を飾ったのは、木村拓哉。邦画の隆盛とハリウッド映画の失速、新スターの不在など厳しい条件下で、「ロードショー」は“洋画雑誌”の看板を下ろす決意を!?
ロードショーCOVER TALK #2007

【休刊まであと3年】1年の半分の表紙を飾るというジョニー・デップ祭り! 一方、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーのベビー・カバーはお見せできない…その理由は!?
ロードショーCOVER TALK #2006

女性の表紙は1年間で1回のみ! 女優主導だった「ロードショー」の歴史が完全にひっくり返ったのは、ハリウッドの体質の変容を反映していたから!?
ロードショーCOVER TALK #2005

世界のジョニー・デップはもともと、知る人ぞ知る個性派俳優だった!? 彼をスターダムに引き揚げた大物プロデューサーの秘策とは
ロードショーCOVER TALK #2004

『ハリポタ』人気にオーランド・ブルームの登場で盛り上がる洋画界。だが、日本映画の製作体制の劇的変化が、80年代から続いてきた“洋高邦低”を脅かし始める…
ロードショーCOVER TALK #2003
新着記事
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2
世界一リッチな女性警察官・麗子の誕生の秘密
「わかってる! 今だけだから! フィリピンにお金送るのも!」毎月20万以上を祖国に送金するフィリピンパブ嬢と結婚して痛感する「出稼ぎに頼る国家体質」
『フィリピンパブ嬢の経済学』#1
「働かなくても暮らせるくらいで稼いだのに、全部家族が使ってしまった」祖国への送金を誇りに思っていたフィリピンパブ嬢が直面した家族崩壊
『フィリピンパブ嬢の経済学』#2
