——「マーガレット」「別冊マーガレット」が60周年を迎えました。桃森先生は『ハツカレ』『悪魔とラブソング』『皇子かプリンス』、そして鉄骨サロ先生と共作の『菜の花の彼-ナノカノカレ-』『愛が死ぬのは君のせい』と、長く「マーガレット」で連載してこられました。今、『200m先の熱』で「クッキー」に連載場所を移されてみて、あらためて「マーガレット」はどういう雑誌だと感じていますか?
「マーガレット」で描いていたときは、「感情の波で作る」というのが私にとっては大きかったですね。それが少女マンガであり、月に2回出るというサイクルの雑誌の作り方のような気がします。
1回のページ数が25枚しかないので、その中に盛り上がりを作るとなると、キャラクターのその時々の感情を優先して描くことがまずは大事になってくる。淡々と描いていたら、読者が退屈してしまうので。当時は最終地点を定めずに始めて、毎回お話を考えていました。
ライブ感がありますよね、「マーガレット」って。「クッキー」は1話60ページを超えるので、感情だけを追わずに、生活のリアルな部分や街の空気感のようなものも淡々と描くことができる。目線が俯瞰的になっているんですよね。そこが「マーガレット」との一番の違いだと思います。

【漫画あり】リアルな“大人の三角関係”にハマる、タワマンが舞台のラブストーリー『200m先の熱』の作者・桃森ミヨシ「本作は集大成だと思って描いています」
2020年より「クッキー」(集英社)にて連載中の『200m先の熱』は、タワーマンションを舞台とした大人の三角関係を描くラブストーリー。3月24日には最新コミックス7巻が発売され、“200m”の距離感で繰り広げられる恋の行方にハマる人が続出している。そこで同作の作者・桃森ミヨシ氏に、作中に込めた想いを聞いてみた。
「マーガレット・別冊マーガレット60周年」特別インタビュー#3(前編)
「マーガレット」では「感情の波」で物語を作っていた
自立するとは、どういうことなのか
——『200m先の熱』は、タワーマンションの下のほうの階で、和裁の仕事をしながら1人で暮らす28歳の吉家紬(きっか・つむぐ)が主人公の物語です。もうすぐ連載開始から3年が経ちますね。
はい。今回は最終回までの長いストーリーを作った状態で始めました。何となく、この作品は集大成のような気持ちで描いているんです。最初の連載である『ハツカレ』の成分も、その後の『菜の花の彼-ナノカノカレ-』の成分も入っていますし、今感じていることも入っています。
——登場人物の年齢は違いますが、今回も桃森先生の作品ならではの濃い読み味は共通していて、とても楽しく拝読しています。
ありがとうございます。この話はキャラクターにそれぞれモデルとなる人がいます。それは自分の周囲の人や遠くの人など様々なんですが、実際に体験したり感じたり話を聞いたりしたことが元になっています。そして「こうだったらいいな」と読者が思ってくれる夢の要素と、リアルに感じられる部分とのバランスがうまくとれればと思って描いています。
——コツコツと着物を仕立てている紬、現在の恋のお相手で売れっ子劇伴作曲家の平良連太郎(ひらら・れんたろう)、幼なじみのエリート会社員・真霜知哲(ましも・ちてつ)、とそれぞれに仕事を頑張っている姿ややりとりを見て、やる気が出たり、救われたりする人も多いと思います。
「自立するとはどういうことなのか」を、ふわっと頭に置きながら描いていて。お金を稼いで、自分一人の力で生活をしていくことだけが自立とは言えないと思うんです。そういう意味で、現時点では紬は一番自立していると言える人物なんだ、と意識して描いていますね。
何かがあったときに強い、今あるものの中でしっかり生きていける人…その工夫ができるのが、自立している人だと私は思っています。ないものをいつまでも求めず、あるものを活かしてやっていける人ですね。物質的な意味だけでなく、才能、環境、すべてにおいてです。

平良が長年抱えていた苦しみを、同じ職人でもある紬の言葉が溶かしていく
——とても明快ですね。以前からそのように思えていたのでしょうか。
私自身は、ないものねだりをするような人間なのですが…そういう人とずっと一緒にいて憧れてきた、というのはあります。ただ最近は、昔のように「あの人はできるのに、なぜ私はできないんだろう?」と比べたりしなくなりましたね。年を取って丸くなったというのもありますが…吹っ切れたのかな(笑)? 多分、徐々に削ぎ落されて残ったものが自分なんだ、と受け入れるようになったのかな。
——第5話(コミックス2巻収録)では、平良が紬に映画衣装の仕事を紹介した理由が、真霜への対抗心があったと明かされるシーンがありますが、紬は突っぱねたりせず、そのまま引き受けます。そのうえで、プロフェッショナルとして働くのを見て、なんてかっこいいんだろうと思いました。
紬が自分の力を高みに置いていたら「施しは受けない」みたいな意識になったかもしれないですが、与えられるものは受け取って、助けられる部分は助けてもらって…と柔軟にやっていける人のほうが生きやすいし、いい仕事をする気もするんですよね。驕ってしまったらダメなんですけれど。
今は気づいていないですけど、紬は、今の場所に来られるまで、実は真霜くんにもいっぱい助けられてきたんですよね。そこに気付いたときにどうするんですかね?というところもこれから描いていきます。

マンション管理組合の役員を経験したことがきっかけ
——「マーガレット」で連載されていた頃から、たくさんのファンがいらっしゃると思いますが、今、先生の中でファンの方はどういう存在ですか?
「距離の離れたところにいる味方」という感じですかね。私は、読んでくれる人がいなかったら、たぶん漫画を描いていない人間なんです。読んでいる人が1人でもいるなら描ける意識なんです。だから感想のお手紙が欲しいんですけれど、『ハツカレ』のときに比べると、なかなかいただけなくて。
——(担当編集)掲載誌の対象年齢が低いほどたくさん届くので、「クッキー」よりは「マーガレット」や「りぼん」のほうがお手紙は多いです。
そういうことなんですね。たまに、すごく分厚いお手紙をいただくことはあります。
——手紙をもらうと「味方がいるな」とわかるのでしょうか。
全部肯定してくれる手紙が欲しいわけではないんですよね。「ここは違うと思う」とか「私とは相いれないキャラだと思います」でもいい。「何かを思った」ということが知りたい感じです。
でも今は「描きたいから描いている」という部分がだいぶ大きくなってきましたね。半々かな。『200m先の熱』は、読んでいる人がいなくても描いているかもしれない、という気がします。
——なぜそう思うようになったのでしょう。
やっぱり、集大成だと思っているからですね。『菜の花の彼-ナノカノカレ-』を描いているときに、マンションの管理組合の役員がまわってきちゃったんですよ。
——まさに『200m先の熱』の紬と平良と同じ状況ですね。
そうなんです。時間も取られるし、『菜の花の彼-ナノカノカレ-』が最終回に向けて大変なときだったのもあって、すごくやるのが嫌で(笑)。でもやってみたら、いろんな立場の人がここで生きていて、いろんな考えの人がマンションを支えていることがわかったんですよね。頑張らないと一つの集合体は維持できないんだなと。そういったマンションもたくさんあって、街として見るとさらに大きい集合体になる。なにより役員をしているときに災害もあったりして。いろいろと考えさせられることがありました。
そこから何となくこういう漫画を描きたいなと思い始めて、4年ぐらい経ったときに、「マーガレット」で鉄骨ともう一本やりませんか?と言っていただいたんですが、ここで大人向けの漫画誌に移行して、それを描きたいと思いました。先ほども言ったように、恋愛だけではなくて「今の時代で生きていく」ということを描きたいなとも思いましたね。
番外編は「マーガレット」での描き方に近い
——拝読していて、まさに「今の時代で生きていく」ことのお話だと感じます。そうなるとたしかに、少女誌で求められるもの、描けるものとは違ってきますね。
そうですね。恋愛面でも、体の関係もありきのものになりますから。
——『200m先の熱』では、それがごく当たり前のものとして描かれているのがとてもいいなと思いながら拝読しています。
『200m先の熱』の本編でのラブシーンは、普通に続いていく日常の一部でしかない、というふうに描いているんですが、【隣の微熱】(※高校時代の紬と真霜を描いた番外編)のほうは、セックスに至るまでをものすごい事件のように描いていて。差をつけて見せようとしてます。
『隣の微熱』は「マーガレット」のときの描き方に近いですね。感情を先に出させて山場を作って、俯瞰の目線はあんまり入れずに描いています。

「隣の微熱」より。本編と並行して「ザ マーガレット」で連載中
——「隣の微熱」を読むと、どんどん真霜のことを好きになりますね。読むほどに平良、真霜、どちらも好きだなと思ってしまいます。
よかったです(笑)。ありがとうございます。
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文・インタビュー/門倉紫麻
『200m先の熱』(集英社)
著者:桃森 ミヨシ

2021年1月25日発売
660円(税込)
B6判/176ページ
978-4-08-844453-6
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吉家紬(28)はタワーマンション2階で1人暮らし。在宅で和裁の仕事をする吉家に、初体験の相手・真霜が仕事を回してくれている。男性のヘタレな姿にときめく傾向があった吉家は、ある日マンション管理組合の役員に選ばれ、平良という男に出会うが…!? 吉家の家から200m先に住む真霜、200m上に住む平良。タテ・ヨコ恋愛トライアングル開幕です!
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