佐野さんの手を握ったのは、これが3回目

死を目前とした病床で佐野さんが伝えたかったこと_1
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ああ、こんなに小さくなっちゃって。

火葬場の収骨室。炉から出てきたばかりの佐野眞一さんは、骨と灰の小さな山になっていた。とたんに寂しさが襲ってきた。

あの大きな背中も、人懐こい笑顔も、グローブのような分厚い手のひらも、そこにはない。肩を左右に揺らし、まるでキャッチセールスのように人を選ばず声をかけ、取材がうまくいってもいかなくても、飲み屋で大酒を食らってから一日を終える佐野さんの姿は、もう見ることができない。

もはやこの世に存在しないのだという現実を、冬枯れの樹木にも似た白い骨片の中に見た。

存命中の佐野さんと最後に会ったのは9月中旬だった。そろそろ危ないかもしれないと、旧知の編集者から連絡を受け、私は佐野さんが入院している病室を訪ねた。

ベッドに横たわった佐野さんは、もはや言葉を発することのできる状態ではなかった。痩せ細った姿が痛々しかった。

「佐野さん」

話しかけても反応はない。いつもだったら「よう」と野太い声で応答してくれるのに。
かろうじて開いたままの目は光を失う瞬間をただ待っているかのように、諦めと倦怠の色に満ちていた。

何を話したらよいのだろう。死を目前にした人に、どう呼びかけたらよいのだろう。言葉の接ぎ穂を失った私は、佐野さんの右手をそっと握った。「早く元気になって仕事しましょうよ」と、およそ現実的とは思えない言葉をつぶやいた。

でも、本心ではあった。時に周囲を辟易させるほどの佐野さんのパワーを、ノンフィクションを書くことに向けた情熱を、もう一度、目にしたかった。

私は両手で佐野さんの手を包みながら、無駄を承知で祈った。体温が伝わってきた。からだは痩せ細ってきたのに、手のひらだけは分厚いままだった。
「佐野さん」。私はもう一度、呼びかける。

その時、開いたままの佐野さんの手がわずかに動き、私の指先を包み込むように握り返してきた。小さな握力は、何を訴えていたのだろう。佐野さんの視線は私ではなく、病室の白い天井に向けられたままだったけれど、きっと私に何かを伝えていた。そう思いたかった。

そういえば──佐野さんの手を握ったことが過去にあっただろうか。ある。たぶん3回目だ。指先に力を込めて無言の会話を交わしながら、私の記憶は出会ったばかりの頃を思い出していた。