第3~4回で取り上げた『機動戦士ガンダム』 (1979~)。諸事情によりTV放送が打ち切られ、短縮されたクライマックスの情報が漏れ伝わってくるたびに、見ることの叶わなかった幻を想像し補完する歓びを見出すことになる…というのは書いたとおりです。そんな機会は幾度となく訪れました。まるで自分の見たいものは必ずそういう運命を辿るかのように。
遡ること5年ほど前、本格的なSFアニメの嚆矢ともいえる『宇宙戦艦ヤマト』(1974)もまた、当初の構成プランよりも短縮された作品として放送されたし、決して満足のいくとはいえない環境で作られる、革新を目指した野心的作品の爪痕を見つけるたびに、自分たちが最初に見つけた変革への光明であると、与えられただけにも関わらず選ばれしものの自尊心が勝手に芽生え、単なるめんどくさい奴に変貌するのです。
その「めんどくささ」は当然のことながら、作品の中の「めんどくささ」と響き合い、至福のひと時がもたらされるのです。またしても打ち切りの憂き目に会う未来が待ち構えていようとも…。
1980年1月26日に放送短縮という形で、年度末を待たずして最終回の第43話を迎えた『機動戦士ガンダム』。その翌週から同じ枠で始まったのは、同じスポンサー同じ制作会社による同じロボットものの『無敵ロボ トライダーG7』でした。
平凡な住宅地に、中小企業が所有し営利目的のために活躍する巨大ロボットの格納庫があり、その会社の跡取り息子の小学生が操縦するロボットが平和を守るために出動するという、違った意味でリアル路線を掘り下げて生活感にあふれた、ガンダムの真逆の雰囲気の、子供の日常と地続きのロボットがある世界を舞台にしたアニメでした。おもちゃ会社がスポンサーのロボットアニメとしてはむしろこちらの方が最適解な気がしますが、先週までの、一寸先は死という戦場を舞台にした緊張感あふれる作風がすでに恋しくなります。
そう思うのは私だけではなかったのでしょう、毎月10日に書店に並ぶアニメ誌を隅から隅まで貪るように読み漁ると、ガンダムの生みの親・富野喜幸監督(※現・富野由悠季)の新作のニュースが載っているではないですか。

『ガンダム』の続きを期待するファンの希望を叩きのめす『イデオン』は、「俺たちへの挑戦状だ!」と燃えたった樋口真嗣。またしてもぶった切られるが擁護する!【『伝説巨神イデオン』】
『シン・ウルトラマン』の後は、『樋口真嗣特撮野帳』上梓、『キリエのうた』出演などマルチに活躍する樋口監督。1982年、高校生時点で見た原点ともいうべき映画たちについて熱く語るシリーズ連載で今回取り上げるのは、一部筋には富野作品最高傑作と熱愛されるカルトなアニメだ。
私を壊した映画たち 第18回
『ガンダム』の次の富野作品は…アフロヘアの主人公!?

『イデオン』放送開始時の宣材
やがて段々と開示される情報が増えてきました。3台の働く車のような四角い乗り物が合体して、真っ赤なロボットになるようです。ロボットを操縦する少年はアフロヘアです。アフロとはこれまた大胆に攻めてきたな、と思いましたが、ガンダムの主人公も天パだったから…いや、それよりもガンダムとは違うテレビ局で始まることが実は大問題でした。
その違うテレビ局…新聞のテレビ欄だといちばん端っこに載っていて、一応首都圏内だけど東京からちょっと離れた地域だと電波が届くギリギリ、というかノイズにまみれて色が映るかどうか不安定な受信状態だったのです。
ノイズだらけの画面と物語にかかわらず取り込まれる!
ガンダムの放送終了から約半年後、1980年5月から新作アニメ——『伝説巨神イデオン』(1980~)が始まりました。これがまあ予想を上回るソリッドな内容だったのです。
キャラクターデザインは、『ガンダム』の柔らかい描線の安彦良和さんにかわって、湖川友謙さん。『宇宙戦艦ヤマト』で作画監督、『無敵鋼人ダイターン3』(1978~)のゲストキャラクターデザインをやってた人だけど、そのオリジナリティあふれるデザインはそれまでのどのアニメよりも立体的な骨格を正確に捉え、漫画の延長ではなくクロッキーのような描線で、アニメとしてのかわいらしさを意図的に排除しているのではないかとさえ思えました。

主人公のコスモ。湖川氏の圧倒的なデッサン力が感じられるキャラデザイン
キャラクターの髪型も主人公のアフロヘアをはじめとして、切り詰めすぎた前髪パッツンとか、有機的で不連続なカーブで構成された敵のロボット…とは呼ばない…重機動メカたちと同じく、キャラクターとしての感情移入を拒むようなフォルム。そして何よりも不安定な電波で画面はほとんど白黒番組、おまけに不安定なのは受信状態だけでなく、登場人物の精神状態や人間関係も回を追うごとに不調和さがエスカレートしていきます。
ざらざらとしたノイズだらけの画面に負けないぐらいのササクレ立った展開に、幾度となく脱落しそうになりますが、その物語にちりばめられる聞いたことのない単語の連発や、謎が謎を呼ぶ展開に振り回されつつ取り込まれていきます。
ロゴ・ダウの異星人、ギル・バウの戦法、デス・ドライブ、ゲル結界、オーメ財団、ルネタの貴人上がり…何の説明もなくやり取りの中に出てくるその単語、今であればググって解決だけど、当時は調べるすべもなく。と思えば、サムライとか特攻とか耳なじみのいいものもあったり、その言葉の響きいずれもが、のちの富野タームとして結実するのですが——高校生の好奇心探究心をくすぐるのです。
そもそもタイトルのイデオンってなんだ? イデがオンするってどういうこと? しかも異星人どうしの姦通、受胎、母性を裏切った女への執拗な報復を逃れ繰り返す逃亡劇というそれを、どう楽しめばいいのかわからないほど過酷でアダルトな展開。一方、それとは乖離して暴走する天才的アニメーター板野一郎によるメカ同士の高速バトルが繰り広げられるけど、残念な受信状態なのでその凄さは半減。
それでも一癖も二癖もある登場人物の葛藤衝突相剋は、プロレスの場外乱闘のような予想不可能な面白さとして突き刺さりまくります。受信状態の悪さを補って余りあるほど、登場人物たちの感情、表情、言葉で織りなすドラマに釘付けです。これはアニメの表現を超え、人間よりも人間ではないか!
ガンダムの続きを期待するファンの希望を叩きのめすかのような、おそらく富野監督の独断で進められた挑発的モノづくりは、俺たちに対する挑戦状だ!と、頼まれてもいないのに勝手に受けて立つバカな田舎の高校生は、毎週木曜を楽しみにしていたのです(途中で毎週金曜に放送時間が変更になりましたが)。
しかし、その熱狂もまた理不尽な外圧により分断されます。
宇宙滅亡!? そして劇場版は…
1981年1月に第39話で放送が終了した『伝説巨神イデオン』。その最終回で描かれるのは無限のちから、イデをめぐって対立する二つの文明、その壁を越え愛し合い生まれようとしている新たな命。その結晶を厄き存在として抹殺すべく、全軍を挙げて追い詰めた星人バッフクランと人類の総力戦が今にも始まらんとしたときに画面が光に包まれ…唐突にナレーションで「その瞬間であった、イデの発動がおこったのは」。
光と共に総ての文明は無に帰して因果地平の名もなき星の表面で原生生物がその光を見上げて「今までご視聴ありがとうございました。ご意見をお寄せください。抽選で富野・湖川両名のサイン入りセル画セットをプレゼント。当選は発送を持ってかえさせていただきます」…ってな字幕が流れてます。
なんじゃこりゃー!
打ち切られたと後で風聞した『ヤマト』や『ガンダム』は、プラン通りにはならなかったとしても、まだ誠実にストーリー、ドラマの終わりを物語っていたではありませんか。
文字通りズカッと打ちのめされ、ぶった切られてます。これこそ、打ち切りです。
どうしてこんなことになるのか、納得がいかないのは私だけではなかったのでしょう、というか、もしかしたらそうなるのを見越してあんな最終回を仕掛けたのではないかとさえ思えるほどに未完のクライマックスは、「来年劇場版として製作、公開が決定!」と見出しが躍るアニメ雑誌の誌面で、登場人物の非業の死の瞬間や、主役ロボット、イデオンの表面が何か強力なエネルギーを受けてバラバラと剥がれ飛んでいく様子が、連続したコマで紹介されてます。

宇宙の救世主(メシア)の誕生という、とんでもなく哲学的な展開へ…
ヤバい! もうここまで進んでいたのに打ち切られたのか? この無念たるやさぞかし! これはテレビのクオリティじゃないぞ! もはや劇場版ではないか! という気合の入りっぷり…なんて田舎の高校生たる一視聴者が製作状況を鑑みてどうするんだ?と思いますが、お許しください。
劇場版公開まで待つこと1年半、と言いながらもその間は『ガンダム』劇場版3部作が順次公開されてたから待たされた感はほぼないというか、わずか数年の間にこれだけの仕事量をこなす富野監督…それとは別にオリジナル新作テレビシリーズ『戦闘メカ ザブングル』 (1982~)が1982年2月――劇場版『ガンダム』3作目の1か月前で『イデオン』約半年前という時期からオンエアされるのです!
「ば、化け物か…?」(CV永井一郎)
で、『接触篇』『発動篇』2本に分けて怒涛の連続公開のフィナーレ、『イデオン』劇場版はといえば……。
(以下ネタバレ)
やっぱりイデが発動して全員死んじゃったよ!
テレビの最終回は、打ち切られた腹いせで全員殺した訳じゃなかったのか!
でも起きたことは同じだけど、そこに至るまでの過程と、死んだ人たちを一人一人丁寧に拾っていくからめちゃくちゃイイ終わり方じゃん!…って一緒に見た友達に言うと、みんな「お前は頭がおかしい」と口を揃えて罵られました。
そのときは何がいいかをうまく説明できなかったけど、今でもそう思ってます。
昔に比べて同じ意見の持ち主が周りにいっぱいいるのがせめてもの救いです。
数年後の1984年に公開される『デューン/砂の惑星』(1984)とかもね。
『伝説巨神イデオン 接触篇/発動篇』(1982) 上映時間・各1時間24分&1時間39分/日本
総監督・原作:富野喜幸(※現・富野由悠季)
CV:塩谷翼、田中秀幸、戸田恵子、白石冬美、井上遙 他

サンライズワールド|サンライズ公式サイト!公式アニメ動画・画像、キャラクター、シーンが無料で楽しめる!
https://sunrise-world.net/
イデオン公式 http://www.ideon.jp/
打ち切られたテレビシリーズをまとめた『接触篇』と、その後を描いた『発動篇』の2本だてで同時公開された劇場版。遠宇宙の植民星に進出した人類は、自らの双子ともいうべき異星人バッフ・クランと接触、誤解から争いが始まり、コスモ(CV:塩谷翼)ら少年少女たちの一団は、遺跡から発掘された宇宙船と巨大ロボット<イデオン>で宇宙へ逃れる。やがて闘いは全面戦争へ発展し、ナゾの無限エネルギー<イデ>の発動を呼ぶ…。
巨大さと物量では類を見ない迫力の戦闘シーン、心の邂逅とすれ違いを残酷なまでに際立たせる人間描写、美麗な作画とスケール感のある音楽、そして圧倒的なラスト。ある人はなんじゃこりゃと言い、ある人は人生最高傑作と呼ぶ、富野アニメの最高峰。
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