ロサンゼルス中心部にある豪華な邸宅。映画のセットにつくりかえられたその居間で、私はブラッド・ピットの到着を待っていた。映画『バビロン』(2022)の共演シーンの撮影だ。
時は2021年9月。私のサイズに調整された、ちょっとタイトで重い布地のヴィンテージ・タキシード…いや、テールがあるから燕尾服だ…を着込み、ヘアメイクも完了。ドキドキしてはいるが、大作と呼ばれるであろう映画の一部となる準備は万端だ。
もとはといえばラジオと映画のパーソナリティ兼映画評論家だった私。いったい全体どうして、オスカー監督の映画でオスカー・スター(※1)と共演できたかって?
(※1)監督のデイミアン・チャゼルは『ラ・ラ・ランド』(2016)によりアカデミー監督賞を史上最年少で受賞、ブラッド・ピットは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2020)でアカデミー助演男優賞を受賞。
端的にいえば、俳優になるためにした努力の賜だ。しかも数年に及ぶ努力。
演劇学校、配役担当者主催のワークショップ、アー写撮影に俳優組合への加入(※2)、ウェブ応募による映画やTVやCMの端役を経て、ようやくメジャースタジオ製作映画のオーディション切符を手にしたのだ。
(※2)ハリウッド映画ではひとことでもセリフのある役を得るには、組合への加入が必須。

ブラッド・ピットのいい人すぎる素顔に接触! 大ヒット上映中のハリウッド大作『バビロン』出演者が語る、撮影の深イイ話
現在公開中の映画『バビロン』は、ブラッド・ピットがサイレント映画の大スターを演じるエンタテインメント大作。劇中でブラッドに話しかける役を演じた、元映画評論家で俳優のジム・オブライエンが、スーパースターとの共演の裏側をレポートする。(メイン画像:© 2022 PARAMOUNT PICTURES)
映画評論家から俳優に転身して掴んだ大作出演のチャンス

(左)衣装合わせをした際の著者、ジム・オブライエン (右)パーティの撮影をした邸宅から外を望む
作品名もわからずに受けたオーディション

パラマウントの撮影スタジオ
そのオーディション告知が来たのは2021年3月だったが、まったく妙なことに映画のタイトルは伏せられていた。4つの役のオーディションを受けるのに? コロナ禍が始まって以来、リアルのオーディションはない。写真も含めてすべて家で収録する必要があり、おかげでPCスキルが身についた。タイトルがなくたってまあいいかと応募しておき、また次の作品に心を向けた。
数週間後、TVドラマ『Black Monday』に出演していたとき、マネジャーのアーロンからメッセージが来た。
「メール見た? もう読んだ?」
「メール? 撮影中だから見てないよ」
「合格したよ!」
「合格? 『ナルコス:メキシコ編』で?」
Netflixドラマ『ナルコス:メキシコ編』のオーディションを受けたばかりで、とても出演したかったのだ。
アーロンは続けた。
「違う映画だよ!」
「映画ってなんだっけ?」
「デイミアン・チャゼル監督のだよ!」
「ああ! あれか!」
だいたいはTVかCMに出演する仕事をしているので、役を得てから撮影までの期間は短い。2017年に受けたある製薬会社のCMでは、火曜に1次オーディション、日曜に2次、次の火曜には撮影でスペインのマドリッド行き飛行機に乗ったなんてことも。
だが今回は、3月に役が決まってから9月まで撮影を待った。その前に、ありとあらゆる時代の服と小物をそろえたパラマウント社の衣裳部まで出向き、アカデミー賞に輝くメアリー・ゾフレスによる衣裳合わせがあったけど。
かくして、いま、大邸宅でブラッドを待っているのだ。前職ではかなりのA級スターに取材したが、そのリストにも入っていなかった大スターの彼を。
ブラッド・ピットの肩をどつくハプニングも!

『バビロン』撮影中の(左から)ブラッド・ピット、ディエゴ・カルヴァ、デイミアン・チャゼル監督
© 2022 PARAMOUNT PICTURES
ブラッド・ピットが入ってきたときには、ただ衝撃を受けた。「うわ! 映画スターだ!」
時代がかったタキシード、それにあわせたヘアメイク。何もかもが完璧で、自然でクールで、バランスがとれている。これぞ徹頭徹尾、映画スターというものだ。
『バビロン』でブラッド・ピットは、約100年前、1920年代のサイレント映画黄金期のスーパースター、ジャック・コンラッドを演じている。私が出演するシーンでは、4人のハリウッドの大物たちがジャックに絡む。その4役のオーディションを受けたわけだが、獲得したのは、別の男と話しているジャックのもとへ歩いて行って、話しかける役だ。
私は、過去にジャックと何度か仕事したことのある映画プロデューサーと考えて、役作りをしていた。
スタンドイン(俳優の代理)を使っての長時間のセット調整が終わると、ブラッドに紹介された。鷹揚に対応してくれたので、とても気が楽になり、話をしてみた。「近づいていったら、あなたの肩をつかんで注意を引きたいと思うんですが、いいかな?」。にっこりと「いいさ」と言ってくれた。
カメラを回すのは、これまたアカデミー受賞撮影監督のライナス・サンドグレン、監督はもちろんデイミアン・チャゼルだ。小物のカクテルを渡されるも味見はせず、役の見た目にふさわしく煙草に火をつけた。と、監督が現れて自己紹介し、撮影が始まった。何度かテストをしたあと、監督に言われた。
「フレームに入ったら、手をのばしてブラッドの肩をつかんでほしいな」
「そうします」
「やってみて」
監督も私も同じく、肩をつかむのがいいと思ったわけだ。ブラッド・ピットの肩をだよ!
1度はちょっとつまずいて、ブラッドの肩をどつくかたちになってしまった!
彼は「ちょっとオマケがついたね」と微笑んでくれる。監督が割って入って、肩のたたき方とか、セリフについて、さらにフレームアウトの指示をする。そのとおりにやったシーンが採用された。
ブラッド・ピットのさりげない優しさに感動

1920年代の大スター、ジャック・コンラッド役がピッタリのブラッド・ピット(左)
© 2022 PARAMOUNT PICTURES
終わった! 出番は終わりだ。セットを去ろうとすると腕をつかまれた。ブラッド・ピットだった。
「ありがとう! よかったよ、よくやってくれた!」
それを聞いてどんなに感動したか。この言動こそブラッドの人となりを表していると思う。現場にいるものみんなが、「自分の仕事は大切だ」、「認められている」と思えるように尽力してくれるのだ。

ネリー役のマーゴット・ロビー
© 2022 PARAMOUNT PICTURES
この日はほかのキャストにも会った。
華麗なドレスをまとった、主演女優のマーゴット・ロビーや、女性記者エリノア・セント・ジョンを演じたジーン・スマートなど。彼女たちにはプライベートルームがあったので、共演シーンの見学にとどまったが、そのほかの俳優とセリフのあるエキストラは、2階のアトリウムを共同楽屋としており、マニー役のディエゴ・カルヴァとは待ち時間に大いにおしゃべりした。話しやすく、気持ちのいい青年だった。

マニー役のディエゴ・カルヴァ
© 2022 PARAMOUNT PICTURES
ディエゴはメキシコシティ出身、これまで、ハリウッドで主要な役柄についたことがない。だが、『バビロン』は実はマニーに始まりマニーに終わる物語で、陰の主役ともいうべき存在だ。それを演じた将来有望なディエゴと私の人生の道が、この日たまたま交わった。
生涯忘れられない、驚くべき体験の詰まった一日だった。

ハリウッドのゴシップ・コラムニスト、エリノア・セント・ジョンを演じたジーン・スマート
© 2022 PARAMOUNT PICTURES
私の体験は、前述のエリノアが劇中でジャック(ブラッド)に伝える言葉に集約されると思う。
「100年も経てばあなたも私もとっくに死んじゃってるけど、出演作を見る観客がいれば、あなたはいつでも生き返るのよ」
私もまたブラッド・ピットのシーンの中に生き返る。
『バビロン』は、いつまでも見返されるであろう傑作映画だ。私は、関係者試写も含めてもう3回見た。どうぞご自身の目で見てみてほしい。映像も音響も優れた素晴らしい劇場で、監督のヴィジョンを体験できますように。
パーティシーンに登場するゲストのひとりを演じた、ジム・オブライエンも探してみてください。
文/ジム・オブライエン
『バビロン』(2022)Babylon 上映時間:3時間9分/アメリカ
1920年代のハリウッドは、すべての夢が叶う場所。サイレント映画の大スター、ジャック(ブラッド・ピット)は毎晩開かれる映画業界の豪華なパーティの主役だ。会場では大スターを夢見る、新人女優ネリー(マーゴット・ロビー)と、映画製作を夢見る青年マニー(ディエゴ・カルバ)が、運命的な出会いを果たし、心を通わせる。恐れ知らずで奔放なネリーは、特別な輝きで周囲を魅了し、スターへの道を駆け上がっていく。マニーもまた、ジャックの助手として映画界での一歩を踏み出す。しかし時は、サイレント映画からトーキーへと移り変わる激動の時代。映画界の革命は大きな波となり、それぞれの運命を巻き込んでいく。果たして3人の夢が迎える結末は……?
公開中
配給:東和ピクチャーズ
公式サイト:https://babylon-movie.jp
© 2022 PARAMOUNT PICTURES
関連記事

奇行、熱愛、泥沼裁判、ハプニング…2022年をにぎわせた衝撃のセレブゴシップ10


出演作史上最高の“かわいさ”。ブラッド・ピットが年を重ねても色褪せない理由



新着記事
40歳サラリーマン、衝撃のリアル「初職の不遇さが、その後のキャリア人生や健康問題にまでに影響する」受け入れがたい無理ゲー社会の実情
『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』#3
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2
