不倫の罪悪感に悩むビジネスパーソンに大阿闍梨は…「お釈迦さまも、かつて妻や子を棄てました」
約1000日間、比叡山の山中などを祈りながら歩き続け、9日間断食・断水・不眠・不臥で不動真言10万回を唱える「堂入り」など、過酷さで知られる千日回峰行を達成した光永圓道さん。幾多の苦行を達成した僧侶に、一般市民が抱える悩みをぶつけてみた。
比叡山大阿闍梨の人生相談#3
結婚生活の〈心の隙間〉から生まれた不倫
【不倫・恋愛】・42歳男性(神奈川)広告代店勤務
結婚生活9年目。一人娘も小学生になり、育児もひと段落し、仕事もやりがいを持った職種とポストに就いて順調な日々を送っていました。しかし、取引先で知り合った36歳の女性と2年前から不倫関係にあります。
家庭に対して、何か大きな不満があるわけではないのですが、ちょっとしたすれ違いの連続で何か心に穴が開いたような気がして、その隙間を埋めるような感じで女性と不倫関係に陥りました。相手の女性も家庭を持っていて、お互いの家庭を壊さないように、家庭では埋まらない心の隙間を埋めるような関係としてお付き合いしています。
妻への裏切りとして罪悪感がないわけでもないのですが、関係をやめられずに2年が経ちました。
私はこのままでいいのでしょうか?
お釈迦さまも妻や子を棄てた

不倫は善いこと、それとも悪いことでしょうか。道行く皆さまに片っ端から尋ねたなら、多くのかたは「悪いことである」とお答えになるかもしれません。
お釈迦さまはもともと、ゴータマ・シッダールタの名を持つ釈迦族の王子でした。16歳の頃には結婚し、子供も授かっておられます。けれど26歳になったとき、お釈迦さまは王子の地位も、妻のヤショーダラーも、子のラゴラも捨てて、カピラ城から忽然と姿を消してしまいました。
これが「出家」の起原です。お釈迦さまが妻や子を棄ててしまっているのですから、仏教的な考え方の上では――法律やモラルと同じ地平に立って――不倫の正否を一刀両断することはできません。
仏教において、人生や物事は「諸行無常」です。この4文字は「儚い」と考えられがちですが、「変わらないものはない」というのが、本当のところ。
ゆえに私にとって、あなたからの質問は成り立ちません。〈関係をやめられずに2年が経ちました。私はこのままでいいのでしょうか〉とおっしゃいますが、仏教は〈このまま〉という概念を拒むところから始まっています。
たとえ、あなたが不倫を続けようとしても、ずっと、このまま続くことはありえません。あなたと不倫相手の関係はかならず変化しますし、妻や子供との関係も変わります。
今でさえ、あなたが〈このまま〉と思い込んでいるだけで、とっくに変わってしまっている可能性も否定できないでしょう。
人の感情や思考のなかで、もっとも警戒すべきは「完璧」という感覚

いただいた文面の一節〈お互いの家庭を壊さないように〉というフレーズが、私には特に気になりました。ただひとつ、不倫という行為を除けば、あなたの家庭が「完璧である」という自信が滲んでいるような印象を受けたのです。
ひょっとすると、そうしたあなたの「自信」が〈心の隙間〉を生み出しているのかもしれません。〈家庭では埋まらない〉のではなく、あなたが家庭に慢心し、甘え切ってしまっているからこそ生じる、ちょっとした隙間。
人の感情や思考のなかで、もっとも警戒すべきは「完璧」という感覚です。
千日回峰行を「満行」して、私は大行満大阿闍梨となりましたが、回峰行をやりとげたとは考えておりません。なぜなら千日回峰行の7年目、すなわち「最後の百日」は、じつは75日しかないからです。
頂戴した大阿闍梨の称号は、光永圓道が只今この瞬間に「完璧な大阿闍梨」であることを示しているのではなく、怠らず努めよとの戒めでしょう。私はこの「足りない25日」を、一生をかけて行じていかねばなりません。
あなたはおっしゃいます。育児がひと段落し、仕事も順調であると。
申し訳ありませんが、その言葉を額面通りには受け取れません。あなたの育児にはまだまだ改善すべき点が見つかるはずですし、もっと大きなスケールの仕事に挑戦する機会も転がっていると思うのです。
それから、もうひとつ。
〈妻への裏切り〉としての〈罪悪感〉もまた、あなたの甘えの証しです。あなたは、今でもまだ、ご自身が妻に愛されていると感じており、同時にご自身も妻を満足させていると疑っておられない。自分だけが密かに、一方的に妻を裏切り、妻からは裏切られていないと信じ切っていらっしゃるように見えます。
けれど、あなたが他の女性を抱擁しつつ妻を愛せるなら、あなたの妻にも同じ振舞いができて不思議はありません。はたしてあなたは、あなたと同じように振舞う妻を愛し続けられるでしょうか。
「自身の人生を正面から見つめ、認識し、そして選んで下さい」

まずは諸行無常を直視なさって下さい。私の人生も、あなたの人生も諸行無常です。「完璧」から程遠い人生の細部を見つめれば、私たちは皆、自分が「一切皆苦」【いっさいかいく】の世界に放り出されていることに気付くはずです。一切皆苦……すべてが苦である。
どれだけ大切でも、心から大事にしたとしても変わらないもののない世界、すべてが苦である世界で、あなたは選ばねばなりません。永遠が存在しないことをはっきりと認識した上で、なお決めることにこそ現身(うつしみ)の甲斐があるのです。
あなたは、いずれでも選べます。出家なさることも、できうるかぎりの愛情を妻や子供に注ぐことも、仕事に精を出すことも、不倫を続けることも。
目を背けてくじを引くのではなく、酔っぱらって誤魔化すのでもなく、恰好をつけるのでも、卑下するでも諦めるでもなく、ご自身の人生を正面から見つめ、認識し、そして選んで下さい。
あなたの決断に対して、善悪の砦に引きこもるような論評はいたしません。
取材・文/山田傘 写真/黒石あみ
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