「毎年、日本のお正月には必ず行きます」
「日本に住んでいるミャンマー人で、鎌倉に行ったことがない人はたぶんいない」
「みんなでバスをチャーターして行ったことがあります」
誰もが口々に、そんなことを言う。日本で暮らすミャンマー人にとって、鎌倉、とくに大仏は、どうも特別な存在であるようだ。
「日本には20年ほど住んでいますが、15回は行きました」
と語るのはタンダーリンさん(44)。東京・新大久保で、会社員に大人気の定食&焼肉屋「お母山(おかやま)」を経営しているが、人生の節目節目に鎌倉を訪れ、大仏に参拝してきた。
「最初に日本に来たときに、まず行ったのが鎌倉。大仏の足元で、『これから私も、この日本という家の屋根の下で暮らさせていただきます。よろしくお願いします』って挨拶したんです」

NHK大河『鎌倉殿の13人』の舞台である鎌倉が在日ミャンマー人の「聖地」になっていた
日本のなかのアジアコミュニティは独自の発展を遂げている。ノンフィクション・ライターの室橋裕和が、なぜか鎌倉大仏が大好きだという多くの在日ミャンマー人の謎を探ってみた。実は日本人以上に「鎌倉愛」にあふれるミャンマー人にとって、かの地はほとんど「聖地」のように親しまれ、愛されているのだ。
日本のなかのアジアを旅する #1
日本に暮らした20年で15回は行った

鎌倉は日本で生きるミャンマー人にとって、特別な場所なのだ(写真提供:スー・ウィン・イーさん)
ミャンマー人の大多数は敬虔な仏教徒だ。日本で広く信仰されている大乗仏教とは違い、タイやスリランカなどと同じく上座部仏教が主流だが、根っこの部分は共通している。いや、仏陀を敬う気持ちは日本人よりはるかに強い。だから仏教にとって大切な日……仏陀が生まれた日や、悟りを開いた日にも、鎌倉に参拝に行くミャンマー人は多い。それに親の命日や、大切な人が亡くなったときも、祖国に戻ってお参りできないからと鎌倉に足を運ぶ。
ほかにも誕生日とか、大事な試験の前、日本語学校や大学への入学、就職を控えたときなども、鎌倉に出向いて大仏に幸運を祈る。日本のお正月にはバスをチャーターして仲間同士で鎌倉を訪れ、異国の新年を楽しむ。
鎌倉大仏は「魂がしっかり入っている」
しかしなぜ、鎌倉なのだろうか。日本にはいくつも名のある仏像、名刹があるが、「鎌倉の大仏はまずその表情がいいのだ」と多くのミャンマー人が言う。
「顔立ちがミャンマーの仏像に似ているんです」
タンダーリンさんも言う。日本のほかの大仏よりも、どこかミャンマーっぽいのだという。

ミャンマー・バゴーの街にある仏像。鎌倉の大仏に似ているだろうか(写真撮影:室橋裕和)
「魂がしっかり入っている感じがするんですよね、ただの大きな像というだけではなく」
ミャンマー人が集住する東京・高田馬場で、レストラン「ノング・インレイ」を経営する山田泰正さん(73)はそう話す。ドラマ『孤独のグルメ』にも登場した名店で、少数民族・シャン民族のものを中心としたミャンマー料理を提供する。山田さん自身はラオスに生まれ、日本に帰化したシャン族だが、「リトル・ヤンゴン」とも呼ばれる街だけあって、お店にはたくさんのミャンマー人がやってくる。
「ミャンマーでは自宅にも仏像を置く習慣があるけれど、買ってきた仏像をただ置くだけじゃない。お坊さんを呼んで、儀式をして、魂を入れて、それから拝むんです」
そんな文化を持つ人々からすると、鎌倉の大仏からは同じようなソウルを感じるのだという。ミャンマーから知人が来ると、よく鎌倉を案内したという山田さんは、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も見ているそうだ。
「日本の歴史も勉強できるしね」
加えて、鎌倉は東京に近い。日本に暮らすミャンマー人はおよそ3万5000人だが、そのうち東京を中心に神奈川、千葉、埼玉の一都三県に1万5000人が集中している。鎌倉は行きやすいのだ。ついでに、江の島など周辺の観光地を巡ることもできる。
こんな理由で、鎌倉はいつしかミャンマー人の「聖地」となっていった。

鎌倉大仏の前で記念写真を取る山田さん(写真提供:ご本人)
鎌倉大仏で祈る願いとは
「日本に来て8年なんですが、まだ鎌倉に行ったことがない。もしかして、そんなミャンマー人は僕だけかもしれない」
と、池袋のミャンマー式カフェ「ZUU & HEIN Myanmar Tea House」のスタッフ、ポンミンモーさん(26)は嘆く。ずっと仕事で忙しく、いつかはと思いながらも足を運べないままだったという。
「でも、今度の誕生日には必ず」
それほどまでに、在日ミャンマー人の間で浸透し、もはや生活習慣のようになっている「鎌倉詣で」だが、
「お参りすると3回に1回は願いが叶う」
なんてウワサもあるそうだ。これは日本にいるミャンマー人だけでなく、ミャンマー国内でも同様だ。
「鎌倉の大仏に参拝すると、また日本に行ける」
まるでジンクスのように語られている。鎌倉みやげのミニ大仏は「いつか日本に行ける、幸運をもたらす」と縁起モノとしても人気になっているそうだ。
コロナ禍の前、入国制限がなかった頃はミャンマー人観光客も数多く訪れ、「東京よりも、富士山よりも、まず鎌倉」というほどだったとか。

故郷が平和になってほしいという祈りを、大仏は叶えてくれるだろうか(写真提供:スー・ウィン・イーさん)
来日20年になるスー・ウィン・イーさんもやはり「年に3回は行く」ほどの鎌倉好き。
「なにかの記念日とか、困っていたり、辛いことがあったり、人生の中で特別なことがあるたびに行きます。日本の仏教とは少し違うけれど、故郷に帰ったような安心感があります」

家族や友人と鎌倉を楽しむスー・ウィン・イーさん(中央、写真提供:ご本人)
そして平和への願い
そしてまた鎌倉は、クーデターによって民主主義が奪われ、軍による弾圧が続く祖国を案じ、平和を祈る場所でもある。スーさんはそんな故郷を支援する活動をしている。街頭募金やデモ活動を行うほか、在日ミャンマー人、日本人とともにクラウドファンディングを立ち上げた。
「ミャンマーでは軍の空爆によって45万人の避難民が出ています。また軍に反対して解雇された公務員、軍の弾圧から逃れながら市民の治療にあたっている医療従事者もたくさんいます」
集められたお金は民間団体を通じてミャンマーに送り、これを軍に対抗して民主派が立てたNUG(挙国一致政府)やJMFA(日本ミャンマー友好協会)などが支援に使う予定だ。
スーさんだけでなく、鎌倉を訪れるミャンマー人は、たとえ誕生日のレジャーであっても、心のどこかで苦しむ故郷を案じている。そして、どうか平和になってほしいと大仏に祈るのだ。
大河ドラマ放映を機に、鎌倉を訪れる日本人も増えることだろう。もしかしたら熱心に祈るミャンマー人の姿を目にするかもしれない。そんなとき、彼らの「鎌倉愛」と、ミャンマーの現状について、少しでも思いを巡らせてくれればと思う。
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