――コロナ禍での3度目の小学校受験シーズンがやってきました。一昨年、昨年と比べて、今年の動向はどのような印象を受けますか?
「今年に関わらず、ここ最近の傾向ではありますが、『ブランド校=伝統校』という方程式が必ずしも当てはまるわけではないことを感じています。
伝統校ではなくとも英語教育に力を入れていたり、特徴的な教育プログラムを取り入れていたりする学校が注目されるようになってきました。都内だと、東京農業大学稲花小学校や立川国際中等教育学校附属小学校などが代表例ですね。
保護者が、ブランドではなくカリキュラムを見て学校を決めるようになってきたということです」
小学校受験の難易度が上がる? コロナ禍チルドレンがぶつかる入試の壁とその対策
2022年も10月から私立小学校の受験シーズンに突入した。2023年度入学試験の状況は、新型コロナウィルスが流行した直近2年と様子が変わるだろうと予測されている。コロナ禍を経験した子どもたちに見られる「ある特徴」と、来年度以降の受験に挑戦する子どもに必要なポイントを、幼児教育の第一人者であるこぐま会代表・久野泰可氏にお聞きした。
2023年度入試から、小学校受験の様相が変わる?
――どのような教育を受けさせたいかで決めるのが当たり前になってきたのですね。そういった中で、今年の小学校入試の難易度が上がる可能性があるとお聞きしました。
「正確には、『以前の難易度に戻る』と言うべきでしょう。
実はコロナ禍の2年間は、それ以前に比べて全体的に入試内容がかなり易しくなっていました。これは、学校側がコロナ禍で子どもたちが十分な受験対策ができないことを考慮したためです。
しかし、試験を易しくした結果、子どもたちの実力を正確に測ることができなかったという課題を感じた学校も多かったようです。
そこで、『Withコロナ』と言われるように学校や社会が以前のような活動を取り戻しつつある今、少しずつ以前の難易度に戻していこうとなっているわけです」
コロナ前の形に戻ることが予想される「行動観察」試験
――具体的には、どのように入試内容が変わると予想されますか?
「まず、行動観察試験では、この2年間は子ども同士の接触を避けるために、命令指示行動(先生が説明、指示したことを行えるかを観察する)が多かったのですが、その形式が減り、コロナ禍以前も行われていた、自由遊びや相談して作ったものを使ってごっこ遊びをするという内容が増えるのではないかと考えます。
人の話を聞くことに加えて、自分の意見をしっかりと伝え、他者と協力してやり抜くことができるかどうかが重視されるのではないでしょうか」
――コロナ禍以前の形式に戻るのであれば、対策はしやすいようにも感じますが……。
「子どもにもよりますが、コロナ禍でマスク着用、人との接触を制限されて育った子どもたちは、お友達や先生の表情を見て、相手がしたいことや考えていることを想像するのが苦手という傾向があります。
また、自分の考えを発言するということについても、苦手意識をもっている子は少なくないと思います。事実、弊社の教室でも、コロナ禍以前は『聞いて聞いて!』と我先に話をする子が多かったのですが、現在は何か質問をしても、子どもたちが『話してもいいのかな』と周りを気にして、教室がシーンとしてしまうことがよくあります。
そういった変化がある中で、友達や先生とコミュニケーションを取れるかどうかを見られるというのは、以前よりもハードルが高くなっている可能性がありますね」
問題集では対応できない問題が増えている
――ペーパー試験についてはいかがですか?
「ペーパー試験は、より子どもの『考える力』を問うような、生活に密着した問題が増えることが予想されます。

典型的な回転推理の問題「観覧車」(こぐま会提供)
画像は、小学校入試の問題の中で難しい問題の一つである、回転推理の問題です。
例えば『ゾウが右回りでキツネのいるところまで行くと、キツネは、今誰がいるところまで行きますか?』と問われます。これだけなら指で数えれば追えますね。
次に『ゾウが右回りでキツネのいるところまで行くと、今ゾウがいるところには誰がきますか?』という問いが出ます。少し難しいですが、受験対策をしている子どもは解き方を知っており、『パンダ』と答えます。
しかし『どうして反対回りに数えるの?』と聞くと、『お母さんにそう教えてもらったから』といい、その仕組みを説明できない子がいるんですよね。
これは、実体験が足りておらず、知識が体験に基づいていないことに原因があります。必ずしもコロナ禍のせいだけではありませんが、長らく行動制限されていたことを考えると、全くの無関係でもないと思います。
体験に基づかない知識はいずれ忘れてしまいます。事実、幼児期に受験対策として知識を詰め込んでも「考える力」が身についていないため、入学後の応用問題(特に算数)が解けないということがよくみられるようです。

「小学校入試は、以前の難易度に戻る」とこぐま会代表の久野泰可氏
子どもに必要なのは、「訓練」よりも「経験」
――来年度以降に受験する子どもたちも、幼児期をコロナ禍で過ごした子たちです。こうした入試形式の変化を受けて、家庭でできることはありますか。
「やはり、実体験の機会を増やしてあげてほしいなと思いますね。
ペーパー試験のために必死に暗記し、記憶するのではなく、実際に手を動かして積み木を積んだり、街に出かけて先ほどの観覧車のような実体験をしてみたりすることで、『経験を伴う知識』にしてあげてほしいです。
弊社では、コロナ禍の子どもでも経験できる、『お料理づくり』のお手伝いを学びにつなげる教材を作っています。こういったものを活かして、豊かな経験を積んでほしいと思います」

こぐま会が発行する「じぶんだけのおりょうりれしぴ」(定価440円)
――今後も加熱が予想される小学校受験ですが、久野さんが受験を目指すご家庭に伝えたいことは何でしょうか。
「子どもの視点を忘れないでほしいということです。
現在、受験ビジネスが盛んになっており、難しい問題をたくさん解かせる塾、ついていけずに泣いている子どもには教室から出てもらうという塾もあると聞きます。
そういった塾は、子どもを育てるという視点よりも先に『とにかく合格させる』ことがゴールになっています。こうしたプロセスを問わない教育は、将来の基礎を育てる教育とは真逆な教育だと思います。これは子どもの心の成長の阻害にもつながります。
合否という結果が伴うといえど、子どもたちにとって最初の学びであるということを念頭に置き、当事者である子どもの心や視点も忘れずに、家族で足並みを揃えて頑張ってほしいなと思いますね」
取材・文/マサキヨウコ
新着記事
40歳サラリーマン、衝撃のリアル「初職の不遇さが、その後のキャリア人生や健康問題にまでに影響する」受け入れがたい無理ゲー社会の実情
『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』#3
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2