『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『君の名は。』『おおかみこどもの雨と雪』……有名アニメのタイトルを聞くと、登場するキャラクターだけでなく、タイトルロゴまでが自然と頭に思い浮かぶ――。そんなアニメファンは少なくないはずだ。
フォントの種類や形から色使い、装飾パーツまで、アニメ作品ごとに作成されるさまざまなタイトルロゴのデザインには、それぞれどのような意図が込められているのだろうか?
前提として、タイトルロゴには、作品の雰囲気を表現することで、届けたいターゲット層にアピールするという役割がある。その意味では、おしゃれでかっこいいものが必ずしも優れたデザインというわけではない。
書籍『アニメ・ゲームのロゴデザイン』の監修を務めたデザイナーの内古閑智之さんは「『ある目的に対して、どう機能させるか』というところからつくり始めるものなんです」と言う。
「目的に対して機能させる」とはどういう意味なのだろう。
例えば、国民的ヒットを記録したアニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』と『君の名は。』は、どちらも既存の書体ベースのシンプルなロゴだ。このデザインにはどのような「機能」があるのか。
「あくまで自分の解釈であり、映画がヒットしたからという結果論になってしまうかもしれませんが」と前置きをしたうえで内古閑さんが続ける。
「まず、映画でなくテレビアニメだったら、両作品ともこのデザインになっていないと思います。なぜならテレビでは、1クール(放送期間:主に3カ月)でたくさんのアニメが放送されるので、ロゴを見た瞬間に『自分が好きな感じの見るべき作品』か『見なくていい作品』かをジャッジされる傾向にあります。
だから、『これはキッズ向けだな』『ラブコメだな』『ロボットものだな』といったように、作品のジャンルや世界観がダイレクトに伝わるデザインが多い。
一方、劇場アニメはテレビアニメよりも宣伝の量が多く、その範囲や期間も長いため、ロゴだけで作品の世界観を説明することにそこまでこだわらなくてもいいんです。加えて、細田守監督も新海誠監督も、手掛けた作品には普段はアニメを見ない人にも届くポテンシャルがある、と考えていたはず。
だから、観客の間口を狭めないように、『○○っぽく見える要素』を引き算していった。結果、普遍的で一見、“なんでもない風”なタイトルロゴに仕上がって、先入観が少なく、多くの人に受け入れられるという機能を果たすようになったのだと思います。こういった、なにを“しない”のかを考えるのもデザイナーの仕事だと思います」

『君の名は。』『あの花』…名作アニメのタイトルロゴはなぜ“心に刺さる”? 人気デザイン本監修者が語るロゴデザインの舞台裏
名作アニメのタイトルロゴはなぜ人々の記憶に残るのだろう? 数々のアニメロゴを手掛けてきたデザイナーで、書籍『アニメ・ゲームのロゴデザイン』(ビー・エヌ・エヌ)の監修を務めた内古閑智之さんにロゴデザインの舞台裏を聞いた。

『アニメ・ゲームのロゴデザイン』(ビー・エヌ・エヌ)。2010〜2022年に公開されたアニメ作品などのロゴデザインが掲載されている
『君の名は。』が“なんでもない風”なロゴなわけ

特別凝ったデザインという印象は見受けられない、シンプルなロゴだ
たしかに、『君の名は。』のタイトルロゴがいわゆる“オタク向けアニメっぽい”ものだったら、あれほど幅広いファン層に支持されなかったかもしれない。
さらに2作品のロゴは“なんでもない風”でありながら、ゴシック体と明朝体という書体の違いで、それぞれの個性が表れているのだという。
「『おおかみこども〜』からの細田監督作品と、『君の名は。』からの新海監督作品は、どちらも川村元気さんがプロデュースに携わっています。そこで両監督の作品をより差別化すべく、書体を使い分けたのかもしれない。
ファミリー層にも支持されるようなエンタメ色のある細田作品が親しみやすいゴシック体、エモーショナルで叙情的な世界観が特徴の新海作品は繊細な明朝体、といった具合に。
その結果、それぞれの監督のブランドイメージを打ち出すような効果を生んだのは面白いですよね」
『あの花』ロゴがファンに刺さる仕掛け
また、2011年に公開されると聖地巡礼ブームなどの社会現象を巻き起こした、『あの花』こと『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のロゴにも、奇をてらわない端正な明朝体が使われている。

長文タイトルを縮めて愛称にするムーブメントは『あの花』から始まったともいわれる
「『あの花』のロゴは、スタンダードな素材で間口を広げるという機能に加えて、長いタイトルの愛称を印象づけるという機能も持っています。ロゴにあしらわれた花から伸びるラインをたどっていくと、『あの花』と読めるようになっている。さりげなくこういう仕掛けを入れているのがすごいですよね」
2021年に発表された同作の10周年記念ロゴにも、ファンに刺さる仕掛けが施されているという。

『あの花』10周年ロゴ
「周年ロゴの場合、放送当時との時代の変化も踏まえてデザインを今風にアレンジすることもあるんですけど、『あの花』では、花の色を変えたり、消印風のあしらいを加えたりした以外は、ほとんど変わっていないですよね。僕の解釈ですが、『あの花』という作品にとって『変わらないあの日の思い出』という要素がとても大事だからなんじゃないか、と。
一方で、10周年プロジェクトではキャラクターたちの10年後の姿も描き下ろされています。『何も変わらない』というわけではなく、10年という時間はたしかに流れている。だから花の色がセピア色に変わっているし、消印のあしらいは10年前から届いた手紙のようにも感じられるのではないでしょうか」
たったひとつのロゴで、「変わらないものと、変わったこと」という、物語の根幹ともいえる要素を表現することもできるのだ。
時代の変化に合わせた『デジモン』ロゴ
『あの花』とは対照的に、変わることが効果を生んだ作品例として、『デジモンアドベンチャー』シリーズがある。

『デジモンアドベンチャーtri.』(上)と『デジモンアドベンチャーLAST EVOLUTION 絆』(下)のロゴ
「『デジモンアドベンチャー』のアニメ第1作が放送されたのは1999年。当時のデジタルのイメージといえば“ドットの集合体”だったので、初期のロゴもそれに沿ったデザインでした。
しかし、2010年代以降の作品では“現代のデジタル感”を表現するため、あえて視覚効果を抑えたフラットなデザインになった。いろんな作品で“デジタル”を記号的に表現されることがありますが、今の若い子にはドットやテレビの砂嵐、ディスプレイの走査線みたいな、平成初期のデジタル表現は通じなくなっていますよね」
タイトルロゴからこれほど多くの情報が読み解けるとは驚きである。
一方で近年は、タイトルロゴから作品内容を限定させない作品も増えてきているそうだ。2022年の人気作、『リコリス・リコイル』もそのひとつ。

『リコリス・リコイル』のロゴ
「『リコリコ』のロゴは、すっきりとした今どきのデザイン。とある喫茶店で働く少女ふたり組が主人公という設定もあいまって、『ゆるい日常ものかな』と思わされますが、本編にはハードなガンアクション要素が含まれています。
ロゴではあえてハードな要素を匂わせないことで、ファンの間口が広がったし、ロゴのたたずまいと本編とのギャップも面白い効果を生んでいると思います。
ロゴとアニメ本編のギャップでいえば、『魔法少女まどか☆マギカ』が好例ですよね。ロゴやキャラクターのデザインは、いかにも魔法少女ものっぽい可愛いデザインなのに、本編が始まってみると、ガラッとものすごくハードな展開で……。
このオリジナル作品ならではの、ミスリードさせる仕掛けもうまく機能したからこそ、あれほど大きなブームを巻き起こしたんじゃないでしょうか」
こうしたタイトルロゴは、具体的にどのようにつくられているのだろうか。内古閑さんがデザインを手掛けた、『月がきれい』という作品を例に解説してもらった。
その作品だけのための機能性、必然性
『月がきれい』は、中学3年生の少年少女の初々しい恋愛を、繊細かつリアルに描いた青春ラブストーリーの佳作だ。
「『月がきれい』のロゴはかなり特殊な作り方で……。これは『中学生の手書き文字』を使ったデザインなんです。最初は明朝体のようなきれいな書体がいいかな、と考えていたんですが、本当に“シンプルなだけのロゴ”がベストなのか疑問が湧いてきて。
次に、もう少し中学生の恋愛らしい生っぽさを表現するために、手書き文字にしようと考えたけれど、大人が中学生っぽい文字を意識して書いても劇中の中学生のピュアさが出ない。ならばリアルな中学生に字を書いてもらおうと考えてみました」

中学生の手書きの文字を採用した『月がきれい』のロゴ
そこで実際に、ある中学校の1クラス30人の生徒に、「遠くに住む友人に手紙を書くような気持ち」「家族に手紙を書く気持ち」「好きな人への手紙を書く気持ち」の3パターンで、「月がきれい」と書いてもらった。しかし、そのままロゴとして使えるような「月がきれい」は見つからず……。

中学生による「月がきれい」の文字を集めた
「30人に3パターンずつ書いてもらえば、これだっていういい字が見つかると思っていたんですが。でも、これがリアルな中学生の字なんだ、と考え方を切り替えました。
そして、誰かの文字を選ぶのではなくて、1画ずつ違う生徒の文字を組み合わせるという手法にたどりついた。こうして、男女どちらでもなく、誰のものでもないけれど、たしかに“中学生の字”でできたロゴが完成したんです」
でき上がったのは、中学生らしいあどけなさの中に、どこか繊細で端正な雰囲気が漂うロゴ。
「同作のファンの方々にどう受け取ってもらえたかはわかりません。でも、『この作品にはこのロゴしかない』、そんなロゴにできたんじゃないでしょうか。
タイトルロゴはただかっこよかったり、おしゃれだったりすることより、その作品だけのための機能性や必然性、ストーリー性のあるデザインが重要だと思っています」

書籍ではロゴ事例とともに解説コメント、インタビュー、コラムなどを掲載
目的に対して機能させる――。この一点を突き詰めた結果、かくも多種多様なタイトルロゴが生まれている。まるで日本のアニメ文化の多様さを、そのまま体現しているかのような風景だ。
取材・文/寺井麻衣
画像提供/ビー・エヌ・エヌ
アニメ・ゲームのロゴデザイン(ビー・エヌ・エヌ)
編集:BNN編集部 監修:内古閑智之

2023年2月20日発売
2800円(税別)
B5判/208ページ
978-4-8025-1258-9
アニメ・ゲーム・VTuber・メディアミックス作品など、エンタメ作品のタイトルロゴを約500点掲載した事例集
本書は、2010年から2022年までに公開された作品のロゴデザインを一挙掲載した事例集です。幅広いジャンルの事例とともに、担当デザイナーによる解説コメント、ロゴメイキング、インタビュー、コラムを収録。作品世界やキャラクターを表す、多種多様なタイトルロゴ表現に迫ります。デザインのアイデアソースとして必携の1冊です!
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