前回、取り上げた映画の興行収入を調べたんですが、あの当時は興行収入ではなくて配給収入でカウントしていたので、今の成績と比較するには約2倍にするとイメージしやすいです。それよりもその年…1982のベスト10がなんといいますか…。
3位が20世紀フォックスと香港のゴールデンハーベストの合作で、世界中からスターとスーパーカーを集めてアメリカ大陸横断レースをさせる大風呂敷映画『キャノンボール』(1981)。2位が薬師丸ひろ子主演の角川映画『セーラー服と機関銃』と真田広之主演の『燃える勇者』の2本立て(共に1981)。で、1位がアフリカで文明と隔絶された地域に住む民族が主演のコメディ映画『ミラクル・ワールド ブッシュマン』(1980)。

映画を齧りはじめたクソ生意気な樋口真嗣が、鼻白むはずだったのに心から感動させられ、あまつさえ映画泥棒にまで駆り立てたられた!? 有名すぎるSF冒険映画【『E.T.』】
『シン・ウルトラマン』Blu-ray特別版、著書『樋口真嗣特撮野帳』が絶賛発売中の樋口真嗣監督。1982年、17歳の頃に見て“爪痕”めいた強烈な印象を得た、原点ともいうべき映画たちについて、熱情を燃やしながら語るシリーズ連載。俺の好みは愚衆とは違うぜとイキってたのに、禁断の行為に及ぶほど感動しちゃった第10回!
私を壊した映画たち 第10回
樋口監督が高2で観た映画の配収ベスト10とは!

カラハリ砂漠に住む現サン族が、初めて文明(コーラの瓶)と接した騒動を面白おかしく描き、全世界でヒットした『ブッシュマン』。今ならさまざまな団体が黙っていないであろう…
©Mary Evams/amanaimages
ちなみに、上の「1982年の映画配収ベスト10」というのは、1981年12月から1982年11月に公開された映画で構成されています。だからこのベスト3は私が高校1年のときに見た映画が入ってしまうんだけど、こういう映画が大ヒットしていた時代って今と全然違うのがおわかりいただけるでしょうか?
ちなみに、この連載はあくまでも“高校2年の私”が映画館で見た封切作品(名画座やリバイバルは除外)をテーマにしていますので、1982年4月から1983年3月に公開された映画が対象です。その間の映画の配給収入ベストテンはこちら。

まあ、なんというか、私を壊した映画とはあまり関係ない映画が並んでます。 この頃からすでに、俺の好きな映画は愚衆どもにはわかるわけないんだ的なルサンチマンの兆候が見え隠れしてますが、それは今も変わらないので治しようがありません。
に、しても、映画というものがもっとショウというか興業のにおいがプンプンしていた時代の名残を感じます。綺麗なシネコンじゃなくて、こぼしたジュースが乾いてベタベタする床とか、座席指定がないから、エンドロールが始まったらすぐさまドアが開いて空いた席目指して殺到する次回の客と、席を立とうとした前回の客がぶつかるカオスとか、決してお行儀がいいとは言えない娯楽だったのです。
その後16年間も破られなかった洋画の配収記録
そんな中で、現代に続く映画へのアップデートが進んでいく実感を、ガラガラの映画館で受け止めていました。 が、見事な内容が観客にきちんと届いて大ヒットと相成ることもたまにはあるのです。前ページのランキング表で1位に輝いたスティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T. the ExtraーTerrestrial』(原題/1982)であります。年間1位というだけではなく、配収96.2億円という数字は、この数十年の間でもブッチギリの1位。
ちなみにそれまでは1976年公開の同じスピルバーグ監督作『ジョーズ』(1975)の50億円が最高。その後はどれも20億から30億の間を推移していて、1978年日本公開の『スター・ウォーズ』(1977)ですら43億と、『ジョーズ』には及ばなかったのです。そのほぼダブルスコアを叩き出した『E.T.』の記録は、1998年の『タイタニック』(1997/配収160億円)まで破られることはありませんでした。
ところが、それがどんな映画なのか、誰も知りませんでした。スピルバーグ監督の映画は必ず、ティザーポスターをシンボリックなアイコンのみで示すだけで、具体的な内容は一切表に出さない戦略をとっていました。 水面下で口を開いて上を泳ぐビキニガールに狙いをつける巨大なサメのイラストの『ジョーズ』然り、地平線へ一直線に続く道の向こうから何かの気配を感じる光だけの『未知との遭遇』(1977)然り。シンプルで力強い構図のポスターは、どれも劇中には登場しないイメージというのも共通していました。
そして『E.T.』では、少年と人ならざる生き物の人差し指同士が互いを差し合い、触れる直前。そして人でない生き物の指先が光っていることで、地球上に存在しない生物であることも示しています。副題というか、そのタイトルが意味する言葉が添えられています。The Extra-Terrestrial…地球以外の(何か)。答えといえば答えですが、事前情報は、これだけです。

有名なティザーポスター。E.T.の姿は映画が公開されるまで厳密に秘密にされた
©Capital Pictures/amanaimages
今でこそ、そのタイトルロールであるシワクチャで目玉が大きくて首が伸び縮みする異星人は誰もが知るところですが、一切公表しない秘密主義の徹底のおかげで、その姿を初めて目にするときに、観客は主人公のエリオット少年とまったく同じ衝撃を味わうことができたのです。
便利でお節介なネットにすぐさま画像がばら撒かれるような今だったら絶対にできない戦略のおかげ、だけではないと思いますが、年末に公開されたこの映画は空前の大ヒットを記録します。それどころか、本作のビデオソフト化は、この映画は映画館で見てほしいというスピルバーグ本人の意向により長い間実現せず、ビデオが発売されたのは公開から6年後のことでした。
その当時はやっとビデオデッキが普及しはじめて、レンタルビデオなるものもごく一部が書店や家電店に置かれるようになってきたばかりで、まだ映画の興行に深刻な打撃を与える存在になっていませんでした。なにしろその頃のビデオは、映画の公開日と同時発売なんてものもいっぱいあったのです。
そんな中、どうしても見たい!という声なき声に呼応するような商売が、都心のど真ん中、渋谷は宇田川町東急ハンズの向かいに、まだ輸入レコード屋最大手だった頃のタワーレコード本店入り口の柱の裏側でひっそりと営まれておりました。なんとも怪しげなレンタルビデオショップですが、その時期そもそもレンタルビデオショップなんてほかで見たことはありません。
店先のカウンターには古今東西公開された映画、これから公開される映画のタイトルが並んでいるのです。海外では公開されているけど日本公開はまだ、という作品や、国内発売は絶望視されてた幻の邦画とか。まだ映画泥棒という概念がない、おおらかというか無法がまかり通っていた時代ならでは、なんですが、そこのラインナップにはあるわけですよ。絶対発売されないとされていた『E.T.』が!
脳内補完の力がフル稼働
どういうカラクリなんだか気になって仕方がないので、今では振り絞ってはいけない勇気を振り絞って借りました、会員になって。 800円ぐらいしました。市販されているメーカー品のテープに、手書きのラベルが貼ってあるだけで、まるで友達のコレクションを借りたようなものでした。 なんか凄くいけないことをしてしまったような後ろめたさが拭えないまま、テープをデッキに入れました。
この映画、ユニバーサル映画マークの後に黒み(※)とクレジットタイトルが続きますが、その黒みだけとっても何度ダビングを繰り返せばこんな画質になるのか、ってほど凄まじく悪い画質です。黒が緑色に浮き上がっています。
※真っ黒な画面
それでも間違いなく『E.T.』であることは、これまた凄まじいハムノイズ越しに聞こえてくるジョン・ウィリアムズの静謐なスコアでわかります。黒は浮いて茂みの輪郭は左右に流れて、抽象的なビデオアートみたいな画面の手前に、映画とは違うものが見えます。画面下で不安定に揺れるのは…客席と満員の観客でした。どこかの映画館にビデオカメラを持ち込んで撮影したもののようです。
エリオットの家で兄貴たちが「ダンジョンズ&ドラゴンズ」で遊んでいますが、そのセリフに当てた字幕は中国語でした。そっちの言語圏から流れてきた素材に、これまた酷いジャギーだらけの日本語字幕が焼き込まれています。恐らく家庭用の漢字テロッパーで作られたものでしょう。字幕が出るたびに妙な残像のような帯が覆うのです。テロッパーを介したことで更に画質が悪くなっているようです。
それでも、当時あの映画を見ようと思ったらほかに方法はありませんでした。better than nothing…ないよりはマシですし、あの時代を生き抜いた我々の脳内補完力をもってすれば、どんなに劣悪な画質音質であってもあの物語は劣化しなかったのです。

©Capital Pictures/amanaimages
少年と宇宙人の出会いと別れで涙と感動なんて物語、映画を齧りはじめたクソ生意気な高校2年生であれば鼻白むはずだったのに、むしろ国家的陰謀から遠い星から来た友人を助け出す、どこにでもある郊外の住宅地の少年たちによる冒険譚の拡張版としての側面は、紛れもなくジュヴナイル版の『未知との遭遇』であり、子供の生活圏で起きてもおかしくないSF冒険映画であり、そのクライマックスとして有名すぎて恥ずかしい、自転車が宙へと飛ぶ瞬間に心から感動するのです。 とはいえ映画泥棒はいけません。犯罪です。
文/樋口真嗣
『E.T. 』(1982) E.T. the Extra-Terrestrial 上映時間:1時間55分/アメリカ
製作(共同)・監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:メリッサ・マシスン
出演:ヘンリー・トーマス、ドリュー・バリモア、ピーター・コヨーテ 他

©Allstar/amanaimages
地球にただひとり取り残された異星人を見つけた10歳のエリオット。徐々に心通わせ合い友達になって、大人には内緒で、仲間たちの力を借りて故郷へ戻してやりたいと願うのだが…。
全世界での興行収入も3億ドルという当時の史上最高を記録し、同じくスピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』(1993)が更新するまで10年以上トップを維持した歴史的ヒット作品。
月を背に飛ぶエリオットとE.T.のシルエットは、スピルバーグの製作会社「アンブリン・エンタテインメント」のロゴにもあしらわれており、監督本人にとっても大切な作品であることがうかがえる。
私を壊した映画たち

監督の思い入れを反映し、ファンには好評なディレクターズカット版。しかし、樋口真嗣を「余計なことしやがって! これじゃ台なしだよ!」と憤慨させた作品とは!?【『E.T.20周年アニバーサリー特別版』ほか】
私を壊した映画たち 第11回

太平洋戦争の苦しみをさまざまな視点から描き抜く。『二百三高地』に続き樋口真嗣を圧倒するこの戦争大作を世に送った舛田利雄監督は、ほぼ同時に青春&ラブなヒット作も撮っていた!【『大日本帝国』】
私を壊した映画たち 第9回

欲望みなぎる高2男子の樋口真嗣を魅了したのは、1982年あたりのSF&ホラーを彩った、ザクロのように割れて咲き乱れる脳漿や肉片の恐怖表現だった!【『ポルターガイスト』】
私を壊した映画たち 第8回

銃弾が顔に開ける穴、食いちぎられた腕から垂れる腱…様式ではない「死」と「変身」のメーキャップ表現が花開き、樋口真嗣を酔いしれさせた【『キャット・ピープル』】
私を壊した映画たち 第7回

「居ても立っても居られず、“俺もこういうの作ってみてえ!”欲がムクムクと大きく膨れ上がってきた」…高2の樋口真嗣を創作の原点に立たせたのは、ケレン味たっぷりの飛行機バトル!【『ファイヤーフォックス』】
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「これが映画だ、ということに電撃に近いショックを受け、打ちのめされた」…大人が嗜む苦み走ったコーヒーやシガーのような滋味を初めて知った樋口真嗣を、同時に震撼させた劇場での光景【『ブレードランナー』】
私を壊した映画たち 第5回

「つながりの悪さなんて気にしないぜヒャッハー!」多感な時期の樋口真嗣の感性を形作った、富野喜幸(現・由悠季)監督の凄まじい仕事量とスピード【『機動戦士ガンダム』劇場版3部作編】
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