2012年12月に自民党・第二次安倍政権が発足してからこの10年間にわたり、「新たに事前登録が認められたフリーランス記者は0名」という、世界に類を見ない“異常な閉鎖性”の中で行われている日本の総理大臣記者会見。
フリーランス記者がこれに参加し、質問するには、通過すべき4つの関門(① 事前登録→②抽選→③参加→④質問)がある。前回までの計3回のレポートでお伝えした通り、筆者は最初の関門である事前登録を突破するだけでも3ヶ月以上を要した。今回は事前登録に成功した翌日(2022年8月10日)、筆者が一気に2つの関門(②抽選、③参加)を突破した1日の出来事をお伝えする。
官邸報道室からフリー記者への総理会見の開催案内は、参加申込の締切時刻直前に送られてくることは既に有名な話であった。
そのため、岸田改造内閣の発足日であり、総理大臣会見が行われる可能性が高いと事前に予想できた8月10日、私は朝から頻繁に官邸報道室からのメールをチェックしていた。しかし、何の連絡もないまま正午を過ぎる。
「常識的に考えれば、開催連絡は当日の午前中までに送られてくるだろう」と考えていた私は、本日中の開催は無いと判断して、13時過ぎに昼食をとるため外出した。ところが、昼食から戻った14時過ぎ、官邸報道室からのメールに気付く。それは本日18時から開催される総理会見の開催案内であった。
記者が総理大臣記者会見で見た「あまりに奇妙な光景」ーやはり質問者の指名順序は事前に決まっている⁉
「直近10年で新たに事前登録が認められたフリーランス記者は0名」という、日本の総理大臣記者会見の異常な閉鎖性を伝えるシリーズ企画の第4弾。様々な障壁を乗り越え、フリーランス記者としては10年ぶりに総理大臣記者会見に参加した犬飼淳氏だったが、そこで見たのはジャーナリズムとはほど遠い、あまりに奇妙な光景だった。
申込締切まで1時間を切ったタイミングでの開催連絡
内閣総理大臣記者会見 事前登録者 各位
岸田内閣総理大臣記者会見を以下のとおり行いますので、参加希望の方は添付の参加申込書により御登録をお願いいたします。
いわゆる3つの「密」を避けるため、前回同様、事前登録を行っていただいた方(常勤幹事社を除く)のうち抽選に当選した方のみご参加いただきます。7月14日の会見で当選した方以外の方を優先します。当選された方にはなるべく早くこちらからご連絡させていただきます。事前登録期間までに登録が無い場合、抽選対象とはなりません。
1.日時 令和4年8月10日(水)18:00メド[於:官邸1階会見室]
2.事前登録期間 令和4年8月10日(水)14:30まで(時間厳守)
引用:官邸報道室から筆者へのメール(2022年8月10日 13:42発信)の冒頭を抜粋

官邸報道室から筆者へのメール(2022年8月10日 13:42発信)
まさかこのタイミングで送られてくるとは……呆気にとられながらメールの送信時間を確認すると13時42分。申込締切(14時30分)まで48分しかない。しかも、私がこのメールに気付いたのが14時5分だから、申込締切まで25分しかない。
開催案内をもらうのも初めてだったため、内容を熟読した上で大急ぎで申込書を完成させて、14時18分にメールで提出。何とか締切時間には間に合ったが、これは私が当日に会見が行われる可能性が高いと見越して、事前にほぼ記入済みの申込書を準備していたからだ。もし何も準備していなかったらタイムリミットには間に合わなかっただろう。
噂には聞いていたが、筆者は早速、「不意打ちのように送られてくる開催案内」と「受け取った時点で、申込締切までのタイムリミットは1時間未満」という“総理会見の洗礼”を受けたわけである。
今回の改造内閣発足日のように、分かりやすくヤマを張れる日ですらここまでドタバタするのだから、今後のことを考えると先が思いやられる。だが、常識的に考えれば、総理会見の開催が開始時刻のわずか4時間半前に決定したとは考えづらい。このあたりにも、一貫して会見の参加ハードルを引き上げようとする官邸報道室の姿勢が垣間見える。
そして、参加申込締切から約30分後の14時59分、官邸報道室から電話があった。なんと、抽選に当たったので今夜の会見に参加できるというのだ。こうして、会見の開催を知ってから1時間も経たないうちに、初めての総理大臣記者会見への参加が決まったのだった。
質問も回答も中身がない総理会見
首相官邸へ向かい、会見開始の15分前にあたる17時45分に会見室へ入室すると、官邸報道室の職員から私の座席は「前方3列目の左から5番目」と案内される。職員の手元には記者全員の名前入りの座席表があり、記者全員の座る位置が事前に決められていると初めて知る。

会見に参加するペン記者(質問したり、記事を書く記者)の29席(内閣記者会常勤幹事社19席、専門新聞協会・雑誌協会・外国プレス・フリーランス10席)が3列(1列目10席、2列目9席、3列目10席)に設置されており、筆者の座席は後方の中央付近だった。
また、スタンドマイクが記者席に4ヶ所設置されており、記者は指名後に座席から最も近いマイクの前に移動して質問する形になる。

17時59分頃に岸田文雄総理が入室し、定刻の18時0分についに会見が始まった。
岸田総理は冒頭18分間で原稿を読み上げた後、約28分間にわたって計8名(幹事社2名を含む)の質疑応答がなされたが、率直に言って中身のない内容ばかりであった。

岸田総理は冒頭、原稿を読み上げながら「内閣改造の狙い」に大半の時間を費やす一方、世間から注目を集めている旧統一教会と自民党の癒着については、最後にわずかに触れたのみ。その内容は以下のようなものだった。
・岸田総理自身は当該団体とは関係はない
・閣僚には当該団体との関係を点検し、見直すことを了解した者のみを任命した
・閣僚にはさらに2点(信教の自由は尊重すべきだが法令から逸脱する行為があれば厳正に対処する、法務大臣及び関係大臣には不法行為の相談、被害者救済に万全を尽くす)を指示した
今回任命された閣僚にも、複数の旧統一教会関係者がいることが既に明らかになっていたにもかかわらず、まともな説明は皆無だった。さらにひどかったのが、記者たちの質問内容だ。
質問できた記者8名のうち、旧統一教会について質問したのは僅か1名(2人目の東京新聞・金杉記者)にとどまった上、聞き方も甘い(党として問題を調査する考え、政策に与えた影響、安倍元総理がビデオ出演したことの是非、等)ため、岸田総理はこれまでも繰り返してきた形式的な説明を読み上げるだけで回答を済ませてしまう。
他の7名は旧統一教会には触れなかった上、さらに生ぬるい質問(内閣のネーミング、補正予算編成の考え、国葬反対の声への受け止め、等)に終始した。
はっきり言って、これらの質問や回答は詳しくチェックする価値すら無いと思えたが、念のため以下の2枚のスライドに示す。


*会見の冒頭発言と質疑全文は首相官邸ウェブサイト https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0810kaiken.html 参照
私は会見を通して挙手し続けたものの、当然ながら指名されることはなく(そもそも司会が後方席を見ること自体がほとんどなく)、司会は会見終了を宣言。
ここで一部のフリー記者から「会見が短すぎる」との声が上がり、私も思わず「8人しかやってませんよ! 短すぎますよ!」と抗議の声をあげてしまった。しかし、岸田総理は「聞く力」を一切見せることなく、抗議を完全無視したまま退室した。
*会見打ち切り時の約1分間の映像は下記のYoutube動画参照。
外部配信サイト等で動画を再生できない場合は、筆者のYoutubeチャンネル「犬飼淳 / Jun Inukai」を参照下さい。
やはり指名順序は事前に決まっていた
こうして初めての総理会見はあっけなく終わった。中身のない質疑内容にはがっかりしたが、一方で収穫もあった。というのも、現地で目撃したあまりに奇妙な光景から、噂レベルで聞いていた「会見進行に関する重大な疑念」が、ほぼ確信に変わったからだ。これらは中継映像には映らず、現地参加しないと気付けない内容といえるだろう。
まず、過去に他のフリーランス記者も度々指摘してきたことではあるが、「質問の指名順序が会見前に決まっている」は、間違いなく事実であると感じた。最も分かりやすかったのは、3人目に質問を行ったTBS中村記者の指名シーン。
幹事社2名(共同通信、東京新聞)の質問が終わった直後のため、ほとんどの記者が一斉に挙手したが、なんと司会者(四方敬之 内閣広報官)は手元の紙資料に視線を落としたまま、一度も会見室の大勢の挙手を見ることなく、「TBS、中村さん」と指名したのだ!
その瞬間「司会者は超能力者なのか⁉」と呆気に取られてしまった。そうでもない限り、「3人目にTBS 中村記者を指名することは事前に決まっていた」と思わざるを得ない。さらに、6人目の京都新聞・国貞記者の指名時にも全く同じことが起きた。
他の記者(4人目 NHK ・伏見記者、5人目読売新聞・海谷記者、7人目 BBC・ 鄭記者、8人目ジャパンタイムズ・フィー記者)の指名時は、さすがに司会者も顔を上げて会見室の挙手を見渡していたが、ここでも瞬時に指名していたため、一部(もしくは全員)の指名は事前に決まっていた可能性がある。
総理には目も向けず、手元の原稿を見つめる奇妙な記者たち
司会者だけではなく、質問した記者8名全員に共通する奇妙な行動も私は現地で目撃した。
まず、質問時に8名全員が、質問内容が書かれたA4サイズの紙(8人目のジャパンタイムズのみスマホ)を持って、スタンドマイクの前に移動した。そして、なぜか質問相手である岸田総理のことはほとんど見ず、常に手元に視線を落として、完全に紙を読み上げる形で質問内容を発言したのだ。
時おり岸田総理に視線を移すなどの余裕が見られたのは、ごく少数の記者だけだった。他の記者会見でもメモを見ながら質問する記者を見かけたことはあるが、ここまで完全に紙を読み上げるスタイルはこれまで見たことが無いし、それが8人連続で続くのは余りにも奇妙であった。
そもそも、首相官邸ウェブサイトで公開されている質疑全文を見れば分かる通り、記者たちの質問はそこまで複雑ではないし、長くもない。十分に暗記できる内容といえるだろう。加えて、質問している記者たちは、いずれも大手メディアを代表して総理大臣記者会見に参加しているのだから、きっと優秀で、記憶力も高いはずだ。
そのような優秀な記者たちが揃いも揃って、単純な質問をするのに原稿から目を離さず、本来しっかり見るべき質問相手の岸田総理を見ることもほとんど無い。これらを見るに、もうひとつの疑念を抱いた。
それは「記者は事前に提出した質問を一字一句間違えず、正確に読み上げなければならない」ことが、暗黙のルールになっているのではないかということだ。
官邸報道室がそのように圧力をかけているのか、それとも記者たちが自発的にやっているのかは定かでないが、こうした疑念を感じるほど、質問時の記者の手元の紙への食いつきっぷりは異様であった。
*官邸報道室が内閣記者会の質問を事前に把握していることは国会(2020年3月2日 参議院 予算委員会 蓮舫議員の質問に対する安倍総理答弁)で政府も認めている。詳細は当日会議録の発言No290〜303参照
ちなみに筆者は今回、官邸報道室から質問を事前に聞かれる機会は無かったし、今後、質問の事前提出を求められても応じるつもりは一切ない。それによって指名のチャンスはさらに遠のくであろうが、はっきり言って台本ありきの「会見ごっこ」に加担してまで指名されたいとは思わない。
こうした予定調和な総理会見の進行を黙認する内閣記者会のことを、一部で「劇団」と揶揄する声もあるが、私は今回、この光景を目の当たりにして「劇団」にすら達していないと感じた。
仮に内閣記者会が「プロの劇団」だとすれば、総理大臣記者会見は重要な「本番の舞台」である。しかし「劇団員」である記者たちは、台本(原稿)から頑なに目を離さず、共演者の顔を見ることもなく、ただただセリフ(質問)を読んでいるだけ。これではただの「本読み」だろう。
つまり、内閣記者会と総理は、台本を読み上げるという「内輪の稽古風景」をあろうことか「本番の舞台」で公開しているに等しい。観客がいたら「金、返せ!」と罵声が飛んでくるレベルだろう。これを「劇団」と呼ぶのは、本職の劇団員の方たちに、あまりに失礼ではないか。
*本記事は筆者が会見翌日(8月11日)にtheletter 「犬飼淳のニュースレター」 https://juninukai.theletter.jp/about で配信した現場リポート https://juninukai.theletter.jp/posts/7951cb30-1978-11ed-a012-f5b1c509e1f1 を加筆・修正して掲載しています。ただし、さらに深刻な一部の内容は省略しているため、現実を知りたい場合はtheletterを参照ください。
文/犬飼淳 写真/小川裕夫
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