「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_1
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未解決で終わった婦女暴行殺人事件から十年後、同じ手口で若い女性が殺された。果たして、同一犯か模倣犯か。冒頭から緊迫感あるシーンで始まる壮大な犯罪小説『リバー』。著者の奥田英朗氏に作品について聞いてみた。小説とは何か、目指すのはどこか……奥田流小説論にも迫る!

撮影/藤澤由加 聞き手・構成/タカザワケンジ

北関東で起きる連続殺人事件を追う

――『リバー』は北関東で起きた連続殺人事件の捜査に絡む刑事、被害者家族、新聞記者、そして容疑者たちにそれぞれフォーカスしたスケールの大きな群像劇になっています。どのようなところから構想されたのでしょうか。

奥田 僕は映画からヒントを得ることが多いのですが、今回はデヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』と、ポン・ジュノの『殺人の追憶』、この二作が頭の中にずっとあって、こういうテイストのものを書きたいなと。どちらも犯人捜しがメインじゃなくて、事件に絡んでくる人間模様がリアルで面白い。

――たしかにどちらの映画も連続殺人事件が描かれていて、『リバー』の冒頭も『殺人の追憶』と同様に死体が発見されるところから始まりますね。しかし『リバー』で死体が発見されたのは県境の渡良瀬川の両岸で、群馬側、栃木側という順で婦女暴行殺人事件が起きます。しかも十年前に連続殺人があったということで話がさらに複雑になっていきます。川を挟んで起きる連続殺人事件という展開は、どういうところから来たんでしょうか。

奥田 群馬、栃木にまたがる女児連続殺人事件がありましたよね。一九七〇年代初頭には群馬で起きた大久保清の連続婦女暴行殺人事件もあったから、そのイメージがあったのかもしれない。それに警視庁や大阪府警はいろんな作家が書いているから、都市部ではなく地方の警察を書いてみたかったということもありますね。群馬県警は以前、取材経験があったので、記者クラブがどこにあるとか、細々したことを知っていたので書きやすいということもありました。

――取材されたのは『沈黙の町で』のときですか。

奥田 そうそう。県警本部長室に呼ばれて、本部長とちょっと会談したりもしました。「警察官僚ってこういう人なのか」と思ったり。それで何となくなじみがあったんですね。

――『リバー』の連載前に舞台となった場所に足を運ばれたそうですね。

奥田 行きました。行って、そこの風にあたってくれば何となくわかるかなと。渡良瀬川の河川敷には野球部の子たちがいて挨拶してくれたり、小説に出てくる通りですよ。

――のんびりとした河川敷の風景が殺人事件で一変し、地域に緊張が走ります。連続殺人という大事件だけにたくさんの人物が登場しますが、奥田さんは群像劇の名手でもあり、今回も事件に関わる人たちの多視点で書いていますね。

奥田 多視点で重層的に描くことで物語の全体が見えるということもあるし、チャップリンの「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」という言葉が好きなんです。近くで見ると当事者は泣いているけれど、遠くから客観的に見るとその出来事は喜劇に思える。小説はその中間にいるべきなんじゃないかっていう気持ちがずっとあって。とくに今回は主人公を一人に絞らずに、誰にも肩入れしないようにしたかった。全員と同距離を保つ。被害者とも、容疑者とも。
 登場人物を善悪で裁くようなことは僕にはできないし、する気もない。そういう考え方で書くなら群像劇が都合がいいわけです。

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_2
奥田さんの自宅で行われたインタビュー。DVDや本がぎっしりつまった本棚には、奥田さん自身が描いた絵が飾ってある。「描き始めたのは今年の四月。子どもの頃、絵を描くのが好きだったんですよ。でも高校の美術の時間が最後で、それ以来絵筆を持ったこともなかったんだけど、やってみると面白くて。夜に少しずつ描いています。一気に描こうとすると飽きちゃうから、それにちょっと時間をおいて見返したほうがいいんです」(奥田)

新旧世代の刑事と三人の容疑者

――事件を追う警察の関係者だけでも、群馬、栃木の両県警から参加する刑事たちがいて、現場の若手からベテランと幅広い。さらには十年前の事件を捜査したOB、元栃木県警の滝本誠司の執念が印象に残ります。

奥田 昔の刑事って暴走しやすかったと思いますね。今のようにガバナンスとかコンプライアンスとかうるさくなかったから。警察OBの話を聞いても、かつては暴力団と付き合ったり、容疑者を殴ったりすることが平気であったそうだし、社会の目もそんなに厳しくなかった。逆に人情刑事みたいな人もいたそうだし。今はもう失点が怖いから、はみ出すようなことはやらないだろうけど。

――新旧の刑事気質の描写も印象的でした。二十代~三十代の刑事たちは仕事にまじめに取り組みながら、家族とも良好な関係を築こうと腐心している。一方で、旧世代の滝本は妻からなかば見捨てられているという自覚がある。また、容疑者気質も描き分けられていて、滝本が十年前から追い続けている池田などは、警察を挑発し続ける人物です。

奥田 昔から日本中どこにでもああいう人物はいるんですよ。これも警察OBに聞いたことですが、東京でオリンピックの開会式のような大きなイベントがあると、地方の警察は一カ月くらい前から警備のために特定の人物をマークするわけです。ずっと行確(行動確認)するわけですよ。その時期に東京に行って事件を起こさないように。

――池田のほかに二人、つまり容疑者が三人浮上します。四十代の池田と、三十代前半の平塚健太郎と刈谷文彦というそれぞれ個性的な男が出てきます。

奥田 容疑者が三人というのは、書き手としては犯人をわからなくする、捜査を混乱させる目的ですよね。読者にも混乱してほしい。でも設計図を引いてこういうキャラクターを三人出そうと決めたわけではなくて偶然です。捜査線上に当然何人か容疑者が浮かぶだろうなと思いながら書いて、書いているうちに出てきたっていう感じですね。

――奥田さんは細かくプロットを立てるわけではないとうかがっています。

奥田 立てられないですね。容疑者三人に関しても、書いているうちにだんだん自由になっていって、これだけ書いたんだからもっと事件に絡ませようって考えていったという感じですね。

――読者も刑事たちと一緒に捜査の進展に一喜一憂するわけですが、三人それぞれに怪しいところがあり、犯人像とズレるところもある。とくに平塚健太郎は解離性人格障害(多重人格)かもしれないという仰天の展開があるわけですが。

奥田 混乱させるだけさせて、最後にどう落とし前をつけるかということを自分に課すわけですよ。どんどん混乱させて、どうすりゃいいのか自分も刑事と一緒に考えるわけです。
 書いていて、都合のいいほうと悪いほうがあったら、悪いほうを選ぶわけ。そうすると作家も否応なく考えるから。言ってみれば自分で考えてもいなかったことをどんどん書いているんですよ。そうやって読者の興味をつないでいくっていうやり方ですね。

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「ブルース・スプリングスティーンやチャック・ベリーなど、自分の好きなレコードジャケットのイメージだったり、スティーブ・マックイーンなどの映画スターの姿を模写して楽しんでいます」(奥田)