「日本では起きそうで絶対に起きないことだった」安倍元首相暗殺、旧統一教会問題、宮台氏襲撃、ガーシー当選…芥川賞候補作家・鈴木涼美が噛み砕く2022年ニュース
独自の視点と文体で、世の中や社会、男と女を鋭く批評するエッセイやコラムで知られる作家の鈴木涼美。時事にも関心の高い彼女が振り返る2022年とは? 今年のニュースを「噛み砕いて」振り返る。(前編)
2022年のニュースをポップに噛み砕け! #1
雑誌やウェブ媒体で多数の連載を抱える一方、コメンテーターなどとしても積極的に活動する鈴木氏は、文壇デビューとなる衝撃の中編小説『ギフテッド』を発表するや、2022年上半期の芥川賞(第167回)にノミネートされ、第2作『グレイスフル』もまた第168回芥川賞候補となっている。
そんな彼女が2019年6月から2022年6月まで「週刊SPA!」誌上で連載してきた時事批評コラムが、一冊の本にまとまった。『8cmヒールのニュースショー』(扶桑社)発売を受け、2022年のニュースについて改めて話を聞いた。
「ガーシー当選でみんな暗澹たる気持ちになり、
そのまま街に出て朝まで飲んでました(笑)」
――鈴木さんにとって、今年もっとも印象に残ったニュースはなんでしょうか?
世間的にも自分自身にとっても、やっぱり元首相の暗殺は大きな出来事でした。そのすぐ後の参院選、そして旧統一教会問題への発展というのが、今年の主な流れだったと思います(鈴木涼美・以下同)
――安倍元首相暗殺と参院選は7月でした。その頃の鈴木さんは、初小説が芥川賞にノミネートされていましたよね。
参院選の投票開票日は芥川賞選考会の直前だったんですけど、私は宮台(真司)さんとダースレイダーさんとジョー横溝さんがやってる、『深掘りTV』というニコ生番組にゲスト出演していて、白井聡さんと島田雅彦さんと一緒にいました。
選考委員(島田雅彦)が隣にいて、すごくイヤというか、気まずかったんですよね(笑)。
――そりゃ、いやですよね。確かに(笑)。
で、ガーシー当選でみんな暗澹たる気持ちになり、そのまま街に出て朝まで飲んでました(笑)。
本当に、安倍時代のポピュリズム的な流れが、行き着くとこまで行ったっていう感じがします。
――安倍氏暗殺に端を発した旧統一協会問題については、どう考えていますか?
政治家と特定宗教団体とのつながりが、想像していたよりずっと根深かったことに驚きました。被害者救済法は成立しましたけど、悪どくお金集めをしていた旧統一教会の被害者を救済する話と、宗教団体と政治家が選挙によってつながっていたという問題は、あくまでも別のこと。
なのに、救済法成立でなんとなくけりがついたみたいになってるのが、すごく気持ち悪いです。救済法自体も不十分だという声がありますし。

「安倍時代のポピュリズム的な流れが行き着くところまで行った感が」
――一方で、銃撃による暗殺というありえない暴力を振るった犯人の思惑が、ある意味、通っちゃったんじゃないかという点についてはどう思いますか?
山上容疑者の思惑通りと言ってしまうとそれはそうなんですが、でも、そうした事件になってしまうほどの、どこかにあった大きな問題が浮き出たわけだから、殺人犯の望みが叶ってしまったということ自体は、私はそこまで気にならないです。
「安倍さんを殺した動機が宗教がらみの
恨みだったというのは、衝撃だったんですよね」
――今だけではないのかもしれませんが、やはり日本は宗教の存在が希薄ですよね。そこに統一教会問題が急浮上して、これまでなかったほど宗教について議論されたように思います。
私自身は宗教による制約がない国に生まれて、ラッキーだと思うことがあります。
ずっとアフリカに住んでイスラム文化研究をやってきた友人に話を聞くと、たとえそこに強烈な信仰心があったとしても、国をあげての宗教によって食べるものまで制限される状況はとても不自由だなと。
でも日本のように、無宗教を名乗る人が多い状況が、果たして人間としてもっとも無理がないことなのかどうかについては疑問もあります。単純に宗教があった方がいいということに直結するわけではないんですけど、信じる経典がない状況って、善悪の判断がいわゆる世間体みたいなものに縛られやすいですよね。
ヨーロッパにしろアメリカにしろ、若い人たちは日本と同じくらい宗教に対して無関心だとは思うんですけど、聖書を開くとそこには一応、“悪とは何か、善とは何か”という価値基準が示されています。それと比べると、日本の道徳ってすごく曖昧です。
一時期、マイケル・サンデルの講座とか流行ったけれど、もちろん私も含めてなんですが、何が正義か?みたいなことを考えずに生きてきた人が多いのかなと思います。

「宗教の不在というのはある意味厳しいことなのかもしれない」
――宗教によって価値基準や判断基準が示されていた方が、人は生きやすいのでしょうか。
旧統一教会のようなものにすがった人たちは不運かもしれないけど、私自身、宗教の不在というのはある意味厳しいことなのかもしれないと思うことがあります。
日本にも宗教にすがりたい人がたくさんいる状況が、旧統一教会問題の根底にあったのかもしれないですね。
――海外の、特にキリスト教圏だと、善きサマリア人のたとえのようなものが潜在的に根付いていて、周りの人に対して親切にする人が多かったりしますよね。
キリスト教圏の人は施しの文化というか、チャリティ精神がすごくあります。汚い格好をした、いわゆる“物乞い”の人が空き缶を差し出して近寄ってくると、日本では『怖い』と思って避ける人が多いけど、イギリスやフランスとかだと、みんな普通にお金をあげますから。
――安倍元首相暗殺事件は、日本では稀に見る事件でしたが、宗教的規範がしっかりしているはずの欧米やほかの国の方で凶悪事件が多いのは、考えてみると不思議ですよね。
そうなんです。アメリカ人なんて、それこそキリスト教の隣人愛精神に包まれた親切でいい人が多いのに、一方で怖い事件も頻発しますよね。対する日本人は、宗教による精神的な縛りがないのに、なぜかそんな事件は起こりにくい。
いろんな要素があって難しいですけど、ひとつには、ぶつかり合って人を殺したくなるほど強烈な信仰や正義、それに人の分断がないということでしょうね。
学生のときに世界史を勉強していて、中世の世界では宗教のような抽象的なものを動機に人が人を殺すんだと驚きましたけど、今の世界においてもあまり変わりはありません。世界では信仰の違いで殺し合いに発展することがあります。
でも、日本ではそういうことは考えにくい。だからこそ、安倍さんを殺した動機が宗教がらみの恨みだったというのは、大変な衝撃だったんです。
――旧統一教会問題はこの後、どこらへんに着地すると予測していますか?
旧統一教会は、母国ではほとんど財閥みたいなものになっていて、日本以外ではそんなに悪いことをしてないから、純粋に日本の問題なんですよね。
そして日本って、与党に公明党がいるような状況ですから、フランスのように強烈なカルト取り締まりができるかっていうと、なかなか難しいと思います。直接的な被害者が救済されるのはいいことですが、これによって抜本的に何かが変わるようなことはなく、ふわっと終わるというのが現実的じゃないかと思っています。
「今年起こった事件の数々は、
なんだか日本のことじゃないみたいでした」
――最近起こった事件で印象的なのは、鈴木さんも個人的に感じることが多かったと思うんですけど、宮台(真司)さんの件です。
そうですね。ただしこの事件はまだ犯人が捕まっていないので動機がわからず、なんとも言えない部分があります。もしかしたら彼の言論活動とはまったく関係のない、私怨や逆怨みかもしれないし。
だから今の時点では、暴力による言論封殺はよくない!と声高に言うのもおかしいですよね。
――確かにそうですね。殺害予告のようなものはしょっちゅう来ていたと、宮台さん自身がおっしゃってはいましたが。
SNSみたいなものが普及して、気軽に個別メッセージが送れるようになってから、そういうものはすごく横行していて、いちいち気にしてなかったと思うんですよね。
でも、予告にとどまらず、実際に暴力が振るわれたことについては、やっぱりすごく驚きました。安倍氏の暗殺にしろ宮台さんの事件にしろ、こういうことって“起きそうで起きないこと”という感じがすごくしていたので。
大学構内で有名学者が刺されるなんて、日本では起きそうで絶対に起きないはずだったんです。アメリカのヒップホップ界隈や、治安の悪い南米のようなところでは起こっても、日本では非現実的なことのはずでした。
日本人はいい意味で弛緩した日常を送っていたので、今年起こった事件の数々は、なんだか日本じゃないみたいでした。
――今の日本は、歌舞伎町でさえも安全な感じですもんね。
そうですよ。いろいろ問題視はされてるけど、未成年の女の子が歌舞伎町のようなところで深夜まで路上にたまっていても、基本的にはなんも起きてないって、日本ならではですから。
世界では彼らのようなストリートチルドレンの命がものすごく軽んじられていて、毎週必ず何人か死んでるような国だってある。これがアメリカだったら、レイプももっと起きるだろうし。
そもそも、デリヘルがこんなに多くて、普通の女の子が働いてるって、アメリカ人からすると“密室に入ってなんで殺されないの?”と思うはずなんです。村上龍原作の『トパーズ』という映画は、SM系デリヘルの話なんですが、外国の映画祭で上映したとき“これは、ファンタジーなのか?”という声が出たそうです。こんな形態の風俗があったら絶対、オープンした初日に誰かしら人が死ぬと思われたらしいです。日本でももちろん、デリヘル嬢殺人事件なんかもいくつかあったけど、 それはすごく特殊な事例でしたからね。

「日本では起きそうで絶対に起きないはずだったんです」
「前の五輪がこれだけ問題含みで逮捕者まで出てるのに、
何を『さあ気を取り直して』みたいな感じになってんだと(笑)」
――訃報もたくさんありました。2022年2月には作家の西村賢太さんが亡くなっています。
ある意味、彼は社会の流れとまったく関係がなかった人ですよね。昔の作家はめちゃくちゃだっただろうけど、今はきちんとしていて頭のいい人が多いので。西村さんのような破天荒というか、ポリコレガン無視の獣のような作家は、やっぱり早く死んじゃうんですね。
――石原慎太郎さんが亡くなったのも、同じ2月でした。
西村賢太さんと違って石原慎太郎さんは、元々は湘南ボーイで“ザ・リア充”みたいな人。若いときには他の文学者と一緒に左翼運動をしていたのに、どこかから右傾化して保守化していくんですよね。
そんな石原慎太郎さんはある意味、“昭和の男”という感じでもあったから、訃報に接したときには、時代の流れのようなものを感じました。西村さんの方は、平成って感じも令和って感じも全然しない人だったけど(笑)。
お二人とも暴れん坊で口が悪いし、正しくないことを表現する人ではあったものの、同時期にこの二人の作家が他界したということに対しては、少し考えさせるものがありました。
最終的に石原慎太郎さんはやっぱり政治家。作家が創作でポリコレガン無視なのと、政治家がポリコレガン無視なのとでは、だいぶ意味が違うとは思うんですけど。
――石原さんとは、新聞記者時代に接点があったんですよね?
日経新聞で働いていたときは都庁番だったので、石原慎太郎は最初に見た大物政治家でした。テレビとかでは強そうに見えるけど、直接会ってみると意外とおじいさんだなっていう印象で。声も小さいし、歩き方もヨタヨタしていて。
そんな弱ったおじいさんがパワーを持ち続けていたことが、歪んでいると思います。だって自民党の二階さんだって後期高齢者そのもので、本当に正しい判断ができてるのか?って感じですよ。
そういう人たちにパワーが集中したまま、死ぬまで権力を持っているのがいいこととは思えません。フィンランドの首相の例とかを見ても然りです。

「立つ鳥跡を濁しまくりですよね」
――おじいさんたちが大張り切りした五輪も、その後の疑獄がひどいことになりました。
立つ鳥跡を濁しまくりですよね。でもこれだけ問題があったのに、まだ札幌への五輪招致をあきらめきってないっていうのが、またすごい話です。いまだに前向きな世論があるというのも、『うーん』と思います。
今、日本の成長の糸口が見えない中で、 何かしらの突破口を見つけたい人とか、先細っていく生活に不安があって、何らかのアクションが欲しいっていう人が多いのだと思うんですけど。それこそ、けじめもついていない状態で、またバッハを接待するの?とかね(笑)。
なんで潔く取り下げってならないのかな。だってカナダですら、いろんなことを鑑みて、立候補を取り下げているわけじゃないですか。日本はもっと厳しい状況で、なおかつ前の五輪がこれだけ問題含みで逮捕者まで出てるのに、何を“さあ、気を取り直して”みたいな感じになってんだと(笑)
――ですよね。よっぽどうまい汁があるんでしょうね。
まったく。
「数年前までのキャバクラでは、ハズキルーペをお尻で踏めっていう、“ハズキハラスメント”が横行していましたから(笑)」
――少し柔らかい話題も取り上げたいのですが、香川照之さんのセクハラ問題なんかは、異様に社会の関心が高かったと思います。今どき、まだこんなセクハラが残ってるんだっていう驚きと、香川さんのパブリックイメージとのギャップが騒動を大きくしたのではないかと思いますが。
でもそもそも香川さんの酒癖の悪さは、割と有名だったらしいですけどね。私は気軽な気持ちで依頼を受け、香川さんの件でちょっとしたコラムをウェブメディアに書いたら、ものすごい数の人に読まれて(笑)。いやいや、なんでこんなに関心が高いんだろうとびっくりして、改めて興味を持ちました。
香川さんについて書いたコラムは、その月に一番読まれた記事になったとかで、なんか賞もらいましたもん、10万円くらい(笑)。内容の半分ぐらいは香川さんの話というより、“ホステス遊びするならこういうマナーで”という、水商売のお姉さんの話だったんだけど、どん、って香川さんの写真を付けたから、すごく読まれたんだと思います。やっぱり香川すげー、あー関心が高いんだと(笑)。
――香川さんの件では当初、『水商売をやっているプロの人なんだから、それくらいいいじゃないか』みたいな男の人たちの声も、多かったですよね。でも、徐々に『だからってしちゃいけないことが、もちろんあるでしょ?』『これはハラスメントでしょ?』という声の方が大きくなってきた。そういう意味では、世の中の変化を感じることができた案件だったとも言えそうですね。
だって数年前までのキャバクラでは、ハズキルーペをお尻で踏めっていう、“ハズキハラスメント”が横行していましたから(笑)。もちろん、チップがもらえるならやりたいという子がいるのは全然いいと思うし、何なら私自身も昔は、そういうことをどんどんやってチップを稼ぐ、“プライドより金”タイプの脇の甘いキャバ嬢でしたけど(笑)。
日本は法律の兼ね合いもあって、風俗も、抜きがあるサービス・抜きがないサービス・お酒を一緒に飲むだけのサービスとに住み分けられていて、それぞれのお客さんに求められる矜持やマナーがあります。もちろんそれを踏み越えても、運がよかったり女の子に好かれていたりすると大丈夫だけど、運が悪いとこういうことになるって話だと思うんですよ、香川さんの件は。

「風俗にはそれぞれのお客さんに求められる矜持やマナーがあります」
――あとは酒癖の問題ですよね。
酒癖が悪い人と付き合うと、本当にすごいストレスになるじゃないですか。だって、ひどいことを言われてこっちは傷ついているのに、“いや、あれは飲んでたから”とか言われても。
私は飲んでないのに、“飲んでたから”で免罪されると思ってる感じは、すごく腹が立ちます。酒癖の悪さを自覚している場合は、自分で何らかの救済策を持たないと厳しいと思いますよ。処理してくれる、よきアドバイザーを持たないといけないですよね。
アウト!ってなったら、もう縛り付けてでもタクシー乗せてくれる後輩とか、力技で『もう帰った、帰った!』って追い返してくれるママさんとか。そういう人を周りに置くべきだと思います。
後編では、見なかったワールドカップ、安倍氏の国葬儀、岸田政権の今後、小室圭さん……について聞いていく。

インタビュー・文/佐藤誠二朗 撮影/井上たろう
8cmヒールのニュースショー(扶桑社)
鈴木涼美

2022/12/22
1540円(税込)
240ページ
978-4594093570
ピンヒールを履いたいくらか鈍感な足のまま、
半ばディストピアと化した歪な社会をしばし呆然と眺めていた(本書より)
エッセイ、書評、小説の執筆業からコメンテーターまで多岐にわたり活躍し、初の小説作品『ギフテッド』に続き、第二作『グレイスレス』が芥川賞候補になるなど、いま最も注目される作家・鈴木涼美による初の時事批評集が刊行!
安倍晋三レジームの終焉、輝けない女たちの聖戦、コロナ狂騒曲、止まらぬ分断――。
令和最初の三年間に起きたさまざまなニュースを、「8㎝ヒール」の視座から批評した渾身のコラム62本を収録。
【本書に登場するおもなニュース】
ハラスメント規制法案成立/対韓輸出規制/吉本闇営業騒動/れいわ新選組旋風/消費増税/「ミス慶應」中止/フィンランド女性首相誕生/カルロス・ゴーン大脱走/トイレットペーパ売り切れ/突然の休校措置/緊急事態宣言発出/検事長賭け麻雀事件/女川原発再稼働へ/セシルマクビー閉店/『JJ』休刊/『エヴァ』完結/入管難民法「改正」見送り/終電繰り上げ/東京五輪の延期と開催/石原慎太郎逝去/ウクライナ軍事侵攻/映画
界の性暴力/安倍晋三元首相殺害etc.
関連記事

「私たちはすごく非現実的な、夢の中にいるような時代を生きている」…見なかったW杯、安倍氏の国葬、岸田政権の今後、小室圭さん…芥川賞候補作家・鈴木涼美が噛み砕く2022-2023年の世相
2022年のニュースをポップに噛み砕け! #2



山上容疑者の母が見た「死んだ夫の霊」の正体と、旧統一教会の教学システム


夜の接客は触られて当たり前⁉ 香川照之“ホステス論争”、当事者たちに実態を聞いた
新着記事
日本人の死因第4位の脳梗塞のリスクを下げる意外な食べ物とは「ピーナッツ」だった!
電車+バス!? 都市部の足だったトロリーバス
「教育者としての絶望」…防衛大現役教授による実名告発を東京新聞・望月衣塑子記者が読む。「戦争への道は、その資格のない人たちに武器を与え、予算を与えることから始まる。今の自衛隊には…」
防衛大論考――私はこう読んだ#1