タイトルの「キャロル・オブ・ザ・ベル」とは、ウクライナ民謡「シェドリック」を基に、ウクライナのバッハと称される作曲家が編曲して英語の歌詞を付けた、ウクライナの国民的楽曲。1990年に大ヒットしたコメディ『ホーム・アローン』(1990)の中でも、教会のシーンで聖歌隊に歌われていた。というのも、『ホーム・アローン』の舞台であるアメリカのシカゴには実際にウクライナ移民が数多く住んでいる地区があるから。
本作では、主人公のひとりであるウクライナ人の少女ヤロスラワが、この「キャロル・オブ・ザ・ベル」を歌うと幸せが訪れると信じて大事な場面で披露する、という形でフィーチャーされている。
80年前も現在も、戦争で犠牲になるのは市民…映画『キャロル・オブ・ザ・ベル』が教えてくれるウクライナと周辺国の複雑な歴史
ロシアによるウクライナ侵攻開始から早1年4か月。しかし現在も、戦闘に終わりの兆しは見えない。新作映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩』を通し、ウクライナの今と、その周辺国との長く複雑な歴史を解説する。
ウクライナ文化を象徴する「キャロル・オブ・ザ・ベル」

©MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF UKRAINE, 2020 – STEWOPOL SP.Z.O.O., 2020

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舞台はウクライナ西部に位置する現在のイヴァーノ=フランキーウシクという街だが、物語が始まる1939年1月時点では、ポーランド領スタニフラヴフという街だった。物語は、自宅の空き部屋を2組の家族にそれぞれ貸し出すことにしたユダヤ人一家と、その家へ引っ越してきたウクライナ人一家、ポーランド人一家の三組の家族を軸に展開される。
1939年9月のドイツによるポーランド侵攻で第二次大戦が始まったことはよく知られている。だが、それに呼応してソ連もまたポーランドへ侵攻し、ついでウクライナを占領したことはあまり知られていないだろう。
西ウクライナの支配を巡るポーランド=ソヴィエト戦争
映画はこの三組の家族が同じ屋根の下で暮らし始めてのち、街にソ連兵が入ってきたシーンで、これから何が起こるのかを心配する人々、一方でソ連の国旗を掲げて歓迎の意を示す人がいることが描かれる。背景にはこの地を巡る複雑な歴史がある。
1917年のロシア10月革命の後、ドイツ、オーストリアとの同盟を後ろ盾に、ウクライナ人民共和国はロシア革命政権からの独立を宣言。その後、第一次大戦のドイツ敗戦を契機に、黒海に面した地理的な要衝であるウクライナの支配を巡り、ウクライナ人民共和国の赤軍、ソ連の赤軍、帝政ロシアの白軍、白軍を支援する各国軍、ウクライナの反政府ゲリラ軍などが入り乱れて戦いが繰り広げられた。
最終的にはソ連の赤軍が勝利し、1919年、ソ連邦の一員であるウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国となった。現在のウクライナの西側エリアでは西ウクライナ人民共和国が独立宣言したが、そこへ今度はポーランドが侵攻、ポーランド=ソヴィエト戦争を経て1921年にポーランド領と確定、西ウクライナ人民共和国は滅んだ。
ソ連軍の侵攻でポーランド軍人一家が連行

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映画の舞台となるスタニフラヴフは、このポーランド支配地域にあるので、間借人となったウクライナ人一家とポーランド軍人一家との間には始めから緊張関係があり、同じ年頃の娘たち同士を遊ばせることすら躊躇する。
だが、そうした民族的感情を超えて、三組の家族がささやかな交流を持ち始めるのは、父ミハイロ、母ソフィア共に音楽家という一家に育った娘ヤロスラワが歌う「キャロル・オブ・ザ・ベル」が皆の心を解きほぐすから。
だが、ソ連軍の侵攻により間借人のポーランド人一家の夫ヴァツワフが捕らえられ、妻ワンダもまた家までやってきたソ連軍に連行される。そのとき、ウクライナ人のソフィアはとっさにワンダの一人娘テレサを自分の娘だと嘘をついて匿うことになる。
ウクライナ占領で運命が変わるユダヤ人一家

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やがて、ソ連に代わり独ソ不可侵条約を破棄したナチス・ドイツが街を掌握すると、大家のユダヤ人一家が当局の呼び出しを受ける。まさか命の危険まではなかろうと楽観視するユダヤ人夫婦は、娘二人をウクライナ人夫婦の許に残し、進んで当局に出頭する。そして、そのまま強制収容所へ送られ二度と帰ってくることはない……。

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三家族が住んでいた家にはウクライナ人一家だけが残り、娘ヤロスラワとユダヤ人姉妹、ポーランド人の娘テレサが肩寄せ合って住むことになる。家の空き部屋には、今度はナチス・ドイツの軍人一家が住み始めることになるのだが、特にユダヤ人の娘二人はドイツ軍当局に見つかったら最後なので、観客はハラハラドキドキしながらその先の展開を見守ることとなる。
そこから先はネタバレとなるので、ぜひご自身の目で映画を見て確かめてほしいが、最後の最後に待ち受けている数十年後のエピローグには、映画的な感動を味わえること請け合いだ。
ひとつ屋根の下で暮らしていたウクライナ、ポーランド、ユダヤ人の三家族が領土を奪われ翻弄される物語は、ウクライナの地で今現在も、同様の苦難や悲劇が市民の間で繰り返されているのでは、という想像を喚起させる力がある。
文/谷川建司
『キャロル・オブ・ザ・ベル』(2021)Carol of the Bells 上映時間:2時間2分/ウクライナ・ポーランド

1939年1月、ポーランドのスタニスワヴフ(現ウクライナ、イヴァーノ=フランキーウシク)にあるユダヤ人が住む母屋に店子としてウクライナ人とポーランド人の家族が引越ししてくる。ウクライナ人の娘ヤロスラワは音楽家の両親の影響を受けているため歌が得意で、特にウクライナの民謡「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、歌うと幸せが訪れると信じ、大事な場面でその歌を披露する。第2次大戦開戦後、ソ連による侵攻、ナチス・ドイツによる侵攻、再度ソ連によって街は占領される。ポーランド人とユダヤ人の両親は迫害によって離され、娘たちだけが残される中、ウクライナ人のソフィアが、彼女たちを必死に守り通して生きていく。
出演:ヤナ・コロリョーヴァ、アンドリー・モストレーンコ、ヨアンナ・オポズダ、ポリナ・グロモヴァ、フルィスティーナ・オレヒヴナ・ウシーツカ
監督:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ
配給: 彩プロ
公式サイト」:https://carolofthebells.ayapro.ne.jp
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7月7日(金) 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
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