進歩した社会と、進化しない脳・身体

新刊『ストレス脳』(久山葉子訳、新潮新書)は、ハンセン氏のいるスウェーデンで2021年11月、原題『Depphjärnan』(うつ状態にある脳)として刊行された著書の翻訳版。執筆のモチベーションとして、<こんなに快適に暮らせるようになったのに、私たちはなぜ気分が落ち込むのか>という精神科医になってからずっと抱いてきた疑問があったという。

スウェーデンでの刊行後は、読者たちに<自分を病気だとか壊れているというふうには思わなくなった>と感謝されていると、日本の読者への序文で述べている。

本全体は、人類史における今の私たちの位置づけや、進化から見た感情の役割といった根本的な説明から始まり、不安、うつ、孤独といったものに対する見解、運動の勧め、そして現代社会への課題提示といった内容になっている。

『ストレス脳』のハンセン氏が語る「不安もうつも生き延びるために必要なこと」_1
スウェーデンで現役の精神科医として勤務するハンセン先生
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知るだけでなく理解することで、自分や他人にも優しくなれる

ハンセン氏は、自身の考え方の基本をこう話す。

「人間は、健康でいるために歩んできたのでなく、生き延びることと子孫を残すことのために歩んできたのです。サバンナ時代からすると、人間の生活ぶりは変わり果てましたが、脳や身体の働き方はそのままです」

脳や身体は、いまのスピーディーな社会の進歩とちがって、ほぼ進化していないから、サバンナ時代モードのまま現代社会に対処しているということになる。

「サバンナ時代、人間には常に飢餓の危険があったため、高カロリーの食べものを見つけたらすぐに食べてしまいました。だから現代でも、お店で高カロリーの食べものを見ると、脳が『生きるために食べろ』というわけです」

この進歩した社会と、進化しない脳・身体のギャップが、結果的に現代ではさまざまな心の変調や病気として認識されてしまう。いまを生きる私たちにとって、脳や身体がサバンナ時代モードのままだというのは厄介な話だが、「不安やうつなどが脳の反応として正常なものであることを、知るだけでなく、理解することで、自分や他人にもっと優しくなれるようになると思います」