斉藤壮馬さん×安壇美緒さんスペシャル対談_1
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安壇美緒さんの『ラブカは静かに弓を持つ』は刊行直後から話題を呼び、ロングセラーとなっています。
このたび、本作に「深く潜れば潜るほど、主人公と自分を重ね、浅葉先生に救われ、突き刺される。暗い深海で一筋の光にすがるように、どうか壊れてしまわないでと願いながら、一気に読み終えました。」と推薦文を寄せてくださった声優・歌手の斉藤壮馬さんとの対談が実現しました。
斉藤さんは文芸誌で初の短編小説を発表したばかり。お二人に本作のこと、創作について存分に語っていただきました。
■文・構成/立花もも ■撮影/HAL KUZUYA(安壇さん写真)

斉藤 僕はふだん、登場人物に自分を重ねることはあまりないのですが、『ラブカ』の主人公の橘と、彼がチェロを教わる浅葉先生との関係を読みながら、僕自身を見抜かれているような心地がしました。キャラクター造形も物語運びも非常に魅力的で、結末を知ったうえであらためて読み直しても、一気に惹きこまれてしまいました。音楽の著作権をめぐるスパイ小説、という設定がそもそもおもしろいですし。

安壇 実際に、音楽教室での演奏に対して著作権料を徴収できるのか、という趣旨の裁判で、橘のように著作権を管理する団体の職員が覆面調査した事実を証言したことがありましたよね。それを小説にしてみたらどうか、と担当編集者から提案されたのですが、私自身は音楽に明るくなくて。実際に音楽教室の体験レッスンに行ってみたり、資料を読み込んだりしながら書きあげたので、そう言っていただけるとホッとします。

斉藤 橘という生徒と、先生である浅葉のやりとりが印象に残りました。浅葉先生が〈的確なイマジネーションこそが、音楽に命を与える〉と言う場面。十年ぶりにチェロを弾いた橘の中にイマジネーションが確かにあることを見抜いたうえで、それを聴く人に届ける意識をもたせるようアドバイスする姿が、僕がこれまで、声優や歌手の仕事を通じて感じてきたことと繋がりました。

安壇 浅葉、という名前を登場させた時点では、彼がどういう人物なのか何一つ考えていなかったのですが、実際に橘と出会い、レッスンを重ねていくうちに、思った以上に奥行きのあるキャラクターに育ってくれました。

斉藤 そうだったんですね。浅葉先生は社交的でオープンなわりに、どことなく掴みきれず、相手の小さな嘘をすぐ見抜く鋭さもある。自分にとっての先輩声優の木村良平さんという方に似ているなあ、と思いながら読んでいました。嘘や隠しごとをしているわけではないけれど、僕はどちらかというと橘に似ていて、明確に誰と話していても、パフォーマンスをしているときも、無意識にフィルターをかけてしまっているような感覚が消えない。浅葉先生から橘へのアドバイスは、僕に向けられてもいるようで共感しましたし、木村さんと二人で朗読したらおもしろいだろうな、とも想像しながら拝読しました。

安壇 作中で橘が『泉の絵』を思い浮かべながら、ある曲を演奏しているというエピソードは、私自身が小説を書くときにいつも、一枚絵の情景を思い浮かべているのをとりいれたのですが、斉藤さんにもそういうことはありますか?

斉藤 ありますね。僕は作詞と作曲をするのですが、楽曲の方向性を「これは晴れているけれど雨が降っている庭先の曲です」というような形でお伝えしたりします。あるいは「静止画というよりは、物事が進んでいる最中を表現しています」とか。ただ、声優のお仕事は、あらかじめ作品とキャラクターが存在しているので、あまり強くイメージをもたないほうがいい場合もあって。本当は、無色透明の水みたいなイメージでやりたいんですが、僕を介してセリフを発する以上、どうしたって色はついてしまう。現場によっては濃い味つけを求められることもありますしね。それでも、結果的にどんな色が足されるとしても、ベースの自分はできるだけ透明でいたいと思っています。

安壇 それは、最初から我を出すことをせず、まわりとの調和を考える、ということでしょうか。

斉藤 そうですね。ただ、調和を最優先に考えすぎるあまり、お芝居が成立しなくなるということもある、と先ほどお話しした木村さんに教えていただいたことがあって。バランスをとるために芝居をするのではなく、なぜバランスをとる必要があるのか、なぜそのキャラクターはバランスをとりたがっているかを考えたほうがいい、と今は考えています。その感覚は、浅葉先生が橘に教えた譜読みの仕方と近いものがある気がします。そんなふうに、非常に感覚が重なることの多い小説でした。

安壇 よかった。弓の持ち方など、技術面は資料から学ぶこともできますが、演奏に向かう心持ちは想像するしかなく、書いているあいだずっと不安だったんですよ。でも今、一つの裏付けをいただけたようで、大変、嬉しいです。

斉藤 着想はもちろん、細部の描写からも、クラシックがもともとお好きで、なおかつ丁寧に取材された結果の作品なのだと思っていたので、それほどお詳しくないとうかがって、かなり衝撃を受けました。

安壇 だいたいの人が「あ、これ知ってる」と思うような曲を知っていて、なんとなく好きなものもある、という程度で、作曲はもちろん演奏すらしません(笑)。著作権についても、初めて知ることばかりでした。裁判が報道されたとき、音楽教室のレッスンで著作権料をとらなくても、という意見が多かったですし、私自身もそう思うところもあったのですが、調べていくうちにだんだん、橘たち団体側にも言い分があり、必要だからシステムは構築されているのだということもわかってきた。あくまでエンターテインメントとして書いた小説なので、社会問題として強く提示するつもりはありませんでしたが、橘は橘でプライドをかけて任務を遂行しているのだ、ということはしっかり書いてあげたくなった。浅葉先生や他の生徒たちと仲良くなり、板挟みになればなるほど、そのプライドにすがるしかなくなっていく彼の苦しさも。

斉藤 僕自身はどちらかというと、団体の側にも立つ人間なので、その心情含め、より興味深く感じるものがあったと思います。ただ、最初に申し上げたとおり、キャラクター配置と構成があまりに巧みで、現実での自分の立ち位置は忘れて、シンプルにわくわくさせられてしまいました。「羊たちの沈黙」の原作小説を参考にされたとおっしゃっていましたが、僕の好きな香港ノワール映画にも近い雰囲気を感じました。たとえば、橘が長いあいだチェロをやめていたのには理由があって、それゆえに通っている心療内科の先生が登場するじゃないですか。物語には一見関係なさそうなキャラクターが実は重要な役割を発揮する、という展開がもうたまらないんですよ。

安壇 あの先生も、浅葉同様、最初は何も考えていなくて(笑)。前半を書き終えたころ、担当編集者さんから「登場させなくてもいいんじゃないか」と言われたくらいなんです。だけど、理由はわからないけど残しておくか、と書き続けていたら、意外な活躍を見せてくれた。序盤になんとなく登場した人を残しておくと、案外、いいことがあるんですよね(笑)。

斉藤 参考になります……! いかなる創作物も、理性でコントロールしきれない無意識領域にアクセスしてこそ飛躍すると思うんですよ。僕が想像していた以上に、安壇さんは執筆中のグルーヴ感を大事にされていると知って、だからこれほどおもしろい小説が書けるのかと、納得しました。

安壇 斉藤さんも雑誌「スピン」に短編「いさな」を掲載されましたよね(※)。読みながら、主人公が目にする実家のまわりや海の情景が自然と浮かんできましたし、読み終えたあとも余韻とともによみがえってくるものがありました。〈実家は山肌の傾斜地に立ち、目の前を川が流れている〉から始まる描写がとくに好きで、初めての作品とは思えないほど、小説としての完成度が高いので驚きました。

(※)河出書房新社の文芸誌「スピン」(2022年9月27日発売)にて斉藤さんが自身初の短編小説を発表。悩みを抱え実家に帰省した男と、声が出せない少女との出会いを描く、不思議な夏の物語。

斉藤 もともと趣味で小説は書いていたんですが、この小説は、長いことうまく書けずにいたものなんです。海に迷い込んできたくじらと、その背に乗って大海原にでていく少女という情景のイメージだけはずっと抱いていたんですが、同じタイトルの歌だけが先にできあがっていて。小説のご依頼をいただいたのをきっかけに、ようやく完成させることができました。母の地元である和歌山の海をモデルに、僕が子どもの頃本当に迷い込んできたことのあるくじらのエピソードなど、断片的な記憶を盛り込みながら書いたのも、よかったのかもしれません。

安壇 同じ雑誌に掲載されていたエッセイでも海について書かれていましたが、もともとお好きなんですか。

斉藤 実はそうでもなくて(笑)。和歌山では、台風後は海に行ってはいけないと言われているんですが、妹と行ってみたら全身をイトクラゲに刺され、本気で死ぬ思いをしたことがあったんですよね。それなのに父には気合が足りないからだと言われ……以来、どちらかというと好きではないんですが、言われてみれば確かに、海や水をモチーフとして使う傾向があります。海のない山梨県で育ったので、無意識に憧れているのかな。

安壇 自然の情景のなかで、男と少女が淡々と会話していくだけなのに、登場人物にも物語にも奥行きがあって、この短さのなかにアルコール依存症というテーマも盛り込んでいる。実はものすごく難しいことに取り組まれているのに、それを感じさせない心地よい読み応えがありました。斉藤さんの小説、もっと読んでみたいです。

斉藤 ありがとうございます。『ラブカ』を読んでいたときは、いい文章ってどういうものだろうと思い悩んでもいた時期で。聞こえのいい音色で本人の気持ちいいテンポでしゃべっているからといって、聞いた人の心を動かす芝居にはならないというのと同じで、演奏も文章も、創作の根源には率直に自分と向き合う心が必要なのだなとあらためて思いました。これは安壇さんの前作『金木犀とメテオラ』にも、作風の違いはあれど、通ずるものを感じます。実をいうと、声優よりも先になりたいと思った職業が小説家なので、声優の道を歩んできた今、機会をいただけたのは御褒美のようなものだなと捉えていて。芝居と音楽、文学が融合したような表現を、自分なりに探っていきたいと考えています。本日はとても素敵な時間をありがとうございました。

安壇 楽しみにしています。私も今日、斉藤さんのお話にとても励まされました。これからもジャンルを固定せず、自分が書きたいと思うものを、あるべき姿に持っていけるよう、粛々と向き合っていけたらと思います。今日は本当に、ありがとうございました。

斉藤壮馬さん×安壇美緒さんスペシャル対談_2
斉藤壮馬さん×安壇美緒さんスペシャル対談、
『ラブカは静かに弓を持つ』スピンオフ掌編
を収録した

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