組織する者が組織される――
大日本帝国の参加型プロパガンダ

「クールジャパン」という言葉も、目にする機会がすっかり減ってしまった。アニメや映画を税金をじゃぶじゃぶ使って輸出すること――と理解している人も多い。しかし、日本政府が力を入れてきた「クールジャパン」戦略は、「世界の共感を獲得して、それをベースに我が国のソフトパワーを活用していく」(内閣府「クールジャパン戦略」二〇一九年九月)ことが目標だった。「ソフトパワー」とは、軍事力や経済力などの「ハードパワー」に対して、文化や政治的価値観で相手を魅了し交渉を有利にする安全保障上の要素を指す。
 本書が『大東亜共栄圏のクールジャパン』を主題としたのは、戦時下日本の「外地」に向けたプロパガンダを、ソフトパワー戦略として照射する有意義なアプローチだ。本書では「まんが」「アニメーション」「映画」「メディアミックス」などを媒介とした植民地・占領地域における文化工作の立体的な構造を描き、「描く読者」の誕生を軸として、二次創作などを通じて翼賛体制へ参加させる「参加型動員」のしくみを解明している。
 例えば「まんが」。著者は外地でのまんがによる工作について「①まんが家の文化工作者としての外地派遣 ②巡回作品展による工作 ③現地まんが家の育成」と特徴づける。朝鮮や台湾では、まんが家団体の結成や、アマチュアまんが家の育成さえ行われていた。さらに満蒙開拓青少年義勇軍では、田河水泡や阪本牙城らまんが家が満洲(中国東北部)各地の義勇軍訓練所を慰問し、まんがの描き方教室を開催していた。開拓民としての生活を表現させてホームシックに陥りがちな少年たちの情操安定を図り、現地住民を宣撫する技術の養成も目論まれた。満洲支配の尖兵として、まずは「日本人」自身をまんがによって組織化しようとしたのだ。
「日本の素晴らしさ」を発信する「クールジャパン」もまた、日本人自身に「日本の誇り」を与えるものとしても位置づけられていた。大衆文化による「動員」は、いまだ過去のことではないのである。

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大東亜共栄圏のクールジャパン
大塚英志
大塚英志『大東亜共栄圏のクールジャパン』を早川タダノリさんが読む、「組織する者が組織される―― 大日本帝国の参加型プロパガンダ」_a
2022年3月17日発売
1,034円(税込)
新書判/320ページ
ISBN:978-4-08-721207-5
【現代日本に偏在する「宣伝工作」と「歴史戦」の起源を辿る】

「クールジャパン」に象徴される各国が競い合うようにおこなっている文化輸出政策。
保守政治家の支持基盤になっている陰謀論者。
政党がメディアや支持者を動員して遂行するSNS工作。
これらの起源は戦時下、大政翼賛会がまんがや映画、小説、アニメを用いておこなったアジアの国々への国家喧伝に見出せる。
宣伝物として用いられる作品を創作者たちが積極的に創り、読者や受け手を戦争に動員する。
その計画の内実と、大東亜共栄圏の形成のために遂行された官民協働の文化工作の全貌を詳らかにしていく。
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