「映画料金が高い」とよく言われる。筆者の周りではよく聞く。
ある世代以上で、「映画は1800円」が常識として頭に染みついている映画好きは多いのではないか。実際、映画の一般料金は1990年代半ばに概ね1800円に統一されて以降、少なくとも四半世紀にわたって1800円だった。だが、2019年6月、TOHOシネマズが1800円から1900円へと値上げした際には、今回と同じように他社が追随。そのたった4年後に2000円となった。「こないだ値上げしたばかりでは!?」と口にしてしまう御仁は多かろう。
とはいえ「映画鑑賞料金が高い」という巷の不満は、今に始まったことではない。映画専門誌「ロードショー」の1991年3月号には「映画入場料金は高いか安いか?」という5ページにわたる問題提起記事が掲載されている。32年前の時点で「鑑賞料金は高い」と感じる人が――映画専門誌を読むような映画ファンの中にすら――それなりにいたということだ。

映画料金2000円時代突入。実は33年でわずか400円の値上げ幅、それでも不満が噴出する日本経済の停滞と、その先に待ち受ける文化的危機
TOHOシネマズが一般鑑賞料金を1900円から2000円に値上げしたのは、2023年6月1日のこと。同社の値上げを皮切りに、いくつかの大手シネコンなどがこれに追随した。2023年9月現在、イオンシネマはじめ「一般1800円」をキープする映画館もあるにはあるが、果たしていつまで頑張れるか……。映画料金を取り巻く背景に迫った。
日本経済の停滞が値上げ幅に現れている

「ロードショー」1991年3月号/表紙は『赤毛のアン』のミーガン・フォローズ
なお、1991年当時の一般料金は1600円から1700円。同記事には料金の年次推移も掲載されているが、なかなか興味深い。1960年から1990年の30年間では200円から1600円、つまり8倍になった。しかし1990年から2023年の33年間では1600円から2000円、たった1.25倍にしかなっていない。喜ぶことなかれ。日本経済がこの30年、いかに停滞していたかという証でもある。いわゆる「失われた30年」だ。

「ロードショー」1991年3月号「映画入場料金は高いか安いか?」より
2000円への値上げが報じられた際、当然ながらTwitter(現・X)やニュースのコメント欄にはネガティブな反応が相次いだが、33年間でたった400円しか値上げしていないのにそこまで恨み節が噴出するのは、端的に「失われた30年」で日本が貧乏になったからだ。
日本人の平均年収は30年前より今のほうが低いのに、税金や物価は上がっている。削られたのは娯楽に使えるお金だ。つまり「2023年の映画鑑賞料金2000円」は「1990年の映画鑑賞料金1600円」よりずっと“高い”のである。
「ああ、バイト2時間弱の時給分か……」
ただし、2000円に納得している人はネットに書き込みなどしない。SNSで苦言など呈さない。黙ってその金額を払い、今までどおり好きな映画を観に行く。それに、四半世紀を「一般1800円」で過ごしてきた世代と、そうでない世代では受け止め方に差があるだろう。
そこで筆者は今年7〜8月、関東圏および地方の大学生約20名に「一般映画料金2000円を高いと思うか、妥当だと思うか」を直接ヒアリングしてみた。
なお、TOHOシネマズは今回の値上げ対象に大学生以下を含めなかったので、現在の彼らの鑑賞料金は今までと変わらず1500円(大学生)である。他シネコンも同じくだ。それゆえ彼らには、社会人になったら2000円になるが、という前提で話を聞いている。
また、映画について質問することを事前に伝えずに協力してもらったので、映画が好きな学生も、そうでもない学生も混じっている。これが大学生の平均だとは言い切れないが、ひとつの参考として見ていただきたい。
まずは「高い」という意見。
「サブスクなら月1000円とかで見放題なのに。1本観るだけで2ヶ月分って……。大画面・大音響にはそれほど価値を見い出せない。どう観るかにはこだわりがないので」(女性・19歳)
「映画館は結構行くほうだが、2000円と聞くと、『ああ、バイト2時間弱の時給分か……』と思ってげんなりする」(女性・19歳)
ちなみに、大学生の仕送り額はここ30年で最低水準にある。今の大学生はとにかくお金がない。
「大学新入生の月平均仕送り額から家賃を除いた生活費」

※東京、神奈川、埼玉、千葉にある9校の私立大学を対象。
東京私大教連「私立大学新入生の家計負担調査」2020年度をもとに筆者作成
稲田豊史『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)より
たまにしか行かないので値上げは「別に」
映画館の鑑賞体験に大きな価値を見出す学生もわずかながらいた。
「配信で観るのとはまるで違う体験なので、2000円でもいい。大画面といい音響はもちろん、その作品をどうしても映画館で観たい人たちと同じ空間にいること、始まる前のワクワク感、ポップコーンの匂い、そういうのも含めた料金だと思う」(女性・20歳)
「高いとは思うけど、仕方がない」という学生ほか、「100円の値上げ幅は些末」と捉える学生も複数名いた。
「1900円とたいして変わっていないと思う。どうしても観たい人は行くのだから、別にいいのでは」(男性・20歳/他に2人が同意見)
ただし「1900円とたいして変わっていない」と答えた3名は、日常的あるいは定期的に映画館に行く習慣がほとんどない。映画は基本的に配信で視聴。友達から強めに誘われるなどよほどのことがない限り、映画館には行かないそうだ。
彼らが2000円を「妥当」だと言えるのは、映画が日常的な娯楽ではないからだ。たとえるなら、卵や牛乳やパンなどの日配品が100円上がったら大きく抵抗するが、ごくたまにしか買わない食材が100円上がっても「別に」としか思わない。
2000円も払って「ジャケ買い」などできない
「作品によっては妥当」派もいる。
「派手なアクションの洋画が好きなので、スマホで観るより劇場で観たい。そういう映画なら2000円でも構わないが、地味な日本映画には絶対に払わない」(男性・20歳)
「『名探偵コナン』以外は映画館に行かない。『コナン』なら、どれだけ値上がりしても行くと思う」(男性・21歳)
「テニプリが好きで、『リョーマ! The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』は週替りの特典が欲しくて6回か7回、映画館に行きました(笑)。好きだから2000円なんて全然高くない」(女性・22歳)
すごく好きな作品ならどれだけ高くても行くが、それ以外は定額制動画配信で済ませる、という学生は多かった。要は2000円も払って冒険はできない、ということだ。昔の言い方で言うならレコードの「ジャケ買い」である。面白いか面白くないかわからないものに、自らの貴重な時間とお金など使えない。若者にとって映画館は、絶対・確実に面白いという保証がある作品を観に行く場所、もしくは特定作品のファンとして詣でる場所になっている――のかもしれない。
料金が2000円になったからといって、観客数が減ることはないだろう。ただし、ヒットする映画としない映画の二極化が、今以上に進行する可能性はある。なにしろ2000円も払うのだ。「皆が観ていて評判のいいヒット作=確実に満足度の高い作品」にはますます人が集う。一方で、知名度が低く「面白いか面白くないか、定かではない」作品は今まで以上に敬遠される。
その先に待つのが、「絶対確実で安パイな映画だけが作られる未来」でなければよいのだが。
文/稲田豊史
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