――秦さんは15年間、デコトラ(アートトラック)の写真を撮り続けていらっしゃいますが、最初の出会いはまったく違う入口だったそうですね。
ヘアのカラーリングの撮影で、背景としておもしろいグラフィックはないかと話し合う中で、デコトラというアイデアが出たのがきっかけでした。
最初は「デコトラって、今も残っているの?」と半信半疑でしたが、探すうちにトラックドライバーの宮内龍二さんという方に出会い、所有するデコトラ「龍虎丸」を見せてもらうことになったんです。
以来、宮内さんやその兄・如弘(ひろゆき)さんにデコトラについていろいろ教わったり、如弘さん率いる「黒潮船団」というデコトラ愛好家の集まりに顔を出させてもらったり、カウントダウンイベントに毎年通ったり。趣味の枠内で撮影させてもらううち、気づけば15年が経っていました。
――デコトラに、そこまで魅了されたのはなぜでしょう?
「龍虎丸」に出会う前、写真家・小野一郎さんが撮られた「ウルトラバロック」(小野氏による造語。中南米において独自の発展をとげた建築様式)を目にして、直接見たいとメキシコの教会を訪れたんです。余白への恐怖とも思える過剰な装飾を施したあの世界と、デコトラは通じるものがある気がして。それも、惹かれた理由のひとつだと思います。
自分が普段やっていること(広告撮影やファッション撮影など)と、デコトラは真逆の世界。効率的な方法を考えたり、作品を撮る上でシンプルに、スマートに削ぎ落としたりするのとは正反対で、デコトラはひたすら華美で過剰で。言葉は悪いですが、無駄が詰まっているんですよね。

【画像あり】厚さ5センチ、重さ2.4キロの塊になった、写真家・秦淳司の15年間の“デコトラ愛”
フォトグラファー・秦淳司さんが、15年間撮り続けたデコトラ(アートトラック)の写真の数々が写真集『DEKOTORA - Spaceships on the Road in Japan -』として発売。今や絶滅危惧種とも言われるデコトラに、なぜそれほどまでに惹かれたのか。そして、今の時代にデコトラを発信する意味とは何なのか。

「このモノ自体を撮りたい」という衝動

例えば、電飾を光らせるための重いバッテリーを積んでいるので、トラックの積載量は減ってしまう。さらに、どんどん装飾して仕上がっていくほど、仕事相手からは嫌がられる(笑)。それでもデコトラで走ることに誇りを持っている……その男気に惹かれるんだと思います。
乗り物が“相棒になる”感覚
――ある意味、デコトラへの愛が、稼ぎという次元を超えている、ということなのでしょうね。
僕の親がもともと車関係の仕事をしていて、自分もバイクに乗っていたので、乗り物が“相棒になる”感覚はわかるんです。今もその感覚を持つ人たちがいるんだ、男気あふれる人たちが頑張っているんだと嬉しくもありましたね。
もちろん、今は「目立ちたい」という若い頃のハングリーさではなく、社会貢献に意識を向けている方も多い。皆さん、チャリティーのイベントをしたり、有事に物資を運ばれたりもしています。そういう素晴らしい志がある中で、実際にやっていることには無駄が詰まっている(笑)。そのギャップが、また魅力的なんです。
――デコトラを撮影する難しさ、苦労を感じるのはどんなときですか?
カウントダウンイベントの日は、吹きさらしの場所に数百台が集まるんです。それだけ密集していると人を避けて撮るのも大変ですし、どうしても排気ガスが増えてホコリっぽくもなる。その中で、いかにデコトラを瞬かせるかは難しいところです。
それと、電飾のタイミングですね。一斉に光るわけじゃなく、カチカチと点灯するものもあれば、順に光が点っていくものもある。光るタイミングを計算してシャッタースピードを調整していますが、ときには点灯する途中だったり、一部が消えているタイミングだったりが写ることもあります。でも、瞬間を切り取っているという意味では、それはそれでおもしろいのかな、と。
デコトラ登場当初から“映え”の感覚は存在していた
――デコトラとしては光っている瞬間こそが正解かもしれませんが、秦さんが撮られたモノクロ写真やパーツに寄った機械的なカットがとてもカッコよく。人が作り上げた無機質なパワーが、詰まっている感じがします。
トラックのステンレスの感じや、電球の光っていないときの造形ってカッコいいんですよ。写りはクリアではないけど、少し光が落ちている感じがよかったりもする。もちろん道を走っている瞬間こそが、“路上のアート”としての見せどころなんだろうと思ったりはしますけど。


モノクロで撮られた無機的な金属の質感が美しい
あと、興味深いのは似た部品やパーツを使っているのに、それぞれが選び、それぞれの組み立て方をすると別物のデコトラになること。その違いやこだわりが、おもしろいんですよ。今は「映える」という表現がありますが、デコトラを作り始めた人たちはすでに“映え”という感覚は持っていたんだろうなと思います。

15年間、撮りためたデコトラフォトが1冊に
――今回、撮り続けてきたデコトラを写真集『DEKOTORA』としてまとめられました。そのきっかけとは?
電気の自動車が増え始めたこと、紙媒体が減ってきたこと…。いろんな背景が重なって、一度形にしておきたいという思いは、ここ数年持っていました。
きっと、今はサブカルチャーというよりポップな見え方をしていて、見る側の感じ方も幅があるんじゃないかなと思うんです。同時に、デコトラ自体の幅も広がっていて。江戸っぽいレトロな装飾もあれば、『ONE PIECE』を部分的にモチーフにした現代的なものもある。1台の中でいろんな時代の流行を取り入れている人も、昭和の丸電球の装飾を貫いている人もいる。

しめ縄をつけたデコトラのフロント部分
『トラック野郎』(デコトラをムーブメントにした映画)の時代から続くデコトラだけでなく、今はアートピースとしての側面もあって、特有の文化として世界的な広がり方をしている。そういう時代だからこそ、デコトラを紹介していくべきだなと感じたのも、写真集を作るきっかけになりました。

デコトラの内装も、相当気合入っている
――ちなみに、海外の方はどんな反応をされるのでしょうか?
「アートトラック」という名で呼ばれていて、アート好きの方が日本まで見に来るのですが、最初はやはりびっくりされます(笑)。デコトラを知らない日本の若い世代もそうですが、「何だ、これは?」と純粋な目で見るので、変な先入観や誤解がないんですよね。
“モノとしての塊”を具現化した無骨な仕様
――写真集に掲載するカットは、どのように選ばれたのでしょうか?
自分の中で“好きなカット”は絞られてくるので、それをデザイナーさんに渡して、まず組み立ててもらったんです。というのも、こちらの思いは関係なく、ビジュアルとしてフラットな目で選んでもらいたかったから。最終的な掲載写真を決めるときに多少のせめぎ合いはありましたけど(笑)、選ばれた写真や構成は、僕の想像以上でした。

写真集の中面には、コンテナ部分に書かれた絵もたっぷり掲載
――仕様も全ページ厚紙だからこその迫力がデコトラの存在とリンクしている気がします。
側面もキレイにしたり、印刷を入れたりはせず、切りっぱなしっぽい方が無骨でいいよねと話して、こういう仕様にしました。
じつは、最初はもう少し横長で今の1/3ぐらいの厚さで作っていたんです。でも、編集者さんが「写っているものの割に、写真集としての迫力が足りない。もったいないよ。“モノとしての塊”みたいにしたほうがいいんじゃないか」と。「それ、いいですね」ともう一度作り直しました。

厚さ5センチ、重さ2.4キロ
――今回ひとつの作品としてできあがって、改めてどんなことを感じましたか?
グラフィックとしての美しさ、かっこよさを切り取った写真集なので、デコトラにまつわるバックボーンは排除して、人の匂いを出さない作りになっているんです。でも、こうしてまとめてみると、改めて自分の中に人に対しての興味が出てきて。次は、デコトラの作り手側を知りたいという気持ちにもなりましたね。
それから、改めてこの先もデコトラを撮り続けるんだろうと感じました。鉄道が好きで撮り続けている人もいれば、お花が好きで撮り続けている人もいる。それが、僕にとってはデコトラだった。デコトラを撮ることへの思いは、いつまでも素人なんだと思います。
取材・文/宮浦彰子
写真集『DEKOTORA - Spaceships on the Road in Japan -』

発行者:Cyaan 発行所:株式会社ダイアモンドヘッズ
定価:通常版/8,800円、限定版(オリジナルプリント付・3種)/38,500円
https://heads.co.jp/dekotora/
写真展『JUNJI HATA PHOTO EXHIBITION DEKOTORA − Spaceships on the Road in Japan −』
https://yf-vg.com/roll.html
会期:12月9日~12月25日 月曜休
時間:13:00-19:00
場所:Roll 東京都新宿区揚場町2-12 セントラルコーポラス No.105
問い合わせ先:080-4339-4949
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