一般的に子供の自殺が夏の時期に多く発生しているとされているのは有名だ。1学期の間に問題をため込み、夏休みの間はなんとか心を保っていたものの、2学期になって再び学校へ行かなければならなくなる。そのストレスが子供を追いつめ、自殺へと駆り立てることがあるからだ。
大人も含めて曜日ごとでいえば、月曜日が有意に多い。週末の休みが終わり、いざ学校や会社へ行かなければならなくなった時に、希死念慮が高まって自ら命を絶つことがあるのだ。
では、高齢者はどうなっているのだろう。
日本では、下図のように2006年に「自殺対策基本法」ができて以降、様々な取り組みが行われ、自殺率は着実に減少してきた(コロナ禍で一部異なるケースもある)。
孤独な高齢者を苦しめる「記念日自殺」という病―年末に高齢者の自殺が増加する理由
年末が近づくにつれて、世間ではクリスマスやお正月のイベントを心待ちにするムードが高まる。だが、年末の華やかな行事の裏で、この時期に少なくない高齢者が自ら命を絶っていることを知っているだろうか。
高齢者の中で自殺原因1位は…

出典:新潟大学大学院医歯学総合研究科 精神医学分野ホームページより
人が自殺に至るまでには、4つほどの理由があるとされている。
複数の要因が絡み合って精神的に追いつめられていくのだ。そして、高齢者の中で自殺の要因の6~7割を占めるのが「健康問題」だ。がんが再発した、体の痛みがなくならない、自力で歩くことができなくなった。加齢によって健康を損なうことで生きる意味を見出せなくなるのだ。
ただ、先述のようにそれ単体ということではなく、これに加えて経済的な問題や家族の問題など別の要因が絡み合うことで、高齢者は自殺へと追いつめられているのだ。
自殺者の大半は、その直前にうつ病などの精神疾患を患っているといわれるのはそのためだ。複数の要因によって心を病み、そこから生じる「死んでしまいたい」という希死念慮によって、自分をコントロールできない中で命を断つのである。
具体的に私が取材した事例を紹介したい。
東北の小さな田舎町に住む80代男性の自殺
その80代の男性は、東北の小さな田舎町で暮らしていた。数年前に妻に先立たれた後は、経済的な事情でアパートに引っ越して一人暮らしだった。近所には知り合いもおらず、年金で細々とした暮らしをしていたらしい。
そんなある日、男性は玄関で転倒して足を骨折したのをきっかけに次々と体に不具合が生じる。腰を痛める、疾患が見つかる、体力の低下で歩けなくなる……。体のバランスが崩れてしまったのだろう。
隣県に暮らす息子夫婦が心配して訪問介護の手配をした。だが、男性はもともと偏屈な性格であった上に、思い通りにいかないことへのいら立ちによって、ヘルパーと衝突してばかりいた。
息子が聞いた話では、ドアの鍵を閉めて籠城するとか、ヘルパーに包丁を投げつけるといったことがあったらしい。こうなると、ますます孤立することになる。
そんなある日、男性の自尊心を粉々に打ち砕くことが起こる。男性がボヤを起こしてしまったのだ。幸い、大事には至らなかったが、彼にしてみれば自分の衰えを嫌というほど突きつけられた出来事だっただろう。
息子からは「もう一人暮らしはダメだ」と言われ、大家からもアパートを出ていくよう求められた。他の住民から「一緒には住めない」という声も上がっていたようだ。数か月後、男性は別のアパートに引っ越しを余儀なくされることになった。これがショックだったのは間違いない。引っ越しの2日前、彼は包丁で自分の首を切って命を絶ったという。
私の取材に、息子は次のように語っていた。
「地域には高齢者が通えるデイサービスがあったり、小さな行事があったりします。多くのお年寄りはそういうところでストレスを発散しているんでしょうが、うちの父は『ああいうところへ行くのはリッチな人たちだけだ。俺なんかが行っても話すことがない』と言って行こうとしませんでした。格差みたいなものを感じていたみたいです」
高齢者支援において、格差の問題は看過できるものではない。
なぜ年末に高齢者の自殺が多いのか?

日本では自治体やNPOが高齢者支援と称して様々な取り組みを行っている。高齢者が一人で思い悩んだり、ストレスをため込んだりしないようにするため、大勢の人たちで集まる機会を設けているのだ。
だが、実際に支援の現場に足を運んでみると、そこに集まる人たちは適度に満たされた高齢者ばかりということが少なくない。わざわざ自分からそこに来られるのは、それなりに生活が充実していて、自分に自信があって、社交性のある人たちが大半だ。逆に本当の意味で孤立して、苦しみを抱えている人たちは、なかなか自分からアプローチしようとしない。
ある生活保護を受けていた独居老人は次のように語っていた。
「ああいうところに来るのは、一人でもやっていける元気な人たちばかりなんです。あの人たちは自分の自慢しかしない。そんな人たちと一緒にいたら、余計に自分がみじめになりますよ」
本当に支援を必要とする人たちが、支援にアプローチできないという現実があるのだ。こうしたことを踏まえると、年末に高齢者の自殺が多い理由が明らかになってくる。
孤立して一人で生きている高齢者は、そもそも社会との接点が希薄だ。そのため、社会のサイクルとはあまり関係なく生きているので、夏や週明けに自殺リスクが高まるということはあまりない。
では、どういう時に、彼らの孤独が強まり、自殺への引き金になるのか。それがイベントごとなのである。
クリスマスには町全体が華やぐし、正月に流れるテレビ番組は家族団欒を前提にしてつくられている。そのため、高齢者は普段以上に孤独を感じる傾向にあるのだ。
――世間がこんなに楽しそうに盛り上がっているのに、自分だけが一人取り残されている。
そんなふうに考えるのである。それゆえ、高齢者はこうした時期に自殺をする傾向がある。
「記念日自殺」という病い

これは「記念日自殺」とも呼ばれていて、誕生日、敬老の日などにも自殺リスクが高まると言われている。構造は同じで、記念日にこそ、彼らは孤独を膨らませるからだ。
私が取材した精神科医によれば、年末に自殺未遂をした高齢者がこんなことを言っていたそうだ。
「毎年、年末になると、今年こそ死のうと思っていました。正月にいつもと同じものを食べてテレビを見ていると、このままもう1年生きていたって仕方がないって思うんです。今年は秋から体調を崩していて、その気持ちがすごく高まっていて、つい(自殺未遂を)やってしまいました」
私が取材したケースでも、老老介護の疲労による心中が年末に起きたことがあった。妻が夫の介護に疲れ果て、彼を殺して自分も死のうとして失敗したのである。
そう考えてみると、記念日自殺は独居老人だけの問題ではなく、社会の隅で苦しんでいる高齢者全般に通じることだといえるかもしれない。
こうした悲劇を生まないためにも、私たちは「記念日」が持つ裏の意味を念頭に入れておくべきだろう。
今年も年末が近づいてきた。
誰もが何かしらの形で高齢者とかかわりがあるはずだ。記念日にふと思い出し、連絡を取ってみるだけで、その人の孤独はずいぶん和らぐのではないだろうか。
そうした優しさと意識を、一人ひとりが持ちたい。
取材・文/石井光太
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