バスケットボールとひたむきに向き合った
選手を振り返る

高校を卒業後、大学あるいはプロを目指しアメリカで競技を続ける意志と能力を持ちながら、経済的その他の理由でその夢をかなえられない若い選手を支援するべく設立された「スラムダンク奨学金」。本誌では、同奨学金を獲得してアメリカへ留学した14名の選手へのインタビューを連載した(2020年5月号~21年6月号)。
本連載をまとめた単行本『スラムダンク奨学生インタビュー その先の世界へ』が刊行されるのを記念して、各インタビューを担当したライターの宮地陽子さんと伊藤亮さんのお二人に、第1回から順に全14選手の人柄を振り返ると共に、連載では書ききれなかったエピソードなどを語っていただいた。

構成=増子信一
写真=伊藤 亮/宮地陽子/和田篤志/Charles Milikin Jr/スラムダンク奨学金事務局

#1 並里成さん 第1期生

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_1
第1期生 並里 成
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伊藤 並里さんで印象的なのは、すごくやんちゃだったということです。連載でも書きましたが、アメリカへ留学したときにロッカールームで頭にリンゴをぶつけられ喧嘩する。何もかも初めての第1期生がアメリカでいきなりそんなことできるものなのか。普通ならちょっと萎縮すると思うのですが、生来のやんちゃな性格をそのまま出せるというのはすごい。
 それでいてプレーはすごく楽しそうで、並里さんを見ているとみんなバスケットが好きになるような、予想できない面白いプレーをするんです。そのギャップというか、二面性みたいなところが魅力だと思います。
 アメリカで自分にとっていかにバスケットが大事な存在かを知った。だから「バスケットが好き」というのを表現できるのが並里さんなのではないでしょうか。

#2 酒井達晶さん 第9期生

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_2
第9期生 酒井達晶

宮地 酒井選手はどこでもキャプテンをやってきたリーダーシップがあります。あとは忠誠心が強い人ですね。高校へ進むときに他県の強豪校からの勧誘を断って、バスケットボール部が新設されたばかりの地元の高校に進んだ。地元で、自分の手で強いチームを作りたかったんですね。地元への強いこだわりや、自分が属しているものへの忠誠心があるんです。アメリカでも、夏の間だけ行ったフロリダにあるIMGアカデミーから「うちへ来ないか」と誘いを受けて、第8期生の猪狩(渉)選手は同じように勧誘されてIMGアカデミーへ行ったのですが、酒井選手は断っています。
 セントトーマスモアに戻って、IMGアカデミーとの試合があったのですが、その試合に彼は出られなかった。IMGアカデミーの選手たちから、「うちに残っていればよかったのに」と言われて悔し涙を流したというのは、印象的なエピソードでした。そんな悔しい思いをしながら、努力し続けて後にスターターになった、努力家です。

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_3
サウスケントスクールの体育館

#3 山崎稜さん 第4期生

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_4
第4期生 山崎稜

伊藤 山崎さんはおとなしくて、取材時も選手たちと並んでいる一番端っこで静かに座っていたのが印象的でした。スポーツ選手というより、おとなしい文学青年みたいな佇まいなんですけど、いざプレーが始まると、チームの中の欠かせない選手として存在感を発揮するという、あまり見たことのないタイプでした。
 御本人もマイペースと言っていましたが、そのことをアメリカで自覚できたのが大きかった。どこに行っても、どんなときも自分が変わらない。つまり、どんな場所でも常に力を発揮できるんです。
 でも、最近のBリーグでの試合を見ていると、結構気持ちが表に出ているようで、それまでのマイペースでおとなしかった感じが、ちょっと変わってきているように見受けられるんですよね。

#4 鍵冨太雅さん 第10期生

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_5
第10期生 鍵冨太雅

宮地 鍵冨選手はアメリカ育ち。小学生の時にNYの強豪クラブチームで本場のバスケを経験している。親の転勤で帰国してからも、早くアメリカに戻りたくて、本当は高校からアメリカへ行きたかったそうです。
 だから、彼にとってスラムダンク奨学金は、自分の原点に戻るための足がかりであって、みんなが苦労する英語もまったく問題がない。そこがほかの奨学生とは全然違ったところですね。
 これは原稿に入らなかった話なのですが、彼は高校のときに試合の後にみんながおにぎりを食べるのが信じられなかったそうです。アメリカで、試合が終わった後にピザを食べて育ったので。試合後の食事だけでなく、日本よりアメリカでの生活のほうが自分に合うとも言っていました。
 はたから見ると勉強もバスケも優秀なんですけれど、自分ではどちらもどこか中途半端に感じていて、それを真剣に悩んでいました。彼なりの悩みがあり、真剣に悩んだからこそ成長があったのだと思います。

#5 ホール百音アレックスさん 第11期生

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_6
第11期生 ホール百音アレックス

伊藤 アレックスさんは若々しい見かけによらず低い声でゆっくり語る、意外と物静かな方なんです。小学生時代はサッカーで全国レベルの有力選手で、バスケを始めたのは中学校からと遅く、とんでもない潜在能力を持ちつつ、経験が浅いことで自信がないように見られていたことにすごく悩んでいました。
 ただ、アメリカに行ってから考える時間が増えたことが転機になったと言っていました。セントトーマスモアの校内にある湖のほとりで音楽を聴いていたと書きましたが、寝る前にも日本の歌をよく聴いていたそうです。しかも和田アキ子といった自分が生まれる前に流行した曲を聴いていたらしい。その意外なチョイスにすごく人柄が出ています。
 それに、自信を持てたきっかけになったのが、試合で大きな結果を出したことではなく、練習中のワンプレーだったというのは、当時、彼がいかに神経を張り巡らせて自分と向き合っていたのかがよくわかるエピソードでした。

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_7
セントトーマスモア校に隣接する湖の砂浜

#6 猪狩渉さん 第8期生

バスケットボールとひたむきに向き合った選手を振り返る 『スラムダンク奨学金インタビュー その先の世界へ」著:宮地陽子&伊藤亮 対談_8
第8期生 猪狩 渉

宮地 猪狩選手はスラムダンク奨学金に応募したきっかけのエピソードが面白かったです。インターハイ出場のために泊まっていた大分のホテルの大浴場で、当時山形南高校三年生だった村上駿斗選手(第7期生)と会って、「俺はスラムダンク奨学金でアメリカに行くよ。だからお前も来いよ」と誘われて、その気になったそうです。
 夏にIMGアカデミーのサマーキャンプに行ったときに勧誘されて、スラムダンク奨学金で用意してたプレップスクール(サウスケント)に戻らずにIMGアカデミーに残ったり、作られたレールの上を当たり前に進むのではなく、自分独自の道を積極的に選ぶタイプだと感じました。
 そういうアグレッシブな姿勢がある一方で、すごく礼儀正しいんです。彼を初めて取材したのはコネチカットの空港だったんですけど、私が着陸したと連絡したら、すでに空港にいた彼は、わざわざゲートの前まで迎えに来てくれた。いつ会っても丁寧に挨拶してくれたり、とても礼儀正しい人ですね。