「“こんなひどい世界、終わっちゃえ”と何度も思った」紀里谷和明監督が“遺作”に込めた、社会に対する深い絶望
新作映画『世界の終わりから』が4月7日に公開される紀里谷和明監督。社会に絶望と不条理を抱いてきた彼が「遺作」と語る、作品に込めた想いに迫った。
紀里谷和明インタビュー#1
ヒロインの叫びは、僕の叫びでもある

伊東蒼が演じた主人公のハナ
🄫Kiriya Pictures
──映画『世界の終わりから』(2023)を試写会で見た人からの反響がすごいですね。
シンプルな話ではあるんですが、構成が複雑なことになっているので「わかんない」で終わっちゃったらどうしようという不安がありました。だから見ていただくまではものすごく緊張していたんです。でも(映画にも出演している)岩井俊二監督がすごく褒めてくれたし、Twitterでもいろんな人たちから反響がありました。伝わったという感触があって嬉しかったです。
──主人公は事故で両親を亡くし、生きる希望を失いかけている女子高生のハナ。ある日突然、2週間後に終わる世界を救う使命を託されるものの、人々が繰り広げる争いを前に、この世界は救われるべきなのか? と葛藤します。「こんな世界なくなればいい」というハナの叫びは、そのまま監督の叫びのようにも思えました。この映画の製作の原点から教えてください。
2004年に発表した『CASSHERN』から、ずっと僕は絶望と不条理について考え続けてきました。それは今も変わりません。世界情勢を見ても日本の政治や経済や教育を見ても、あらゆることに絶望してしまうんですね。果たしてこの状況は、ハナのような中高生たちにどう見えているだろうと思ったんです。
無意味なルールや価値観で子供たちを縛ろうとするし、異質なものを排除していく力学が働いている。その延長線上にある社会が効率化を推し進めたあまり、人間は感情があるはずなのに、データやリソースに成り下がってしまった。それでは心は壊れますよね。
現実として、若年層の死因の第一位は自殺です。それは何も日本に限った話ではなく、アメリカのティーンエイジャーの3割以上が、真剣に自殺を考えたことがある、もしくは考えているというデータがあります。ということは、やはりそこには孤独や絶望があるわけです。
僕のTwitterで「世界が終わったほうがいいと思ったことがありますか?」とアンケートを取ったところ、約65%の人が「YES」でした。世界が終わっちゃえば嫌いな学校に行かなくてもいいし、会社にも行かなくていいですから。
──監督も思ったことはありますか?
あります。「こんなひどい世界、終わっちゃえ」って、何度も思いました。だからハナの叫びは僕の叫びでもあります。
“若い”“女性”に語ってもらう必要があった

ハナ(中央)が夢の中で出会う少女ユキ(右)
🄫Kiriya Pictures
──ハナを女性にしたのはどうしてでしょう?
ハナだけでなく、劇中にはユキというキャラクターも登場します。彼女は両親を殺された戦国時代に生きる少女です。歴史上、争いごとを始めるのはいつも男。古今東西ずっとそれなんです。今のウクライナ問題だって、男のつまらないエゴやプライドで始まっているでしょう。
そして戦争の被害者の最たるものは女性であり、子供なんです。彼らは争いを始めていないのに、一番苦しめられています。だからこそ、終末に向かうこの絶望の物語は、若い人であり、女性に語ってもらうしかなかったんです。
──男性である監督が、その視点を持たれたのはなぜですか?
子供の頃から、学校や社会システムに対してものすごい不条理を覚えていたし、怒りを抱いていました。だから僕は15歳でアメリカに行ったんです。
大学生のときに、CNNでソコボ紛争の映像を見て衝撃を受けたことがありました。娘と妻を目の前で強姦され、殺された男性が、泣きながらインタビューに答えていました。家族を襲った兵士は、ヘラヘラ笑いながら帰っていったそう。
そんな残酷なことはナチスドイツのときに終わっていると思っていました。つまり白黒の映像で見る遠い過去のことだと思っていたのに、「まだ終わってないの?」って。今だってウクライナで同じようなことが起きている。人間は生きる価値がないと、本当に思ってしまいますよね。
子供の頃は絶望をしながらも、いつか争いごとは終わる、いつか世界は平和になると思っていた。つまり希望がありました。ところが今も基本構造は何も変わっていないどころか、もっとひどくなっている。もう、社会に対して絶望しかないし、関わらないように生きていきたいと思ってしまいます。
創作は神聖で、信仰のようなもの

主人公のハナに影響を与える老婆を夏木マリが演じた
🄫Kiriya Pictures
──監督はこの映画が最後の作品と公言されていますね?
今の映画業界は、原作や企画があって、マーケティング優先で作られている。映画監督は、それを実現する現場監督みたいなものになっています。しょうがないですよね、ビジネスだから。
でも僕にとって創作は、すごく神聖で信仰のようなものなんです。でも、信仰するためにはまずはビジネスとして成立させなければいけない。なぜなら映画はお金がかかるから。そこが映画の不幸なところだと思います。
もちろん、マーケティングを凌駕するような強烈なものを作って、多くの人に見てもらえれば、作家性は成立するかもしれない。作家も試されているとは思っていますが、どう考えても、世界の映画業界を見ると僕があまり関わりたいと思う方向にはいっていない。マーベルの新作を誰が監督したのか、名前を言える人は少ないでしょう?
そういう流れの中で僕自身、創作が好きなのかすらわからなくなってしまったんです。ものすごく恋人を愛しているのに、一緒にいるとどうしても苦しくて辛いという状況、あるじゃないですか。それと似たような感覚。だから一度、きっぱり別れて距離を置きたいと思っています。
『世界の終わりから』(2023) 上映時間:2時間15分/日本

高校生のハナ(伊東蒼)は、事故で親を亡くし、学校でも居場所を見つけられず、生きる希望を見出せずにいた。ある日突然訪れた政府の特別機関と名乗る男(毎熊克哉)から自分の見た夢を教えてほしいと頼まれる。心当たりがなく混乱するハナだったが、その夜奇妙な夢を見る……。
4月7日(金)より全国公開
配給:ナカチカ
公式サイト:https://sekainoowarikara-movie.jp/#
🄫Kiriya Pictures
取材・文/松山梢
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