本年度のアカデミー主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザーが、肥満体マックスの男を演じた『ザ・ホエール』(2022)がいよいよ公開された。
ブレイダン・フレイザーといえば、今から20年以上も前に『ハムナプトラ』(1999)シリーズのヒットを飛ばした、肉体美を持つ人気俳優として記憶している映画ファンも多いことだろう。
だが、2008年に日本公開された『センター・オブ・ジ・アース』(2008)での主演を最後に、彼の姿をスクリーンで見ることはなくなり、私たちの記憶からも遠のいた感があった。
それがどうだろう、久しぶりに見るフレイザーは、役作りとはいえ巨漢の中年男に扮してカムバック。
しかも、コメディ寄りのアクションスターといった過去のイメージからガラリと変わって、アワードシーズンの各主演男優賞を軒並み受賞するほどの深い感情を表現する演技力を携えて復活した。

アカデミー主演男優賞を受賞。ブレイダン・フレイザー扮する過食症の男が、17歳の娘と向き合う最後の5日間。映画『ザ・ホエール』愛のありようが、心に突き刺さる。
死期の迫った肥満症の男が娘との絆を取り戻そうとする姿を描いた『ザ・ホエール』の見どころを石川三千花がネタバレ一切無しで解説する
石川三千花のシネマのアレコレ vol.12『ザ・ホエール』

醜く太ったおぞましい姿

監督は、『レスラー』(2008)でミッキー・ロークを、『ブラック・スワン』(2010)でナタリー・ポートマンを起用して、俳優のポテンシャルを引き出したダーレン・アロノフスキー。
物語は、恋人アランを亡くしたショックから現実逃避するように過食症になったチャーリー(ブレンダン・フレイザー)が、長らく音信不通だった17歳の娘エリー(セイディ・シンク)との関係を修復しようと決心する。
それというのも、ひとり暮らしで引きこもりのチャーリーは、亡きアランの妹で唯一の友人でもある看護婦リズ(ホン・チャウ)の助言も聞かずに入院を拒み、うっ血心不全で命の危険にさらされている状態だったのだ。
自分が生きているうちに、娘のエリーと親子の関係を取り戻したいと願うチャーリー。だが、自分を捨てて家を出た父親のチャーリーに、エリーは憎悪を剥き出しにして「今さら親ぶるの? その醜く太ったおぞましい姿は何?」と容赦ない。
余命わずかとなった孤独な272キロの父親が、せめて最後は人として正しいことをしたと思って幕を閉じたい。
彼の思いは娘に通じるのか。アロノフスキー監督の得意技、特異なシチュエーションでの情愛のありようが遺憾なく発揮される。

サンドイッチは飲み物!?
車椅子を頼りにして、もはや自力では歩けないチャーリー。献身的に彼の世話をする看護婦のリズ。反抗心丸出しだがどこか憎めない娘のエリー。
主要な3人の演技のアンサンブルがものすごくいい。チャーリーは醜い自分の姿を恥じているので、娘にその容姿やだらしなさを攻撃されると、実に情けなくも憐れみを誘うような表情をする。
ぽっちゃり顔でつぶらな瞳が、悲しげな子どものようだ。そして、リズに対して母親に甘えるように冗談をいってふざけるときには、子どもっぽいあどけなさが全開になる。
海の波打ち際に立つ自分を想うとき、または死を覚悟して贖罪の気持ちを吐露するとき、あまりにも繊細な彼の心持ちと、見た目のギャップがかえって観るものの心に突き刺さる。アロノフスキー、ずるいぞこの演出。
リズを演じて最近、活躍目覚ましいホン・チャウがまたうまい! チャーリーの体を心から心配しているが、飴と鞭を使いこなすように彼に食べ物を与える。
そう、与えるって感じで体に悪いのは分かっているが与えるのだ。いや〜、私驚きました。チャーリー、いや、ブレイダン・フレイザーの食べものの食いつきぶりがスゴイのよ。
でっかいサンドイッチを喉に流し込むの! そう、彼にとってサンドイッチは飲み物です! リズがどっさり買ってきた食べものが一瞬にして平らげられる。
私にとって、この映画の1番のインパクトシーンでした。それから、これだけ肥満していると、ベッドに横たわるのも、あちこちの仕掛けを頼りに一苦労。いやはや、なんとも、かつての小錦とかも大変だったんだね〜。
娘役のセイディ・シンク、Netflixの人気シリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016~)のマックス役でお馴染みだが、いや〜かわいいの何の。怒れるティーンエイジャーをリアルに表現して、若いエネルギーに満ちている。
これからの活躍が期待できる新星でした。
イラスト・文/石川三千花
『ザ・ホエール』(2022) The Whale 上映時間:1時間57分 アメリカ
配給:キノフィルムズ
監督/ダーレン・アロノフスキー
出演/ブレイダン・フレイザー セイディ・シンク ホン・チャウ サマンサ・モートン 他
https://whale-movie.jp/
『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督が、『ハムナプトラ』シリーズのブレンダン・フレイザーを主演に迎えた人間ドラマ。劇作家サム・D・ハンターによる舞台劇を原作に、死期の迫った肥満症の男が娘との絆を取り戻そうとする姿を描く。
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