——「マーガレット」で描いていらした頃は物語を「感情の波で作っていた」とおっしゃっていましたが、ご自身も感情の波の中に入るのか、それとも冷静な状態で感情の波を描くのか、どちらでしょう。
自分ではあまりわからないんですけど…入りこんでいるときは、周りが「飛ぶ」かな。寝ないですしね。
——時間の感覚がなくなるのですね。そのときは気持ちがよさそうでもありますが、終わった後にすごく疲れてしまいそうです。
すごく疲れます。描きながらうまくいっているときは楽しいですが、何にも思い付かないときは、吐きそうになるくらい苦しいです。その状態が続いて鬱っぽくなっていたときに、鉄骨が「一緒にやろうか?」と言ってくれて。それで組むことになったんですよ。話と絵で完全に分担するのではなく、一緒に考えて、絵もすごくダメ出しされたり、後半は一部を描いてもらってもいました。苦手分野であるカラーの着色は最初から鉄骨にまかせましたが(笑)。まさに「一緒にやる」ということが、私自身も鬱から脱却してまたやる気になれた要素だったと思います。数年間も一緒にやってくれたんです。
——原作と作画がはっきり分かれたコンビもありますが、お二人は一緒に作り上げる、有機的な組み方をされていたのですね。『菜の花の彼-ナノカノカレ-』で1人から2人になって描いてみて、いかがでしたか?
すごく助けられましたし、鉄骨のエッセンスをめちゃくちゃ勉強させてもらいました。振り切っているところがすごいなと思っていて。『菜の花の彼-ナノカノカレ-』で、鉄骨は「好きになるということは、残酷なことでもある」という、ピュアを突き詰めたものを描こうとしていたのだと思います。
主人公の菜乃花は、もう好きじゃないと思った相手からの愛情はいらなくなるし、本当に相手に冷たくなるし……そこまでむごいことを少女マンガの主人公にさせていいのかな?と思いながら描いていました(笑)。普通だったら主人公はみんなに優しいですからね。

【漫画あり】「説明するんじゃなくて絵で表せ、と鉄骨にはよく言われて」『200m先の熱』作者・桃森ミヨシが明かす、漫画家・鉄骨サロとの共同制作秘話
2020年より「クッキー」(集英社)にて連載中の『200m先の熱』は、タワーマンションを舞台とした大人の三角関係を描くラブストーリー。3月24日には最新コミックス7巻が発売され、“200m”の距離感で繰り広げられる恋の行方にハマる人が続出している。そこで同作の作者・桃森ミヨシ氏にインタビューを決行。後編では、「桃森ミヨシ×鉄骨サロ」名義時代の制作秘話、そして昨今大きく変わったデジタル漫画への想いを聞いてみた。
「マーガレット・別冊マーガレット60周年」特別インタビュー#3(後編)
「鉄骨と一緒にやったことが、今につながっている」

ピュアすぎる恋ゆえの残酷さを描く『菜の花の彼』
——鉄骨先生にネームを見せると、「トゥーってしとんなあー」と言われることが多かったそうですね。「平坦とかの意味っぽい」と書かれていましたが。
そうなんですよ(笑)。『菜の花の彼-ナノカノカレ-』では、落ち込んでいる隼太を慰めるために、バレー部の先輩が隼太のいる河原に行って、話をするシーンがあって。先輩は、心を閉ざして何にもしゃべらない隼太に寄り添って、自分の考えだけ話して反応を待つ…という状態を描いたんですが、鉄骨に「こんなトゥーっとした態度で、ただ立ってしゃべるだけの絵を描いとんなよ!」と言われました(笑)。
——なるほど、「トゥー」はそういうときに使われるのですね。
「説明するんじゃなくて、絵で表せ」ともよく言われました。一緒にやってみて、本当によかったです。それが今につながっているな、と思いますね。
「主人公には、心にふたをしないでほしい」
——連載中の『200m先の熱』は大人の恋愛ものですが、コミックスのコメントで「恋愛面をもっと踏み込んでディープに描いていきたい」とおっしゃっていましたね。
かっこいいことばっかりじゃなくて、“みっともなさ”みたいなことも描きたいです。お楽しみに…という感じですかね(笑)。
——桃森先生の作品では、女の子たちが好きな相手に対して抱く欲望のようなものがしっかりと、でも自然なこととして描かれているのが素敵だなと。『200m先の熱』の紬のような大人はもちろん、『ハツカレ』の主人公のちひろにもそのようなところがありました。

『ハツカレ』
特に意識して描いたつもりはないのですが、主人公には素直になってほしいな、心にあんまりふたをしないでほしいな、という気持ちはありますね。例外だったのが、『悪ラブ』(『悪魔とラブソング』)のマリアかなとは思うんですけど。
——たしかにマリアは、いわゆる素直な子ではないですが、自分を偽らない、素敵な子でした。《きっとまわりの人が 好きになったりわかってくれたりするのは 外見じゃなくて うそのない自分のきもちに対してだと思うんだ》というマリアのセリフは読みながら、それしかないよね!とグッときました。

『悪魔とラブソング』
うれしいな、ありがとうございます。まぁ、私がヘタレ好きなので…人のあまり良くない面とか、ダメなところとか、みっともないところを見せてくれたとき、心を開いてくれたときに、きゅんとする感情を持ちがちなんですよね。だからそのセリフを書いたのかもしれない(笑)。
——紬も、平良さんのヘタレなところを見てものすごくきゅんとしていますよね。でも5巻では、そこで終わらず、そのあとに「あなた自身がなりたい姿ではないかもしれないのに」というモノローグが続きます。

この後「あなた自身がなりたい姿ではないかもしれないのに」と続く(『200m先の熱』5巻収録)
何かしらの「萌え」を持っている人はみなさんそうだと思うのですが、自分が抱いていた罪悪感のようなものが可視化されたようでハッとしました。
平良さんは年相応でしっかりとした男に見られたい、一人前の風貌と中身になりたいと思っているのに、そうじゃないことにコンプレックスのあるキャラです。なので、そこを好きだと言われても馬鹿にされていると感じるかもしれない。自分の嫌いな部分を相手は好きだというわけですから、矛盾をすぐには消化できないはず。紬は肌でそれを感じているのかもしれませんね。
——それがわかっていてもなお、その萌えが消えないのもいいなと。コミックス1巻のコメントでは「この200mは何より『私の萌え』を重視して作っております」と書いていましたね。
紬のフェチは私のフェチでもありますが、こういう思考を持っている女の人も、実は多いと思うんですよね。
——同じフェチの方もいると思いますし、対象は違っても「わかる」と思う人は多いと思います。今回、ご自分の萌えを重視しようと思われたのはなぜなのですか?
単純に、私が萌えること、好きなことを入れたほうが話を作りやすいと思ったのが大きいです。あとは、「クッキー」の読者にとっては知らない漫画家が始める連載になるので、「私はこういう部分が好きな漫画家で、それを描きます」ということを、最初に打ち出さないといけない、とも思いました。
——実際、お話は作りやすいですか?
はい、とても。苦労はまったくしていないです。自由にやらせてもらっていますし、でも頼るところは頼って、適切なアドバイスをいただいて。本当に楽にやれています。時間さえあれば、どんどん話を先に進めたい、もっといっぱい描きたい!と思いながら描いています。実際、今はマーガレットで連載していたときより月産枚数は多いんですよね。なのでこれ以上描くのは無理なんですが、本当に早く話を進めたいです。描きたいシーンがあって、そこに早くいきたいですね。
「結局、私は漫画が描きたいんだと思います」
——ここ数年で、作画環境も読書環境もデジタル化が進んで、漫画を取り巻く状況が、大きく変わったように思います。そのことをどう感じていらっしゃいますか?
自然なことですよね。私はもう紙の本をほぼ買っていなくて、うちにあるのは全部電子版なんです。電子版になったことで、絶版になった作品や過去の作品がまた売れたりもしますし、ありがたいことだなと(笑)。
でも、私が人と貸し借りをあまりしなくなった大人だからこそ、電子版だけ持っているのでもいいのかなと思ったりもします。子供のときは紙の本を友達と貸し借りするのが楽しかったですし、本の方が人におすすめもしやすい。両方あるのがいいですね。
——縦スクロールのような新しい形式の漫画はいかがですか?
まだ読み慣れてはいないですね。今までの漫画は1ページの中を自分のテンポで読んでいけばいいいうか、読者側に任せてもらえる部分がありますが、縦スクロールにはそういう余分なところが少ない感じはします。
——描く側としてはいかがですか?
“間合い”をどう作るかが難しそうですよね。でもここで一度切って、白く飛ばしてまた現れる……みたいに作ることはできそうかなと。
もし私が描くなら、1コマあたりのセリフ量が増えると思います。読み慣れていないからだと思うのですが、少ないセリフで、どんどん下にスクロールしていくとあまり頭に入ってこなくて…。「間合い付きの小説」くらいセリフが多いものを面白いと思うことが多いです。
——お忙しい日々の中で、今楽しくやっていることや今後やってみたいことがあれば教えてください。
動画を撮って編集してみるとか、いろいろなものに手を出してはいるんですけど…結局、私は漫画が描きたいんだと思います。体的に描けなくなるまで描きたいし、漫画という表現方法が斜陽に向かったとしても、私は漫画で表現するんだろうなと。
——ほっとしました。『200m先の熱』は集大成だとおっしゃったので、全部を詰め込んですっきりされてしまったら、もう描かれないのだろうか…と不安になっていました。
それはないです(笑)。『200m先の熱』には入れられないテーマで描きたいものもありますし、それも今後どこかで連載できたらなあと。これから先も、漫画を描いていけたらと思っています。
高校時代の紬と真霜を描いた『200m先の熱』番外編『隣の微熱』第1話を読む
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文・インタビュー/門倉紫麻
『200m先の熱』(集英社)
著者:桃森 ミヨシ

2021年1月25日発売
660円(税込)
B6判/176ページ
978-4-08-844453-6
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吉家紬(28)はタワーマンション2階で1人暮らし。在宅で和裁の仕事をする吉家に、初体験の相手・真霜が仕事を回してくれている。男性のヘタレな姿にときめく傾向があった吉家は、ある日マンション管理組合の役員に選ばれ、平良という男に出会うが…!? 吉家の家から200m先に住む真霜、200m上に住む平良。タテ・ヨコ恋愛トライアングル開幕です!
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