埋もれた映画史から発掘される女性映画監督の功績。

韓国映画創世記の女性監督を探る心の旅を描く 『オマージュ』。シン・スウォン監督に聞く。_1
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ここ数年、映画史に埋もれていた女性映画人の再発見、再評価の波が世界各地で起きています。例えば昨年、日本のミニシアターを中心に1970年の映画『WANDA/ワンダ』がスマッシュヒットしました。良き妻、良き母などどこ吹く風といった風情で、アメリカを漂流していく女性を、脚本、監督、主演で作り上げたバーバラ・ローデンの初監督作で、遺作となったもの。フランスの女優、イザベル・ユペールが配給権を取得しフランスで公開したことを機に、再評価されるに至りました。

アメリカでは女優、監督のジョディ・フォスターが世界で初めてストーリー性を持った映画を作ったと言われるフランス人の女性監督、アリス・ギイ(1873-1968)の人生についてのドキュメンタリー映画『映画はアリスから始まった』の製作に携わり、作品のナレーターも務めました。ブラッド・ピットがプロデューサー、主演を務めた、デイミアン・チャゼルの監督作『バビロン』では、1920年代のハリウッドの無声映画時代に活躍した敏腕女性監督が登場。そのルース・アドラーというキャラクターには、ドロシー・アーズナー(1897–1979)、ドロシー・ダヴェンポート(1895-1977)、ロイス・ウェバー(1881-1939)といったアメリカ映画の創成期に活躍した女性監督たちの姿が反映されているのです。

この動きは日本映画でも起きています。1953年『恋文』で女優としては日本で初めての映画監督となり、その後、6作の商業映画を発表した大女優の田中絹代。2021年のカンヌ国際映画祭での上映を皮切りに、世界各国の国際映画祭で彼女の特集上映が組まれています。

現在、国立映画アーカイブでは日本における女性映画人の歩みを歴史的に振り返り、監督・製作・脚本・美術・衣裳デザイン・編集・結髪・スクリプターなど様々な分野で女性が活躍した作品を取り上げる企画「日本の女性映画人(1)――無声映画期から1960年代まで」を3月26日まで開催中です。女性映画人80名以上が参加した作品を対象に、劇映画からドキュメンタリーまで、計81作品(44プログラム)を上映する大規模な特集上映で、これまで男性評論家の眼差しによって形成されていた日本映画史を改めて見直す機会となっています。

さて、今回紹介する韓国映画『オマージュ』もまた、韓国映画史に埋もれた女性映画監督の足跡を追う作品です。シン・スウォン監督が1960年代に韓国映画デビューした女性監督たちの足跡を追うテレビドキュメンタリーを作った体験が基になっていて、『パラサイト 半地下の家族』でのインパクト大だった家政婦役のイ・ジョンウンさんがシン監督の分身というべき人物を演じています。ヒット作に恵まれない映画監督のジワンが60年代に活動した韓国の女性監督、ホン・ジェウォンの『女判事』の失われたフィルムを探す旅で何を発見するのか。お話を伺いました。

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監督・シン・スウォン(Shin Su-won)
自主制作映画『虹』(09)で監督デビュー。教師を辞め30歳を過ぎた女性として映画監督を目指した自身を投影し、第11回全州国際映画祭でJJスター賞、第23回東京国際映画祭で最優秀アジア・中東映画賞を受賞。

その後、短編映画『Circle Line』で第65回カンヌ国際映画祭批評家週間最優秀短編映画賞(Canal+賞)を受賞。韓国の教育システムの競争原理を描いたスリラー作品で長編2作目となる『冥王星』(12)は、第17回釜山国際映画祭でプレミア上映され、第63回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門で特別賞を受賞した。3作目の長編『マドンナ』(15)が第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出、4作目の『ガラスの庭園』(16)は第22回釜山国際映画祭のオープニング作品として上映された。5作目の『LIGHT FOR THE YOUTH』(19)が第24回釜山国際映画祭のパノラマ部門に招待、フィレンツェ韓国映画祭で観客賞を受賞。

本作は第34回東京国際映画祭コンペ部門に選出され、第15回アジア太平洋映画賞ではイ・ジョンウンに最優秀演技賞をもたらした。

韓国映画創世記、女性監督たちの苦労を知り、残念に思った。

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──映画『オマージュ』はシン・スウォン監督が以前、テレビ局MBCの依頼で制作したドキュメンタリー番組『女子万歳』で、第二次世界大戦後の韓国映画界の創成期にあたる1950〜60年代に活動していた女性監督について調べられたことが、脚本の基になっていると聞いています。

「2011年、MBCの依頼を受けて、男社会であった韓国映画界において初の女性監督であるパク・ナモク監督と、『女判事』という映画を手がけたホン・ウノンについて、私自身、初めて知って、番組にしました。パク・ナモク監督は『未亡人』(1955)という戦争で夫を亡くしたシングルマザーの女性の恋愛を描いた作品を発表したんですけど、その製作費によって借金を抱えてしまったそうなんですね。彼女は返済のために、その後、出版社で働くようになり、以降、映画の仕事からは遠ざかってしまいました。

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今回の『オマージュ』で主人公のジワンは、『女判事』という1962年に実際公開された作品の欠落した音声を修復するという設定になっています。『女判事』を作ったホン・ウノン監督の名を、本作では虚実交えて、ホン・ジェウォンと変えました。で、先ほどのパク・ナモク監督とホン・ウノン監督はとても仲が良かったんです。『女判事』は興行的に大成功を収めたのですが、ホン・ウノン監督は2本目をなかなか撮れなくて、ようやく制作が始まると、台風で映画のセットが吹き飛ばされて、撮影は中断。制作会社の借金もかさみ、人件費が払えなくなり、警察が踏み込んできて、フィルムを担保として没収されてしまいました。

ドキュメンタリーでは残った記録を辿ったのですが、ホン・ウノン監督は映画を3本撮った後は作家となり、やはりそれ以上は映画を撮り続けることができませんでした。こういう事実を私は知って、とても残念に思ったんです。そのときの感情を土台として『オマージュ』を作りたいと思いました」

──ホン・ウノン監督の『女判事』は韓国で初めて裁判官となった女性をモデルにした作品だそうですが、物言う女性であるため、夫に毒殺されたという説があるそうですね。

「映画の『女判事』では、主人公は最後、毒殺されてしまう描写があるんですけれど、実話においてはその部分はミステリーだそうです。実際のところ、何が真実なのかは定かではないようなんですが、ホン・ウノン監督自身、実話をなぞった作品ではなく、ラストは希望をこめて作ったようです」

社会の中からひっそりと消えた女性たちと、今の私たちをつなぐ「影」。

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──先ほど、ホン・ウノン監督の名前をホン・ジェウォンと変えたと話されていますが、イ・ジョンウンさん演じるジワンは監督のデビュー作『虹』のヒロインと同じ名前で、監督の分身的なキャラクターですね。

ひとつ伺いたいのは、この映画は単純に今を生きる女性映画監督が、昔の忘れ去られた女性映画監督の足跡を探るという話ではなく、ジワンが、同じマンション内の敷地で、誰にも気づかれずに亡くなってしまった女性の生前の肉声にも思いを馳せる物語になっていることについてです。ジワンは二人の女性の影を追う存在ですが、そこには社会の中からひっそりと消えてしまった女性への共感があるのでしょうか?


「2014年に『マドンナ』(※1)という映画を撮ったことがあるんですけれども、これは、主人公の看護師が、病院に搬送された脳死となった若い女性が生前、本当に臓器移植に許諾していたのか、その真意を探って、調べていく物語です。で、今回の『オマージュ』も忘れられた女性監督の存在だったり、失われた『女判事』のフィルムを探す設定になっています。どちらも脚本から私が手掛けた作品ですが、私は“探す”ということに関心があるような気がします。

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今回の映画では、影というモチーフをいろいろな場面で使っていますが、影というのは自分の体から派生するものですよね。私は夜、よく歩きますが、ときどき、影と一緒に歩いている気持ちになります。影は私の分身でありながら、なぜだか私自身を守ってくれているような、そんな気持ちにさえなります。

今回、マンションの敷地内で亡くなった女性と、ホン・ウノンをモデルとした女性監督の消えた存在の象徴として、例えば幽霊のような形で現れ出てくる設定もありえたかもしれません。でも、それだと、今を生きる私たちとの接点がない。やはり、私たちの体から派生する影として、ホン・ウノン監督改めホン・ジェウォンがいるとして捉えたかったので、影という設定を採用しました」
※1『マドンナ』(2015)はアマゾンプライム、U-nextなど配信サイトでレンタル視聴できる。