終戦の2日前に言われた言葉

八月十三日の夜、私は宿直勤務なので、夜中の短波放送を担当した後、少し休んで朝、アナウンス室に行った。すると、浅沼アナウンス室長が、「女子アナウンサーだけ集まるように」と言う。何かしらと思いながら、居合わせた何人かで部屋に行った。

浅沼室長は茶目っ気のある人で、いつも江戸っ子らしいユーモアでみんなを笑わせている方だった。その浅沼室長が、いつになく真顔でみんなを見回すと、ぼそりと言った。「日本は、負けたよ」と。

私は頭が真っ白になった。いろいろな思いが頭を駆け巡り、何を考えたらいいか判らなかった。

「そのためのご詔勅が、明日くだる。私の考えでは、こうした時には必ず反乱軍が起こる。そうなった時に、あなたたちはどうするか、どうしたらいいのかを、考えておきなさい」

反乱軍? そんなことは頭にもなかった。返事も出来ない私たちに、浅沼室長は続けて言われた。

「いいか、蹶起した反乱軍が放送局に来て、この原稿を読めと言ったら、あなたたちはどうする? ピストルを突き付けられて、彼らの書いた原稿を読めと言われたらどうするのだ?」

一瞬、私は思った、読んではいけないのかもしれないと。兄の教科書に、「死んでも、ラッパを口から離しませんでした」という、木口小平の話が載っていたのを思い出したからだ。そのことは、ずっと頭に焼き付いている。しかし、浅沼室長は、はっきり言った。

「いいかい。あなたたちは自分の身を守りなさい。ピストルを突き付けられて、この原稿を読めと言われたら、読みなさい。自分の身を守ることだよ」