池井戸 潤×内藤尚志
消防団は地域コミュニティーの「核」。
歴史ある組織を次の世代に伝えたい

やっと見つけた、穏やかに生きられる場所。しかしそこは、想像以上に濃い人間の情と業が渦巻く土地で――。
亡き父の故郷に移り住んだミステリ作家が地元消防団の一員となり、次々と起こる事件に巻き込まれていく『ハヤブサ消防団』。池井戸作品初の“田園”ミステリであるこの作品を読み解く上で鍵となるのが、主人公をはじめ主要登場人物が所属し活動する消防団の存在だ。
町を災害から守るため、住民自らが参加し運営する組織の実像とは? 知られざるその活動についてご教授願おうと、消防庁長官室を表敬訪問! 読めばあなたも消防団に入りたくなる、かも。

構成=大谷道子/撮影=大槻志穂

池井戸潤、初の”田園”ミステリ『ハヤブサ消防団』 第45代消防庁長官内藤尚志さんと対談 消防団は地域コミュニティーの「核」。_1
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田舎暮らしに不可欠なつながりの場として

内藤 ようこそお越しくださいました。世に数多いる池井戸作品の愛読者の、私もまさにその一人でありまして、毎作品、楽しんで読ませていただいております。

池井戸 ありがとうございます。

内藤 新刊の『ハヤブサ消防団』はミステリ作品であるということで、読む前からとても期待を持っていました。そして、何といっても地域の消防団の活躍を描いているということ。山間の静かな町で暮らしはじめた主人公の作家が住民の勧誘で地元の消防団に入ることになるのですが、そこで起こった連続放火を皮切りに、さまざまな事件に遭遇する。物語が進行するにつれ登場人物たちがだんだんと別の顔を見せはじめ、グイグイと引き込まれて……。一気に読み終えた後には少し物悲しい余韻が胸に残る、とてもすばらしい作品でした。

池井戸 ありがとうございます。僕は岐阜県の出身で、舞台である八百万町のハヤブサ地区と同じく標高500メートルほどのところで生まれ育ちました。進学で故郷を離れましたが、地元に残った友だちは皆消防団に入っていて、帰省のたびによくその様子を聞いていたんです。以前から田園地帯を舞台にした小説は面白そうだと思っていたんですが、田舎暮らしに消防団の存在は欠かせない。火事や災害のときだけでなく、日常の中に消防団の人たちが存在しているんだということを知り、いつか書いてやろうと……。それで、こんな作品になりました。

内藤 日々の活動や居酒屋での集会、訓練の様子など、随所に出てくる消防団の活動の描写が非常にリアルでしたね。ずいぶん綿密な取材をなさったのでは?

池井戸 実は、この作品に書いてある消防団のエピソードの半分くらいは、本当に起こったことなんです。ハヤブサ消防団が消防操法大会(消防団員が消防用機械器具の操作技術を競う大会)に出場した際の「マンガか?」というエピソードも地元の友人たちの体験で、ウソだろうと思うような出来事ほど現実であるという(笑)。僕のLINEには地元の消防団員のグループが登録してあって、執筆中、わからないことを尋ねると「こうだよ」とすぐに答えが返ってきた。連載中もずっとアドバイスをくれていて、単行本にまとめる際に生かしたものもあります。
 これまでにも『空飛ぶタイヤ』のように、現実の事件をモチーフにして物語を書いたことはありますが、これほど自分の身近なところで起こりそうなことを描いた作品は、はじめてだと思います。

内藤 現在、日本で消防を担っているのは大きく分けてふたつの組織で、ひとつは市町村の消防職員の方々が仕事として携わる「常備消防」。もうひとつが「消防団」で、普段は他の仕事に従事している地元の方々が消火や防災業務に携わっています。歴史をひもとけば、実は消防団のほうがずっと古く、ルーツは江戸時代の町火消だといわれているんですよ。

池井戸 そんなに古くから。

内藤 明治に入ってまずは大都市から常備消防が作られはじめますが、全国的には消防団……当時は「消防組」と呼ばれていた組織が、地域の防災をおもに担っていました。その大本にあるのは、自分たちの町や集落は自分たちで守るという精神。池井戸さんの地元のように、在住の方が若い頃から消防団に入るのは、ごく当たり前のことだったのでしょう。