東京・渋谷の複合文化施設Bunkamura内にあるミニシアター「ル・シネマ」は、隣接する東急百貨店本店の解体工事と跡地一帯の再開発に伴い、2023年4月から長期休館に入る。今の雰囲気を味わえるのはあと1年となるが、東急文化村・シネマ運営室プログラミングプロデューサーの中村由紀子さんは「映画を通して観客の皆さんに広い世界を届けたいという思いでセレクションしてきました。作品のテイストは様々ですが、気持ちは変わらずに上映を続けたい。そして、2023年4月以降もなにをしたら皆さんとつながっていられるか、絶賛思案中です」と思いを語る。

雰囲気を味わうなら今! 1年後に休館する渋谷のミニシアター「Bunkamura ル・シネマ」
コロナ禍の煽りを受け、歴史あるミニシアターの閉館が相次いでいる。現在、日本全国にあるミニシアターのスクリーン数は419(2021年12月末時点)。シネコンに比べると圧倒的に少ないが、そこでは大作映画とは一味違う、映画館や映画館主のこだわりが詰まった厳選の偏愛作品が上映されている。その場所に行くこと自体がイベントであり、見知らぬ誰かと感情を共有するアトラクションでもある劇場での映画鑑賞。映画のうまみが倍増する、全国にある魅力的なミニシアターをシリーズで紹介していく。
シリーズ:あの街の、あの劇場。
2023年4月から長期休館



1980年代のミニシアターブームを牽引し、いまだ個性的な映画館が立ち並ぶ渋谷。その中でル・シネマは、1989年にオープンと後発。館名は、同じ東急グループがかつて東京・町田で運営していた「まちだ東急ル・シネマ」から受け継いだもので、女性層の共感を得るような欧州とアジアの芸術の香り高い作品を上映してきた。歴代興行成績ベスト10が、同館の歴史と特色を物語っている。
① ジャック・ドワイヨン監督『ポネット』(1996)
② チェン・カイコー監督『さらば、わが愛 覇王別姫』(1993)
③ レジス・ヴァルニエ監督『インドシナ』(1992)
④ ブリュノ・ニュイッテン監督『カミーユ・クローデル』(1988)
⑤ チャン・イーモウ監督『初恋のきた道』(1999)
⑥ パトリス・シェロー監督『王妃マルゴ』(1994)
⑦ ニルス・タヴェルニエ監督『エトワール』(2000)
⑧ ジャン=ポール・ラプノー監督『シラノ・ド・ベルジュラック』(1990)
⑨ パトリス・ルコント監督『タンゴ』(1993)
⑩ パトリス・ルコント監督『髪結いの亭主』(1990)

『ポネット』
Collection Christophel/アフロ
「『ポネット』は主演のヴィクトワール・ティヴィソルのビジュアルが良かったですからね。当時4歳の彼女が、ヴェネチア国際映画祭女優賞を史上最年少で受賞したことも話題になりました。演劇を上映する劇場や美術館、コンサートホールなどを擁する文化施設にあるのが当館の特徴なので、舞台やアート関連作品の人気が高く、こちらもそういった作品を意識的に編成しています。特にBunkamura ザ・ミュージアムが女性のアーティストをフィーチャーしてきたことから、フリーダ・カーロの生涯を描いた『フリーダ』(2002)も上映しました。今はジェンダーに関する課題も注目されるようになってきましたが、観客の皆さんにも意識として持っていただけるよう、以前からこだわってセレクションしてきた部分でもあります」(中村さん)
『偶然と想像』はル・シネマで初めて上映した日本映画
そのル・シネマでは、2021年12月17日から濱口竜介監督『偶然と想像』が上映された。同館が日本映画をかけるのは初めてで、男性や若い世代など観客層を広げている。
「日本映画を上映しないという意思はなく、ただセレクションするタイミングが掴めずにいました。そんなときにコロナ禍に入り、いつも訪れていたベルリン国際映画祭がオンライン開催に。ただし一部の公式作品は日本のバイヤー向けに都内の試写室で見せていただけることになり、そこで拝見する機会を得ました。これまでとは違う日本映画が出てきたという印象を強く受けて、この作品ならうちの劇場で上映しても観客が受け止めてくれるのではないかと、上映を決断しました」(中村さん)


『偶然と想像』
©2021 NEOPA / fictive
初の日本映画というだけではない。その時点で、劇場公開に連動したバーチャル・スクリーン「Reel」での同時配信と、2022年1月に東京・下北沢でオープンするミニシアター、シモキタ-エキマエ-シネマ「K2」のこけら落とし作品に決まっていた。普通に考えたら、その分、自社の劇場の動員に影響が出るのではないか?と敬遠しそうなところだが、それでも上映を希望した。
「我々も同時配信の作品を上映するのは初めてでしたが、これまでに海外ですでにDVDが発売されていたり、配信されている作品を上映したこともあります。それで動員が妨げられるという結果にはなっていません。しかも『Reel』は収益が配給会社と全国の上映館に配分されるというミニシアターと配給の共存を模索する試みの一環ですので、了承しました」(中村さん)
「濱口監督の作品を見るのは実は初めてだったのですが、ベルリンの試写で拝見し、ぜひ上映したいと思いました。上映中、居合わせた他の配給の人たちからもクスクス笑いが起こっていたんですよね。映画館ならではの体験が味わえるこういう作品ならば、たとえ映画館と同一価格で同時配信したとしても、劇場でも見たいと思わせてくれる作品ではないかと思いました」(同シネマ運営室マネジャー・野口由紀さん)。
オンライン・シネマ「APARTMENT」も展開中
同館自身も、2021年8月にセカンドライン「APARTMENT」をオンラインにオープンしている。こちらもコロナ禍でのチャレンジの一環でスタートさせた新規事業で、同館が独自に権利を獲得した日本初公開作を中心にセレクションし、パーソナルな空間で楽しんでもらおうという試みだ。発案したのはシネマ運営室の若手スタッフで、作品のセレクションも担当している。旧作上映や35mmフィルム上映に力を入れている米国ニューヨークの「メトログラフ」が、バーチャル映画館を立ち上げたことなどに刺激を受けたという。

「ミニシアターは全体的に若い客層を呼ぶことが難しくなってきています。ならばその方たちに興味を持ってもらえるようなツールを開発してみてもいいのでは?と」(中村さん)
「劇場公開の際には配給会社と宣伝会議をして宣伝の方向性を決めますが、今回は全て自分たちだけで行っています。ですのでバーチャルな空間を開設したことで、リアルな劇場の意味が改めて分かりましたし、良い刺激にもなっています」(野口さん)
Bunkamuraの休館期間がどれくらいになるのか、現時点では未定だという。コロナ禍でエンタテインメント業界だけでなく、私たちの生活も大きく変化した。それだけに数年後の映画界がどうなっているのか、誰も予測はできない。しかし先手を打って始めた「APARTMENT」がル・シネマの伝統と精神を守り続けてくれるはずだ。

『Rocks/ロックス』(2019) Rocks/ 上映時間:1時間33分/イギリス
APARTMENT by Bunkamura LE CINÉMAにて配信上映中
© GIRL UNTITLED LIMITED

『Romantic Comedy/ロマンティック・コメディ』(2019)Romantic Comedy/上映時間:1時間18分/イギリス
APARTMENT by Bunkamura LE CINÉMAにて配信上映中

『17 Blocks/家族の風景』(2019)17 Blocks/上映時間:1時間35分/アメリカ
APARTMENT by Bunkamura LE CINÉMAにて配信上映中
©Davy Rothbart
Bunkamura ル・シネマ
https://www.bunkamura.co.jp/cinema/
取材・文/中山治美 構成/松山梢
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