今回、取材を快諾いただいたのは、さくらももこのエッセイにもたびたび名前が登場している、新福正武(しんぷく・まさたけ)さん。2003年に集英社を定年退職するまで、文芸の編集として尽力していた。
――さくら先生の担当編集になられたのはいつでしたか?
もう随分前のことなのではっきりとは覚えていないんです。でも、さくら先生の幼少期について綴ったエッセイ3部作『あのころ』『まる子だった』『ももこの話』あたりだったんじゃないかなと思います。
《さくらももこ展 横浜会場開催スタート》名エッセイスト・さくらももこが最後までこだわった新刊のタイトル。「編集部から修正をお願いしたのはその時だけです」
『ちびまる子ちゃん』『COJI-COJI』といった漫画家としてはもちろん、『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』などエッセイストとしても数々のベストセラーを生み出した作家・さくらももこ。不世出の作家の魅力を伝えた「さくらももこ展」が本日4月22日より横浜・そごう美術館で開催される。ユーモアと少しの毒気が合わさった唯一無二の世界観を持った“さくらももこ”という作家は、いったいどんな人物だったのか。彼女を身近でみて、作品づくりを支えてきた担当編集の話からその魅力を探る。
さくらももこ歴代担当編集(エッセイ編)

爆笑と郷愁のエッセイシリーズ第1弾『あのころ』
さくら先生の最初のエッセイ3部作『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』は僕の先輩にあたる方が担当されていました。その先輩が僕をさくら先生の担当編集に推薦してくれたんですよ。「お前、(さくら先生の担当を)やったほうがいい」と言われました(笑)。

さくらももこの原点を語る大ベストセラー『もものかんづめ』
――その先輩編集の方は、新福さんがさくら先生の担当に向いていると思われたのでしょうか?
いやぁ…どうですかね(笑)。そういう意味合いもあったのかもしれませんが、当時の僕にはとにかく「お前がやったほうがいい」という感じでした。担当になったのが1995〜1996年ごろで、1999年7月に『さくら日和』を刊行するまで担当させていただきました。

ただごとではない面白さのエッセイ集『さくら日和』
――さくら先生の担当に任命されたときは率直にどんな気持ちでしたか?
「しょうがないなぁ」という感じでした(笑)。僕はそれまで村上龍さんとか純文学系の作品を作っていたので、さくら先生のエッセイも漫画も、まるで読んでいなかったんです。それで担当編集になるということで拝読したら、やっぱり文章がすごくうまい。
――どのようなところに魅力を感じましたか?
さくら先生は人間としてのまっとうな視点を持っている方なんですよね。子供の目とはまたちがう素直さがあって、偏見みたいなものに誤魔化されないで自分なりのものを見る目を持っている人だなと思います。そこにユーモアやテンポのよさが加わって、さくらさんだけの文章が出来上がっているんです。漫画家さんがついでに書いた文章ではないなと思えて、そこがすごくよかったです。
さくらももこ流エッセイの作り方
――エッセイが出来上がるまでの過程で印象に残っていることはありますか?
さくら先生の中で「こういうことを書きたい!」という構想があるので、あまり細かい打ち合わせはしていなかったですね。『あのころ』については「小さいころの出来事をまとめる」ということくらいは打ち合わせた気もします。でも、基本的にはどの本も“さくら先生が面白いと思った出来事を書く”ということを大事にしていたので、さくら先生の赴くままに書いていただいていました。
さくら先生がエッセイの執筆をするときは1週間〜10日の間、ホテルに缶詰をされていたので、僕はそのホテルの手配をしたり、時折様子を見にうかがったり…くらいのことしかしていなかった気がします(笑)。変な言い方になりますが、さくら先生は放っておいてもちゃんとお仕事をされる方だったので。
――スケジュール通りにお仕事をされる方だったんですね。
そうですね。さくら先生は時間を決めればきちっとやってくれますし、“締切に間に合わない”というような心配をしたことはまったくなかったです。
――1週間から10日間のホテル缶詰めの期間で、1冊分を完成されていたのでしょうか?
大まかな部分は書き上げていました。缶詰期間に入る前には、さくら先生の中で書きたいことができあがっていて、それをまとめるための缶詰だったんだと思います。漫画のことや子育てなどとても忙しい時期でしたが、それを感じさせない集中力を持った方でした。
編集からの要望はたった1度だけ
――完成した原稿を見て修正を出されることはありましたか?
それはなかったですね。さくら先生の文章は独特なので、僕がどうこういうところはなくて。書籍や各章のタイトルもさくら先生が考えられていましたが、どれも素晴らしいものばかり。
でもたったひとつだけ、修正をご相談したことがありました。それが『さくら日和』の書籍タイトルでした。
――『さくら日和』のあとがきにも書かれているタイトルのことでしょうか?
そうです(笑)。さくら先生はこのエッセイができあがったときに、タイトルを『おめでとう 新福さん』にしたいと提案されたんです。これには本当に驚きました。さくら先生はイタズラ好きだから「きっとこれはイタズラか何かだろう」と思ったんです。でも、ものすごく本気だった(笑)。ただ、僕としてもどうにかして別のタイトルに変えてもらいたかったので、さくら先生を何度も説得しました。
さくら先生は売れっ子の作家さんなので、新刊が出たら新聞広告を出すことになっていたんですね。そのタイトルが『おめでとう 新福さん』だったら大変ですよ(笑)。新福は珍しい名前なので、社内ではすぐ僕のことだと分かるだろうし、僕がさくら先生にお願いしたように感じる人もいるかもしれませんしね。そうは言ってもさくら先生もこれ以上ないくらいに本気だったので、何度説得しても粘られました。でも、それ以上に僕も粘りました(笑)。
――最終的には『さくら日和』になりましたが、どうやって説得されたのでしょうか?
僕がさくら先生に手紙を書いたんだと思います。もう何を書いたか覚えていませんが。その手紙を読んださくら先生が「しょうがないやつだなぁ」という内容のお返事をくださいました。
世界に1冊だけの大人のイタズラ
――今でもタイトルを変更してよかったと思いますか?
もちろん(笑)。出版されてから、別の作家に同行して地方へ講演会に行ったことがあったんです。そのとき僕も「集英社の新福です」と壇上で挨拶をしたんですが、講演会が終わったあとに女子高生から「新福さんってあのさくら先生の…」と声をかけられてビックリしました。
本のあとがきに少し書いてあっただけでも、そうやって覚えてくれる人がいるほど、さくら先生の本にはたくさんの読者がいるんです。本当に『さくら日和』になってよかったです(笑)。さくらさんはすごく残念がられていましたが…。
そうそう、無事に『さくら日和』で出版された数日後、『さくら日和』の装丁はそのままで、タイトルだけを『おめでとう 新福さん』に変更された本が、編集部とさくらプロ宛に届いたんですよ。

実物の『おめでとう 新福さん』
――それは誰からのもの?
いまだにわかっていないのですが、装丁だけじゃなく奥付など細かいところも『おめでとう 新福さん』に変わっていたので、おそらく編集のプロの仕業じゃないでしょうか。さくら先生はその本を見て「私は、これが作りたかったんだ!」と大喜びされていましたが、会社は騒然としました。というのもその本は、僕とさくらプロだけではなく当時の集英社の社長にも届いていたんです。
同じ内容の本をタイトルだけを変えて出版することは禁じられていたので、役員会議で大問題になってしまいました。僕はもちろん誰が作ったものか分からなかったので、それ以上の詮索はしようがなかったのですが、おそらく編集のプロである誰かのイタズラだったんだろうなと思います(笑)。

奥付まで『おめでとう 新福さん』という手の込んだイタズラだった
天真爛漫なさくら先生の珍エピソード
――さくら先生作品の人気を実感した出来事はありますか?
とにかくファンレターの量がすごくて驚きました。当時は編集部に作家宛の手紙が届くことはほとんどなかったんです。どんなに売れている方でもひと桁くらいのもの。でもさくら先生は段ボール2箱分くらいは届いていたんです。さくら先生の文章は読者に語りかけるような要素もあったので、読者がそれに答えるように手紙を書きたくなっていたんじゃないのかなと思います。
――新福さんから見たさくら先生はどんな人でしたか?
すごく天真爛漫な人。『さくら日和』の装丁について、デザイナーの祖父江慎さんとさくら先生と僕の3人で、さくら先生のアトリエで打ち合わせをしていたときのことです。打ち合わせから20〜30分たったあたりで、さくら先生が急に「私、眠いよ〜眠くなっちゃったよ〜」と言い出しました。そして、そのままソファで本当に寝ちゃったんです(笑)。
僕と祖父江さんは少しだけ打ち合わせをしてから、寝ているさくら先生をそのままにして失礼しました。さくら先生は目覚めたら誰もいなくてびっくりされたと思います。ふつうは打ち合わせ中に眠たくなっても寝ないと思うのですが、さくら先生は本当に寝ちゃうからすごい。祖父江さんも僕もよく知っている人だったから安心したんだと思うのですが、その自由さからくる天真爛漫さが、さくらさんらしいなと思います。
【漫画】ページをめくるたびに癒される…さくらももこ珠玉のイラスト&エッセイ(すべての画像を見るをクリック)

『さくらももこ展 公式図録』(3,500円・税込)には会場で展示される原画を多数収録しています
取材・文/上村祐子 Ⓒさくらももこ Ⓒさくらプロダクション
【よりぬき4コマ漫画ちびまる子ちゃん】はこちら。
『さくらももこ展』
『ちびまる子ちゃん』の作者で、エッセイスト、作詞家としても幅広く活躍した作家・さくらももこの全仕事を網羅した展示会。2023年4月22日(土)~5月28日(日)に横浜で開催予定。
そのほか割引制度や開館時間など詳細は公式サイトで確認を!
『さくらももこ展』公式
©さくらプロダクション

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