今、大人気VTuberグループ「ホロライブ」所属のVTuber・星街すいせいが、YouTubeの音楽チャンネル『THE FIRST TAKE』に、VTuber史上初となる登場を果たして再生数1000万回を超える大好評を博すなど、VTuberの才能は拡大を続け、存在が広く認知されるようになってきた感がある。
ここまでVTuberが熱狂的な人気を獲得するようになっていった背景には、一体なにがあるのだろうか。
「近年のVTuberのメインコンテンツは、長時間でも楽に撮影ができる『Live2D』と呼ばれるソフトが普及したことで、“生配信”というスタイルへシフトしたように思えます。優に2、3時間を超えることも多い生配信は、それだけ長くVTuberと視聴者が時間を共有するので、一緒になって文化やお約束を作り上げ、まるで友達としゃべっているかのような楽しさが生まれているのです。
今のVTuber人気には、こうした環境が作り出す“友達感”が大きく寄与しているように思えますね。
「毎回台本があった」「私は人形だった」VTuberの始祖・キズナアイの無期限休止、レジェンド・ミライアカリの引退…閉じコン化したVTube業界は、ファンが作ってファンが殺してしまうのか
VTuber文化の黎明期を支えたミライアカリが2023年3月末で電撃引退し、業界ファンに激震が走った。VTuber界のレジェンドだった彼女の引退から見る業界の未来をITジャーナリストの高橋暁子氏に聞く。
“生配信”というスタイルへシフトしたことで人気に。
それを支える“企業勢”という存在とは

実際、チャットを通して会話ができるので、テレビなどの一方通行なコンテンツより身近なのです。また、長時間の生配信では作り込んだキャラクターが自然と崩れてしまう場面もあり、その“素の性格”が漏れ出てくるところもファンの心をうまくくすぐっていますね」(VTuber業界の事情に詳しいITジャーナリストの高橋暁子氏)
こうした生配信スタイルが広まった背景には、今のVTuber業界を支える“企業勢”という存在が大きく影響しているのだそうだ。
「企業勢というのは、企業が運営する事務所に所属しているVTuberのことで、彼らは業界の先駆者でもあります。有名どころで言うと、今年上場企業となったカバー株式会社が運営するVTuberアイドルグループ『ホロライブ』や、ANYCOLOR株式会社が運営するVTuberグループ『にじさんじ』の人気は絶大で、二大巨頭として知られています。
そしてこの『ホロライブ』や『にじさんじ』といったグループがメインで行なっているのが、生配信というスタイルです。このスタイルの人気が爆発したのは、2020年からのコロナ禍で、ステイホーム時間が長くなったことも理由のひとつと言われています。鬱屈した毎日の中で、いつも楽しそうにしているVTuberたちの生配信は、多くの人にとって憩いの場になったわけです」
ミライアカリ引退の理由は
コンテンツ制作における事務所との考えの相違か
今回引退したミライアカリも、そんな企業勢の一人だったようだが、どんな立ち位置のVTuberだったのか。
「2017年から活動していたミライアカリさんは、もともと株式会社ZIZAI所属の企業勢でしたが、2019年の同事務所解散後、2020年からバンダイナムコミュージックライブ(以下、バンナム)所属になりました。
彼女はVTuber黎明期を支えた存在、VTuberの始祖としてネットを飛び出してテレビなどでも活躍していたキズナアイさんと並び、“VTuber四天王”の一人と称されていた伝説的な存在です。3Dスタイルを駆使した10分前後の動画コンテンツがメインで、正統派アイドル路線とそこから漏れ出る個性で人気を博し、YouTubeチャンネル登録者数は引退時には70.4万人にまで成長していました」

そんなミライアカリだが、今年の3月末に惜しまれつつも引退してしまった。その最後は華々しいものだったが、一方で引退の理由にネットが揺れた部分もあったという。
「ミライアカリさんは引退理由を“運営との価値観のズレ”と語っていました。実際ミライアカリさんは、個人勢からアメリカのVTuberグループ『VShojo』に加入した人気VTuber・ksonさんとコラボをした際に、『動画は毎回きっちりと台本があった』、『コンテンツの企画には関われない』、『私は人形だった』など、長らく秘めていた胸の内を涙ながらに語っています。コラボ動画で語っていたという言葉からは、近年人気を博している“素を出していくスタイル”への強い憧れがあったように思えます」
ネット上では、素を出した生配信スタイルがしたい彼女の要望をバンナムが受け入れなかったことに批判も寄せられていたが、この批判については高橋氏は思うところがあるという。
「確かに彼女のファンからするとそう思うのも無理はないでしょう。ですが、一概にバンナムを責められない部分もある気がします。というのも、ベンチャー企業ゆえにチャレンジングな試みを行えたホロライブやにじさんじとは異なり、バンナムは長い歴史を紡いできた日本を代表する企業が運営するブランド。VTuberがあけすけに喋る“生きた会話”が売りの生配信では、意図せず企業ブランドを傷つけるような出来事も起きがちなので、バンナムはそうしたリスクを避けたかったのでしょう」
動画メインのコンテンツスタイルの
VTuberの厳しい現実……
高橋氏は、ミライアカリのような黎明期から活躍していたVTuberには特徴があり、そうした特徴を持つVTuberは、今後少々厳しい現実に直面するかもしれないと教えてくれた。
「黎明期に活動を始めた多くのVTuberに共通するのは、動画コンテンツを主体としていたことです。これは、顔出しで活躍しているYouTuberが作ってきたコンテンツスタイルを踏襲したという側面もあったのでしょう。
そして、こうした動画メインのコンテンツスタイルは、今後収入面で厳しい状況になってくるかもしれません。というのも、Googleを傘下に持つAlphabetという企業が発表した、2022年の7月から9月までの『2022年第3四半期決算』では、YouTubeの広告収入は前年同月比で1.9%も減少しているからです。
その理由は広告主の減少や、ショート動画配信アプリのTikTokに一部視聴者が流れてしまったなどさまざまですが、こうした現状を見ると、動画コンテンツスタイルのVTuberは今後厳しくなっていく可能性が強いです」

では、生配信スタイルの企業勢の収入面では、大きな心配はないのだろうか。
「配信前や途中に動画コンテンツと同じく広告を挟むことで収益を得ることはできますが、生配信における収益のメインは、視聴者から寄せられる有料チャットであるスーパーチャット、通称“スパチャ”です。
生配信スタイルの企業勢は、長時間配信を通して視聴者と絆を深めているので、移ろいやすい視聴者層とは異なる熱心なファンがつきやすく、そう簡単に収益が落ち込むことはないでしょう」
無数のメディアに広がるVTuber文化が
超えるべき今後のハードル
今後のVTuber業界の展望について高橋氏の考えを伺った。
「思うに、VTuberが最初に世間にウケたときは、“アニメキャラクターが現実に出てきた”という驚きが多かったように思います。もちろん、人気が加速したのは彼女たち自身の個性と努力によるものですが、黎明期のVTuber人気には“表現の新鮮さへの興味”が共通していたのは間違いないでしょう。
こうした新鮮さが落ち着きを見せ始めたときに重要になってくるのは、これまで話してきたような視聴者との密なコミュニケーションや、溢れ出る個性です。その際に人気を牽引していくのは、やはりこれらのスタイルを重視している『ホロライブ』や『にじさんじ』といった飛ぶ鳥を落とす勢いの企業勢なはずです」

しかし、ファンコミュニティを超えていろいろなメディアでVTuberが活躍していく時代になったときには、こうした企業にもハードルはあるようだ。
「それは“ファンコミュニティとの間で作られてきた無数の文脈”です。つまり、もともとのファンはさまざまな“お約束”を知っていますが、それを知らない人はVTuber文化にどう触れたらいいのか戸惑ってしまうという“閉じコン化”問題。要するに一見さんにとってやや敷居が高いのです。
皮肉にも、こうした点で言えば、ミライアカリさんら黎明期のVTuberが展開していた“王道のわかりやすさ”や、初めてでも見やすい動画コンテンツは大きな武器になり得ます。こうした見せ方のバランスを今後トップVTuberたちがどう取っていくのかが注目ですね」
ミライアカリの引退劇はVTuber文化の転換点だったのかもしれない。
偉大なる先人が築いた道の先で、VTuber文化が今後どのような広がりを見せていくのか、まだまだ目は離せない。
取材・文/TND幽介(A4studio)
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