1988年に『週刊漫画サンデー』(実業之日本社)で連載を開始し、2013年に単行本全108巻が完結した新田たつおの漫画『静かなるドン』。下着メーカーのサラリーマンとヤクザの総長というふたつの顔を持つ主人公・近藤静也の奮闘を描き、昭和から平成にかけて多くのファンに愛された作品だ。

なぜ『静かなるドン』は電子書籍で爆売れしているのか!?年間6億円超の大ヒットの理由(前編)
2013年に完結した漫画『静かなるドン』が近年の電子書籍ブームの追い風もあり、大ヒットしている。電子コミックサービス「ピッコマ」「LINEマンガ」等の人気ランキングでは、あの『キングダム』や『呪術廻戦』と肩を並べることもある。完結から約10年も経つ作品がこれだけの売上を記録するのは、極めて異例。『週刊漫画サンデー』での連載時から『静かなるドン』の担当編集を務めた実業之日本社漫画出版部の森川和彦氏に、そのヒットの理由を訊ねた。
編集者として特別なことは何もしていない

昼は下着デザイナー、夜はヤクザの総長
約10年前に完結を迎えたその名作が今、再び注目を集めている。2020年にはなんと電子版の売上が年間6億円に到達。今なお大きく売り上げを伸ばし続けている。
「電子書店や取次のみなさんが一生懸命売ってくれて、編集者としては『売れてよかったな』という感じで……。これと言って、特別なことは何もしていないんです」
電子書籍での爆発的なヒットの理由を訊ねると、森川氏はこともなげにそう答えた。
直接の理由としては、20年以上前から他の出版社に先駆けて電子配信に取り組んできたこと、さまざまな電子マンガ配信サービスでのプロモーションに注力したことなどが挙げられるという。しかし、それだけで売り上げが一気に伸びるほど単純な話ではないだろう。ヒットの理由は別のところにありそうだ。
森川氏は『静かなるドン』の4代目の担当編集として、88巻(2008年)から108巻(2013年)の完結までの5年間を新田氏とともに並走した。『週刊漫画サンデー』では編集長も務めた森川氏は、連載当時をこう振り返る。
「新田先生は人柄もよくて原稿を書くのも早いので、編集者としては楽でしたよ(笑)。連載していた24年間、休載したのも1回か2回程度だと思います。休みをとるときは、原稿を描き溜めてから。ご本人いわく『24年間、座敷牢に入っていた』と振り返るほどしんどかったようです。ただ新田先生はすごい読書家で、映画も1日1本は欠かさず観るなど、常にインプットも欠かさない人でした。『静かなるドン』が何年経っても評価されるのは、作品の中にもそういう下地があったからだと思います」
引き延ばさずに描き切った、108巻の超大作
新田氏は漫画家が必ずと言っていいほど行うネームの作業をせず、いきなり原稿用紙にマンガを描いていたという。
「頭の中でストーリーが全部出来上がっているんですよね。話を考えることに関しては困らないと言っていましたし、編集者が下手にあれこれ言うのはマイナスだと思うので、原稿はほとんど本人にお任せでした。細かい編集者だったら『サングラスひとつでキャラが変わるのはおかしい』って言うかもしれないですけど(笑)、のびのび書かせてもらえたのがよかった、と本人もおっしゃっていました」
編集者から細かいオーダーはせず、描きたいように描いてもらう。おおらかな時代の空気も相まって、新田氏は思う存分『静かなるドン』の執筆に集中することができた。大手出版社の漫画雑誌と違い、アンケートの人気や打ち切りのプレッシャーに左右されずに連載を続けられたのもプラスに働いたという。
「サラリーマンの悲哀や辛さも描いた作品だったので、『週刊漫画サンデー』の読者層にも合っていて、大切に読んでくれたんですよね。若い読者が多い雑誌だったら、もしかしたら途中で続けられなくなっていたかもしれない。そういう意味でも、うちの雑誌が合っていたんじゃないかと思います」

サラリーマンの悲哀も愛される要素のひとつ
連載当時の『静かなるドン』は、雑誌の売上を牽引するドル箱作品だった。出版社としては是が非でも連載を継続させたかったはずだが、108巻を迎えたところで『静かなるドン』は大団円を迎える。
「新田先生はずっと、無理に引き伸ばして作品がグダグダになって終わるよりも、きちっと綺麗な形で終わりたいとおっしゃっていました。もちろん編集部としては続けたい気持ちはありましたが、結果的に新田先生も余力を残して存分に描き切ることができたと思います」
世の中の多くの漫画作品が打ち切りという形で連載を終える中で、『静かなるドン』は漫画家にとっても読者にとっても幸福な作品だったと言える。無理に引き伸ばさずにしっかり物語を描き切ったことで、高いクオリティを維持したまま全108巻の長編作品として完結した。
そしてこの引き際が結果的に、電子版の大ヒットにもつながっていく。
取材・文/山本大樹 ©新田たつお/実業之日本社
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