私は、物心ついたときから生き物が大好きでしたが、ゴキブリだけは大嫌いでした。昆虫図鑑のゴキブリが載ったページを、セロハンテープで留めて見えなくしまうほどです。
しかし5年前、ゴキブリの魅力に気づき、勤務先の昆虫館でゴキブリ展を企画。さらにゴキブリ研究を開始し、本書『ゴキブリ研究はじめました』を出版することに。
今では、「いちばん好きな虫は?」の問いに迷うことなく「ゴキブリ!」と答えるくらい大好きになっています。
きっかけの一つは、昆虫館の先輩が、事務所でクロゴキブリの飼育を始めたこと。私の席の後ろにあるキャビネットに、ゴキブリの入った水槽を置いたのです。
私は出勤のたびゾゾッと鳥肌を立たせ、背後のゴキブリに恐怖を感じながら仕事をすることになりました。
「ゴキブリは1匹いたら100匹いる」が都市伝説な理由
夏の暑さとともにやってくるゴキブリ遭遇の恐怖…。一般的には“嫌われ者”のイメージがある彼らだが、少し見方を変えれば「害虫」だけではない、ステキな一面も見えてくる。数万匹のゴキブリを飼育研究し、次々と新種を発表しているスペシャリスト・柳澤静磨氏の新著『「ゴキブリ嫌い」だったけど ゴキブリ研究はじめました』(イースト・プレス)より一部を抜粋、要約してお届けする。
図鑑のページをテープで留めるほど嫌いだった

エサやり経験でかわいさに気付く…!
ある日、先輩が休みをとり、私だけが出勤することに。朝、開館作業を行い、生き物たちにエサと水を与えていくうち、ゴキブリにも与えなければいけないことに気付きました。
1日くらいならエサをあげなくても死なないだろう……と思いましたが、さすがにかわいそうなので、意を決して、エサの昆虫ゼリーを入れることに。
ゆっくりと水槽のフタを開け、ドキドキしながらエサやりをします。なんとか昆虫ゼリーを入れて、目をやると、ゴキブリが身を乗り出し、触覚をしきりに動かしながら昆虫ゼリーに近寄っています。
水槽の中の障害物を器用に乗り越え、私が入れたゼリーにたどり着くと、一心不乱に食べ始めました。まるで、エサを待っていたイヌやネコのようではありませんか。「ちょっとかわいいかもしれない」。つい、そう思ってしまったのです。
ついにゴキブリを「手づかみ」してしまう
2017年3月、生き物の写真撮影と飼育個体の採集のため、先輩と八重山列島西表島を訪れることになりました。そして、この西表島で、「ヒメマルゴキブリ」との出会いを果たします。
ヒメマルゴキブリは、“メス成虫と幼虫はダンゴムシのように丸まることができる”という面白いゴキブリで、普段、私たちが家で遭遇するゴキブリとは似ても似つかない姿をしています。
採集の際も抵抗感はほとんどなく、キュッと摘まむことができました。手のひらに載せ、くるんと丸まったのを見て、「こんなゴキブリもいるなんて」と大きな感動を覚えました。
その夜、「ヤエヤママダラゴキブリ」にも出会いました。ヒメマルゴキブリよりもゴキブリらしい姿をしているため、最初は自分では触ることができず、先輩に代わりに採ってもらっていました。
しかし、毎回そうしていては採集が進まないので、勇気を出し、自分で採ってみることに。ゴキブリが潜んでいそうな石をどけたところ、黒い影が現れました。
すかさず手をかぶせると、軍手ごしにガサガサと暴れる感覚が。悲鳴を上げて手を放しそうになりましたが、グッとこらえて採集完了! また一歩、ゴキブリを克服できた気がして達成感でいっぱいになりました。
クロゴキブリへのエサやり、ヒメマルゴキブリとの出会い、ヤエヤママダラゴキブリの採集。こうした経験を通じ、私は徐々にゴキブリを克服し、「ゴキブリ好き」へと近づいていきました。
「1匹いたら100匹いる」とは限らない
「ゴキブリは1匹いたら100匹いる」「ゴキブリは人めがけて飛ぶ」など都市伝説めいた話は数多く存在します。しかし、どの話も少し怖がりすぎ・誇張しすぎのように思います。
たとえば、「ゴキブリは1匹いたら100匹いる」は「そうとも限らない」というのが答えです。たしかに屋内で繁殖している場合は、100匹以上いる可能性もあります。
頻繁に見る場合は、駆除業者に連絡するのがいいでしょう。しかし、ゴキブリは居心地の良い場所やエサを求めてさまざまな場所を動き回るので、たまたま1匹だけ屋内に侵入することも少なくないのです。
ときどき、「ゴキブリなんて絶滅すればいい!」という過激派意見をインターネットで拝見します。たしかに、ゴキブリには「害虫」という側面もあります。雑食で様々な場所を歩き回るため、サルモネラ菌などの病原体の運び手になり得るのです。
しかし一方で、ゴキブリは生態系の中で分解者の役割を持っています。多くのゴキブリは雑食性で、落ち葉や動物の糞などさまざまなものを摂食し分解してくれているのです。
たとえば、オオゴキブリは朽ち木を食べることで、木が土に還る手助けをしています。また、植物の種子散布にも一役買っていて、たとえばモリチャバネゴキブリは、ギンリョウソウという植物の果実を食べ、その種子を糞として排出することで散布しています。
もしゴキブリがいなくなってしまったら、ほかの生き物にも影響が出てしまい、生態系が壊れてしまう可能性だってあるのです。
嫌われ者のゴキブリですが、彼らがどんな生き物かを知ることで、見方は大きく変わるはずです。「大好き!」とはならなくても、得体のしれない怖さは減らすことができるかもしれません。本書『ゴキブリ研究はじめました』が、その一助となれば嬉しいです。
「ゴキブリ嫌い」だったけど ゴキブリ研究はじめました
柳澤静磨

2022年7月7日
1650円税込み
単行本 192ページ
978-4781620954
■知ると、「嫌い」はふっとんだ。
ゴキブリ数万匹を飼育研究し、つぎつぎに新種ゴキブリを発見する「ゴキブリスト」の奮闘記。
図鑑のゴキブリが載ったページをセロハンテープで閉じてしまうほど大嫌いだったのに、なぜゴキブリ研究を始めたのか?
そのきっかけには、知られざるゴキブリの姿、いわゆる“G"的なイメージとはかけ離れた、バリエーション豊かな形態・生態がありました。
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