#1 山上徹也が本当に殺したかったものはこちら

〝社会的弱者の男性〟が抱える憤りの火

――『令和四年のテロリズム』では、安倍元首相銃撃事件をきっかけに、メディアやSNSで政治と宗教の癒着の糾弾が盛り上がった様子を、映画『ジョーカー』のラストの暴動シーンに重なるとも書いていましたね。山上容疑者は自身のTwitterアカウントで『ジョーカー』について何度も触れていました。

山上容疑者が『ジョーカー』にこだわっていたと知ってまず思い出したのが、2021年10月31日に起こった京王線刺傷事件でした。24歳(当時)の男が他の乗客を刺し、車内で放火した事件ですが、当日はハロウィンの夜で、被告人は『バットマン』シリーズのヴィランとして知られるジョーカーの仮装をしていたことが話題になりました。

2019年に公開されたトッド・フィリップス監督による『ジョーカー』は、それまでのジョーカーの狡猾なイメージを一新して、ホアキン・フェニックス演じるアーサー=ジョーカーを〝弱者男性〟として描きました。
追い詰められたアーサーが起こした犯行は、格差社会であるゴッサムシティの市民が抱える、いわゆる〝上級国民〟に対する憤りに火をつけて、結果的に暴動を先導します。いわばアーサーも無意識的なテロリストだったわけです。

『令和元年のテロリズム』では、まさに『ジョーカー』が公開された2019年=令和元年に立て続けに起こった凶悪事件を取り上げましたが、川崎殺傷事件の容疑者は長らく引きこもり状態にありました。
元農林水産省事務次官長男殺害事件の被害者は重度のアスペルガー症候群で、加害者はその介助で困憊していました。そして、京都アニメーション放火殺傷事件の被告人も家族が崩壊していく中で失調していったというように、いずれも〝社会的弱者の男性〟が関わった事件といえます。

『令和元年のテロリズム』の追記ならぬ追章である『令和三年のテロリズム』(『新潮』2022年3月号~4月号)では、京王線刺傷事件の他、小田急線刺傷事件と北新地ビル放火殺人事件を取り上げましたが、それらも同じ系譜にあります。

つまり、『ジョーカー』は近年の日本で起こった〝社会的弱者の男性〟が関わる犯罪とリンクしていたわけで、京王線刺傷事件の被告人がジョーカーの仮装をしていたと聞いた時も、多くの人が同作品を連想したと思うんです。
ただ、被告人が犯行時に着ていたスーツの配色はよく見ると『ジョーカー』のジョーカーではなく、『ダークナイト』のジョーカーに近いんですよね。