日本に行くべきか、それともウクライナに留まるべきか––––。
空襲警報が連日のように鳴り響く首都キーウ。その中心部のホテルで4月下旬、通訳者のアナスタシーヤ・ドローシナさん(30)は、葛藤する気持ちを吐露していた。この春から日本の法政大学への留学を控えていたが、戦火の母国に家族を残して行くかどうか、決めかねていたからだ。
「もし私が東京へ行ったら、大好きな街キーウと家族には今後会えなくなるかもしれません。ロシア軍に攻撃されて家族に何か起きる可能性もありますから。それに寂しくなるし。だから日本には行きたいですが、迷っています」
4回目の挑戦でやっと手にした国費留学のチャンス。その「夢の切符」を使うか否かの決断を迫られていた。

“それでも私が日本に来た理由” ウクライナ人留学生の決意
4度目の挑戦で手にした念願の日本留学か、母国の危機にウクライナに留まるべきか。彼女の答えは、「日本行き」だった。なぜ日本留学を決めたのか? 2011年『日本を捨てた男たち』 (集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞した水谷竹秀のウクライナ最新レポート。
日本に来てショックを受けたある出来事

「一番好きなアニメは『美少女戦士セーラームーン』で『NARUTO』『DEATH NOTE』も好き」
流暢な日本語を話すアナスタシーヤさんは、物心ついた時からアニメを観て育った。小学校の頃、学校を終えて自宅へ帰ると、テレビの前で釘付けになった。好きなアニメはセーラームーンとNARUTOだ。
「学校から帰ったらアニメを観てそれから宿題をしていました。今着ているTシャツもセーラームーンのキャラがプリントされています」
そんなアニメ好きなアナスタシーヤさんが日本語を本格的に勉強したのは、名門キーウ国立大学の3年生になってからだ。卒業後はキーウ国立言語大学へ進学し、日本語学習にさらに打ち込んだ。在学中、北海道教育大学に1年留学したが、そこでの体験が今も忘れられない。
それは地元の小中学校で、各国の留学生が自分の国について発表する授業でのこと。事前に渡された資料には、各地域の国が記載されていたが、「ロシア語圏の国」という区分けの中に、ロシアとウクライナが併記されていた。
ショックを受けたアナスターシヤさんは、担当者の日本人女性にこう伝えた。
「ウクライナはロシア語圏ではない!」
「私たちウクライナはロシア語圏ではありません。ウクライナ語は存在しています。私たちは自分の意志でロシア語を勉強したのではなく、ロシアの植民地時代にロシア語を勉強するように強要されたのです。だから母語はウクライナ語です」

流暢な日本語で取材に答える
担当者は「ごめんなさい。ネットに掲載されていた情報をもとに資料を作ってしまいました」と謝罪してきたという。
アナスタシーヤさんが述懐する。
「でも彼女に罪はありません。世界の人々はウクライナについて知らないことがとても多いと感じます。ロシアはウクライナを年下の弟のように言いますが、それもプロパガンダです」
母国ウクライナは2014年にクリミア半島が併合され、東部ではロシア軍とウクライナ軍による戦闘が続いていた。その渦中だったがゆえに、ウクライナというアイデンティティーを強く意識していた。
北海道の留学から帰ってきたアナスタシーヤさんは、言語大学の修士課程で学業に引き続き専念。卒業後は観光でも日本へ行き、キーウに戻って日本語の翻訳や家庭教師など、フリーランスとして活動した。そして昨年夏、念願の国費留学が決まった。
順調にいけば今年4月に訪日するはずだったが、戦争勃発で予定がずれた。当時、キーウのアパートで1人暮らしをしていたアナスタシーヤさんは、ロシア軍による全面侵攻が始まった2月24日早朝の様子を、こう振り返った。
「パソコンでNetflixを観ていたら、爆発音が聞こえました。それほど大きくはありませんでしたが、あわててネットで『キーウ』、『爆発』というワードで検索してみると、爆発に関する動画が見つかったんです。間もなく、ウクライナの生放送のニュースでも『プーチン大統領がウクライナにミサイルを発射した』と報道され、それからそのニュースが流れっぱなしでした」
各国の在外公館はすでに国外へ退避していたため、不穏な動きが起きる可能性は考えていた。このため事前に食料を買い込んでいた。数日後、荷物をまとめて家族がいるアパートへタクシーで向かった。通常なら100フリヴニャ(約460円)のところ、一気に跳ね上がり、その6倍も払わされた。
国外への避難も考えたが、祖父が85歳と高齢のため、無理はさせられない。結局、一家でキーウに留まることに。夜中に空襲警報が鳴り響く中、廊下や風呂場で眠れない夜を過ごした。
戦況が刻一刻と緊迫化する中、留学の準備も進めなければならない。日本大使館や大学に問い合わせてみると、「国費留学で来日する留学生向けのプログラムは間もなく始まります。少なくとも5月末までには来日してください」という説明を受けた。猶予はあまりなかった。
おじいちゃんの一言が背中を後押し
「あと2〜3週間で日本へ行くかどうか決めないといけません」
キーウのホテルでそう語るアナスタシーヤさんの心は揺れていた。
取材から2か月後、メッセンジャーを通じて彼女に連絡をしてみると、こんな返信が届いた。
「私は結局、留学に行くことにしました。6月上旬、東京に到着しました」
都内でアナスタシーヤさんと再会した。真っ赤なチェリーが描かれたスカートを履き、艶やかな出立ちの彼女は、キーウで取材した2か月前に比べ、少し吹っ切れたような表情をしていた。留学を決めるまでの経緯をこう説明する。
「留学に行くかどうかは本当に50%でした。ロシア軍に攻め込まれたウクライナからはやっぱり離れたくなかったんです。キーウは私の家ですから。どうして他人に私の家を追い出されなきゃいけないのですか。一方で、せっかく掴んだ留学のチャンスをロシア軍によって潰されたくはなかった。ロシアが始めた戦争はウクライナの人々の普通の生活を奪っています」
キーウではよく、祖父と一緒に散歩をした。「留学に行ったら、これからの散歩は寂しくなるなあ」と言われたが、同時にエールも送ってくれた。
「頑張ったんだから、この留学の機会を逃さないで。早く日本に行っておいで!」
後ろ髪引かれる思いを胸に、アナスタシーヤさんは旅立った。今後は法政大学で、日本におけるウクライナ人従業員の問題についての研究を進める予定だ。
来日して感じたのは、「ウクライナから来ました」と自己紹介をすると、「ああ、今は大変ですね」という周囲からの反応だ。
日本とウクライナは実は隣の隣の国
「それはちょっと残念ですね。なぜなら、本来起きてはいけない戦争のせいでウクライナのことを知っているだけですから。例えばキーウのバレエだったり、有名な詩人やサッカー選手がいることだったり、長い歴史があるウクライナの文化や伝統、恵まれた自然についても知って欲しいですね」
日本に来て早速、10年前から続けているお茶の稽古に通い始めた。

都内から鎌倉までお茶の稽古に通う
「私は裏千家。10年はまだまだです。お茶はとても面白い。『和敬静寂』っていう哲学的な側面もありますし、和菓子も美味しいです。ウクライナと日本は距離的には遠いですけど、真ん中にはロシアしかありません。似ている点もあるんです。例えばウクライナでは日本の花見のように、庭でチェリーを眺める習慣があります。戦争は忘れてはいけませんが、ウクライナのもっと良い面も知ってほしい」
そう力強く語るアナスタシーヤさん。「ウクライナと日本の架け橋はおこがましい」と謙遜するが、自身の研究を通してそんなこともできるのがささやかな希望だ。

スカートの柄のチェリーはウクライナの名産品でもある
取材・文・撮影/水谷竹秀
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