重版を重ねてもこづかいは上がらない。「来月どうなるかもわからない漫画家の世界ですから…」福祉系大学を卒業後、映像制作会社のADから漫画家に。吉本浩二の現在
『定額制夫の「こづかい万歳」~月額2万千円の金欠ライフ~』を描いた漫画家の吉本浩二氏。2012年、『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』では「このマンガがすごい! オトコ編」の1位に選出されるなど、唯一無二の社会派ドキュメンタリー漫画を描いてきた。そんな吉本氏の意外なルーツとは…。(前後編の後編)
こづかい万歳#2
テレビ出演で「踊るヒット賞」に!
――吉本さんは漫画家でありながら『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)に出演して「踊るヒット賞」に選ばれていましたよね。
そうですね(笑)。僕もテレビが好きだし、漫画家になる前は映像制作会社でADもやっていたのですが、まさか自分がテレビで明石家さんまさんとお話するなんて思いもしませんでした。
――出演について、ご家族の反応はいかがでしたか?
子どもたちは不思議そうであまりよくわかっていない感じで…。ただ、田舎が富山なんですが、正月に帰ったらその話で大盛り上がりでした(笑)。そのときに兄貴に説教されて、僕もひとつ後悔してることがあるんですけど、楽屋挨拶に行かなかったんです。
芸人さんのラジオを聞いていると、挨拶に来られても困るという人もいるし、自分みたいな素人が出しゃばらない方が…って。
でも、やっぱり行くべきだったんじゃないか…番組であんなに優しくされたのに・・って。『さんま御殿』をみるたびに思わず頭を下げてしまいます。
――『さんま御殿』には、ご夫婦対決のようなテーマのときもあります。もし奥様と一緒の出演オファーがきたらどうしますか?
妻は僕よりもおしゃべりが得意なので横にいてくれたら本当心強いのですが、顔出しNGなので難しいと思います。
――確かに、単行本の巻末に書かれてる奥様のエッセイも面白いですし、Twitterのアカウント(こづかい万歳の妻)も人気なんですよね。
そうなんです。夫の僕が言うのもアレですが、すごく面白い人で…。テレビでもなんでも出てほしいんですけど、なかなか。まあ、子どももまだ小さいので平穏に暮らすにはこのくらいでいいのかな、という気もします。

『定額制夫の「こづかい万歳」~月額2万千円の金欠ライフ~』
――奥様が注目されることはどう感じていますか?
ものすごくうれしいです。僕も自分のツイートをするとき、妻に添削してもらってたぐらいなので、向いてると思ってたんですよ。いまは少しでも漫画のためになればということでやってくれていますが、本人も楽しんでいるみたいです。
ただ、みんな妻のツイートばかり楽しみにしすぎてるな……ってたまに感じますけど(笑)
――漫画としても、吉本さんがお菓子、奥様がお酒とそれぞれの得意ジャンルをカバーしていて、とてもバランスがいいなと思いました。
そうですね。僕はお酒を飲まないので、そこは妻も意識してくれているみたいです。

『定額制夫の「こづかい万歳」~月額2万千円の金欠ライフ~』
社会派ドキュメンタリー漫画でも活躍
――吉本さんはこれまで、三陸鉄道関係者への綿密な取材を行った『さんてつ』(新潮社)や、聴覚障害の世界を描いた漫画『淋しいのはアンタだけじゃない』(小学館)のような社会派ドキュメンタリー漫画を描かれています。『こづかい万歳』とはまた作風が少し違いますが、取り組むうえでの違いはありますか?
『淋しいのはアンタだけじゃない』は、書きたかったテーマなのですが、楽しんで書いているのとはちょっと違いました。なんというか使命感のような感じがあったかもしれないです。福祉系の大学に行っていたこともあって、40歳を過ぎたくらいから、一度がっちりマンガで描いてみたいと思っていたんです。

『淋しいのはアンタだけじゃない』
――そういったドキュメント性の強い漫画を描かれてるときと、『こづかい万歳』を描いているときでは、吉本さんのメンタルも違いますか?
それはどうしてもあります。『淋しいのはアンタだけじゃない』のときは、医学的な情報が多いので間違いのないように作画中も気が抜けなかったんですが、『こづかい万歳』に関しては精神的なストレスはあまりないです(笑)。
『こづかい万歳』は、自分の作品でいうと『日本をゆっくり走ってみたよ』(双葉社)や『昭和の中坊』(双葉社)と『淋しいのはアンタだけじゃない』をちょうど混ぜたような感じだと思っています。
いままで自分がやってきたことが、ようやくひとつの形になったような感覚です。
映像制作のAD時代の失敗
――先ほども少し話に挙がりましたが、漫画家になる前は映像制作会社でADをやっていたんですよね?
はい。ADをやめた23歳で漫画を描き始めて、デビューしたのが24歳なので、結構遅いんですよ。大学時代も道具は揃えていたんですけど、枠線もGペンも全然ダメで…。いまはデジタルだから多少は描きやすいかもしれないですけど。
――特に、吉本さんの書き込みをアナログでやるのは相当大変だと思います。
あれはアシスタントをしていた『デカスロン』の山田芳裕先生に影響を受けたと思います。山田先生が丁寧に描き込まれるので、自分も描き込まなきゃと思ったんです。

吉本先生の作画風景
――ちなみに、制作会社でADをやっていたのはドキュメンタリーをやりたかったからなんですか?
そういうのがやれたらいいなと思って入ったんですけど、あまりうまくいかなくて。ちょっと偉そうな言い方で申し訳ないんですが、大学の課外授業やサークル活動で福祉の現場に触れると、物語を超えてくるというか。一般的にはあまり知られていないことに興味があったんだと思います。
ただ、圧倒的にADに向いてなかったんですよね。テキ屋さんのドキュメンタリー作品に参加したときに、テキ屋さんからすごく怒られましたから(笑)。
――そのドキュメンタリー志向の部分を、いまは漫画でやれている感覚でしょうか?
それはあると思います。だから、僕はカメラというものが向いてなかったのかもしれませんね。『淋しいのはアンタだけじゃない』で佐村河内守さんにインタビューをしたとき、映像作家の森達也さんが一度同席していたんですけど、ああいった強大な胆力のある方じゃないとやっぱり映像はとれないんだと思います。
ヒット作になったことで、こづかいの増額は…!?
――映像表現と漫画表現の大きな違いはどこにあると考えますか?
回想シーンやその人のイメージを現実と同じように描けるのが漫画の良いところだと思います。ドキュメンタリー映像で回想シーンを作るとなると、どうしても再現VTRや過去の写真やビデオの資料を使う手法になると思いますが…。
それに比べて、漫画のフラットな感じは自分的にすごく描きやすいし、好きなところです。ただ、あくまで僕の主観に過ぎないので、ドキュメンタリー映画に比べたら大変申し訳ない気持ちになります。
――『こづかい万歳』の今後について、なにか考えてることありますか?
あまり考えてないです(笑)。感想とかを見ていると「自分ならこうする」みたいなことはまだまだありますし、もしかしたら物価高でこづかい制を選択する人も増えているのかなとも思うので、このまま続けていけたらいいですね。
――『こづかい万歳』は何度も重版がかかるほどのヒット作になりましたが、こづかいの額は2万千円から変わってないんですよね?
はい、妻からも変わらないと言われてます。こづかい制になって10年ぐらい経ちますし、僕ももう慣れてしまいました。もしかしたら子どもが成人したらちょっとは上がるかもしれませんけど、来月どうなるかもわからない漫画家の世界ですから、これでいいんじゃないかと……とはいえ、1万円ぐらい上がってもいいんじゃないかと僕は思ってるんですけどね(笑)。
取材・文/森野広明
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