昔の作品でも観たことがなければ新作映画!
一周まわって新しく映った作品の数々をピックアップする「桂枝之進クラシック映画噺」、今回は『戦場のメリークリスマス』(1983)をご紹介。
舞台は第二次世界大戦中のジャワ。
日本軍の捕虜収容所では、日本人軍曹のハラ(ビートたけし)と英国人捕虜のロレンス(トム・コンティ)が事件処理を行なっている。
一方、ハラの上官である陸軍大尉のヨノイ(坂本龍一)はある日、英国人捕虜のセリアズ(デヴィッド・ボウイ)に目を奪われる。
戦地で迎えたクリスマスの日、ハラは酔った勢いでロレンスとセリアズを釈放してしまうのだが……。
東洋と西洋、2つの価値観がぶつかり、次第に混じり合う様は、戦争映画でありながら平和的な瞬間を生み出しており、個人の心情にフォーカスを合わせたリアリティを感じる作品だ。
日本人的な武士道の精神や協調性は戦場の上で狂気に変わり、ハラ軍曹が朝鮮人の軍属カネモトに対して切腹を命じるシーンでは、ビートたけしの眼光の鋭さや人間臭い演技がハマり役だった。
現代におけるSNSでのバッシングにも似たような日本軍の「恥は許さない」特異な空気を感じる一方、英国人捕虜達からは"自分"が生きることを優先する個人主義の価値観が浮き彫りとなる。
今の時代どちらに共感できるだろうかと思案しながら鑑賞した。
そんなハラ軍曹と対照的に描かれるのは坂本龍一演じる上官のヨノイ大尉。監視者と捕虜という立場でありながら英国人捕虜のセリアズに魅了されてゆく。
戦場に持ち込まれる私情は美しく、人間としての当たり前の温かみを思い出させてくれる存在だ。
極めてアーティスティックな音楽で映画『戦場のメリークリスマス』をリード。坂本龍一の色褪せない旋律と先取りしていた「今」
本業の落語のみならず、映画や音楽など幅広いカルチャーに造詣が深い21歳の落語家・桂枝之進。自身が生まれる前に公開された2001年以前の作品を“クラシック映画”と位置づけ、Z世代の視点で新たな魅力を掘り起こす。
Z世代の落語家・桂枝之進のクラシック映画噺14
個人の心情にフォーカスを合わせた戦争映画

陸軍大尉のヨノイを演じた坂本龍一(左)、セリアズを演じたデヴィッド・ボウイ
Everett Collection/amanaimages
坂本龍一が映画音楽の世界に入るキッカケに

ビートたけしが演じたハラ軍曹。この作品をきっかけに、自身も映画作りをするように
Capital Pictures/amanaimages
彼らの心の機微が伝播するように、中盤以降のハラ軍曹は無実の罪を着せられたロレンスを酔った勢いで釈放するという独断を下す。
「メリークリスマス、Mr.ロレンス!」
ラストシーンでニヤリと笑うハラ軍曹の表情からは、一人の人間に戻りたいという叫びのような感情が見え隠れしていた。
坂本龍一が映画音楽の世界に入るキッカケとしても有名な本作。
当時坂本龍一は俳優としてのオファーに対して、劇伴曲を担当することを併せて提案したそうだ。
一般的に劇伴曲は映画の情景描写に忠実で作家性が前面に見えないことが多いように思うが、この作品における「Merry Christmas,Mr.Lawrence」は旋律が作品をリードする極めてアーティスティックな意思ある音楽だと感じた。
坂本はこの作品を通して音楽活動のテリトリーを広げることに主眼を置いたと発言しているが、実際に本作では英国アカデミー賞の作曲賞を受賞し、その後も『ラスト・エンペラー』(1988)や『シェルタリング・スカイ』(1991)など名だたる映画に音楽を提供している。
先を見据えた坂本のキャリア・メイクはもちろん、この作品のヨノイ大尉からは、価値観の変化や愛情を包括した多様性など、現代的な感覚やテーマを先取りしていると感じる場面が多かった。戦争映画にありがちな日本賛美が強調されないあたりも、映画に入り込めた要因なのかもしれない。
何より「Merry Christmas,Mr.Lawrence」の全く色褪せない旋律が決め手となり、異常な状況を描いているにもかかわらずスッと腑に落ちる作品だった。
文/桂枝之進
『戦場のメリークリスマス』(1983)Merry Christmas,Mr.Lawrence 上映時間:2時間3分/日本、イギリス、ニュージーランド
1942年、日本統治下にあるジャワ島の日本軍捕虜収容所。日本語を話すことができる英国陸軍中佐のジョン・ロレンス(トム・コンティ)は、共に事件処理にあたった軍曹ハラ(ビートたけし)と奇妙な友情で結ばれていく。一方、ハラの上官の陸軍大尉ヨノイ(坂本龍一)は、陸軍少佐ジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)の反抗的な態度に悩まされながらも、彼に魅せられていく。大島渚監督作。坂本龍一が手がけた音楽も話題になった。カンヌ国際映画祭に出品され、英国アカデミー賞では作曲賞を受賞。