養子縁組、代理母出産、精子提供で家族を築く性的少数者(LGBTQ)や異性愛者がいる。そんな多様な家族の在り方を実現している人たちの壁となるのが、『伝統的家族』といった保守的価値観からくる偏見だろう。
しかし、家族にとって本当に大切なことは何だろうか?
婚姻関係にある男女+子供といった一般的な「家族構成」のことなのか?
いろいろな‶あたりまえ〟を押しつける前に考えてみたい。
家族のカタチに正しさはあるのかーー。家族って何ですか?
子供を授かったレズビアンカップルが、葛藤しながらも子供の顔出しをする理由
知人男性から精子提供を受けて子供を授かった長村さと子さんとパートナーの茂田まみこさん。レズビアンカップルとして出産・育児をすることを決断した2人に「家族とは何か?」を問いかけた。
家族の数だけカタチがある#1
「友情結婚」「選択的シングルマザー」以外の選択
※
長村さと子さん(38歳)とパートナーの茂田(もだ)まみこさん(41歳)が親になりもうすぐ1年を迎えようとしている。2人の間には2021年12月に待望の赤ちゃんが誕生した。ニックネームは「いったん」、男の子だ。

長村さと子さん(左)と茂田まみこさん(右)
「毎日新しい発見があって楽しいです。目が離せないし、すごく大変なのも事実なんですけど、妊活が長かったこともあって、待望の子供が目の前にいる、そのことがまだ夢みたいな感じで。自分の気持ちが追いついてない状態です」
誕生の喜びをそう表現する長村さん。男性と友情結婚(※恋愛感情や性愛とは関係なく、友情や信頼関係のもとで婚姻を結ぶこと)して、人工受精などで子を授かるレズビアンもいたが、長村さんは精子提供を受け、妊娠・出産をして、同性パートナーとともに育児をしたいと思っていた。
「女性が好きな気持ちを世間に隠すつもりもなかったので、友情結婚する選択肢はなかったです。パートナーからの理解が得られず、選択的シングルマザー(※自らの意志で結婚をせずに母になることを選んだ女性)も考えていたことはあります」
20代の早いうちにそのようなビジョンを持ったのも、精子バンクを利用し、妊活している女性たちがいることを知ったからだ。
信頼できる精子提供者との出会い
その後も情報収集につとめ、やがて「子供がほしい」「子供を育てている」LGBTQの人たちを支援する「一般社団法人こどまっぷ」の前身団体を2014年に立ち上げた。つながりが広がっていくと同時に、長村さんの‶同性パートナーと育児をしたい〟という夢に伴走する相手が現れた。それが現在のパートナー茂田さんだ。

「ほぼ一目惚れです。付き合う前から『私は子供がほしい人じゃないとつき合えないから』ということは言われました。コミュニティのなかでも子供を持つことに反対する人は結構いて、いろいろ意見されたこともあったようです。でも私は『いいんじゃない』と」(茂田さん)
飲食店3店舗を仕切る実業家で、「こどまっぷ」の代表として活動している長村さんをうしろから支えているのが茂田さん、といった印象だ。凹凸がはまった2人は、信頼できる男性から精子提供を受けるべく行動を起こした。
しかし、信頼、尊敬できるドナーにすぐには出会えない。出会えたとしてドナーの依頼をし、断られることも当然ある。そういったことを数度繰り返し、ようやく2人の未来像を理解し、協力してくれるドナーが現れたのだ。
「私、性暴力の経験があるので、近くに男性がいると身体が堅くなってしまうんです。ドナーをお願いする人には、自分の身体が嫌な反応をしないことが大事でした。そのドナーは隣にいてもリラックスできて話せる人でした。あと、なぜ、その人を選んだのか子供にちゃんと言える人がいいなと思っていたので、尊敬できる人を探していました」(長村さん)
欧米の基準から遅れている日本の法制度
そのドナーとはいくつかの話し合いを重ねた。「誕生した子供にドナーの身元を伝えてもよいか」「子供が会いたいといったら会ってくれるか」など。この「子供がその出自を知る」ことは当然の権利のように思えるが、日本では現在も法的に保障されていない。そもそも医療機関で非配偶者間(第三者)の精子による人工授精(AID:Artificial Insemination with Donor semen)は婚姻夫婦以外に認められていない。
日本産科婦人科学会がそう定めている。よって、婚姻関係にない性的少数者や選択的シングルマザー(シングル女性)にははじめから人工授精の門戸が閉ざされている。

そうした状況なので、現在妊娠を望む人たちは私的に個人間で精子の提供を行っている。そういったサイトも存在しているし、海外の精子バンクを利用する人もいる。(ごく一部の医療機関は、性的少数者やシングル女性の子供を持ちたいという思いに理解を示し、治療を受け入れてくれるところもある)
個人間の精子提供に関しては、感染症や遺伝性疾患など医学的な面での不安が指摘されている。……と、こう書くと、性的少数者や選択的シングルマザーは自己都合で無謀な計画を実行している身勝手な人と思われかねない。
しかし、前述した通り日本では「医療機関での提供精子を使った人工授精は婚姻夫婦のみ」という方針を掲げているので、そうせざるを得ないのだ。そして、それがいよいよ学会のガイドラインから法整備化される動きになっている。
日本で初めて提供精子を使った人工授精によって子供が誕生したのは1949年(昭和24年)。すでに73年の歴史がある。その間、医療技術は進歩し、グローバル化も進み、インターネットの登場で情報量は増して拡散力も飛躍した。それにともない人々の価値観は多様化、生殖のニーズも多様となった。
現実に即した法案が日本でも検討なされるのかと思いきや、決してそうではない状況なのだ。
出自を知る権利に関しても、ドナーの意思によって開示内容を委ねるといった内容で法規制されようとしている。海外に目を向ければ、スウェーデンやオーストリア、ドイツ、スイス、ノルウェー、フィンランド、イギリス、ニュージーランド、オーストラリアの一部の州などで子供の出自を知る権利が保障されている。こうした国々では、子供が一定の年齢に達したときにドナーを特定できる情報(名前など)を得ることができ、精子提供後にたとえドナーの意向が変わっても覆すことはできない。
それでも子供の顔出しをして発信する理由
性的少数者や選択的シングルマザーはAIDの門前払いとなり、子供のアイデンティティに関わる出自を知る権利は子供側の視点には立っていない。ならば長村さん&茂田さんのように、子供の出自を知る権利などに協力するドナーを自分たちで探したほうが、生まれてくる子供に対しても誠実に思える。

「もし子供が自分の出自について興味が出てきたときに、私たちが何をしてあげられるのかを考えました。ドナーになった人が提供してくれた理由を直接話せるように許可をもらっていますし、会うこともできます」
現在、メディアから取材の依頼があった際やYouTube「ママンズチャンネル」など自分たちから発信するときは一家3人、顔出しをして発信している。しかし、そこには葛藤があるという。
「本当は子供の顔を出したくないんです。なぜなら生まれてきてくれて、やはりこの子を守りたいと思ったから。ケチをつける人間はどうしてもいますし。葛藤です。子供が少しでも嫌がる様子を見せたらやめようと思っています」
葛藤の末に子供の顔を出して発信することを決めたのにはもちろん理由がある。
「今は法的に私たちは家族としてみなされていません。それは生まれてきた子供の人生にも今後大きく関わることです。普通以外は悪いことのように言われる日本で、もっといろいろな家族が可視化されることによって、我が子が特別視されず、いろいろな人にとっても生きやすい社会になってほしい。こうして顔を出しているのは、次の世代に繋げるためにもやっていくべきことだと思っているからです」
取材・文/中塩智恵子
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